第42話「劣情の信徒」

 ※胸糞注意回です。15歳未満の読者はここでおやめください。


「商売って……」

 わずかな胸のふくらみを俺の学ランを覆うことで隠している目の前の幼女は、お礼を言うどころか、俺を非難してきた。わけがわからない。

「あんたばかぁ——ほんとに、わかんないの、あんたが殴ったのは私のお客さんなの。なんてことしてくれんのよ」

 と言いながら、おれに右手を差し出し、手のひらをこちらに向ける。そのせいで隠れているものがちらちらっと見えそうになった。おしい、いやそうじゃない、俺はロリコンじゃねぇ。


「な、なんだこの手は?」

「触ったでしょ、私を抱きかかえるときに、体を。だからおさわり代金よ。このロリコン!」

「えっ、なんだ。俺は助けただけだぞ。それにロリコンじゃねぇ!」

 ロリコンだけは否定しないと、この状況を誰かが見た時にい逃れができない。

「男なんてみんなロリコンよ、あんただって本当は抱きたいんでしょ?」

 少女は、そういうとかぶせている学ランを脱ごうとしだした。

「安くしておくわ」

 まるでシルアが煽情するときのような妖しい顔つきで、少女は肩をはだけだす。

「まて、まて、まて!」

 あわてて、学ランを脱ぐ手を俺は止める。

「はい、おさわり料、5000円ね」

「な、なんだとっ!」

 なんだこのがめつい女は。そう思いながらも学ランを改めさせて、とりあえず襟のホックだけを止めておく。うーん、少女と学ラン……。エモい。いや、そんなこと言ってる場合じゃない。


「そ、そんな金に困ってるのか。親は知ってるのか、このことを? こんな稼ぎ方しなくても、小学生がお金に困ったりはしないだろ、普通」

 それを言った瞬間、少女の表情が変わった。

 一瞬にして、さっきまではわりと起伏の激しい表情を見せていたものが、能面のようになった。



「知ってるに決まってるじゃない、親がやらせてるんだから」


……は!?


 少女から発せられた言葉は、俺が今まで聞いたことのある言葉の何よりも、衝撃を与えるものだった。あの時受けた電撃の衝撃よりも大きいかもしれない。


「まてまて、親がやらせてるだって?」

 そんなバカな、親が自らの娘に売春をさせるなんてそんなことがあるか。ここは現代日本だぞ。


「うちのパパ、だって仕事してないから。こうでもしないと生活できないし」

「お、お母さんは……?」

「私が物心ついたときにはいなかった。他の男とどっか行ったんだってさ」

「そ、そんな」

 

「私は、いらない子なんだって……」


——ひどい、ひどすぎる。


 家の近所にこんな境遇の子が存在するなんて、どうすればいいんだ。そうすればこの子は救われるんだ。


「いらない子なんていないよ、君はかわいいし。親がおかしいだけだよ」

 

 そういうと少女はまた顔を曇らせた。


「うん、みんなそうやっていうんだよ。私を買ってくれるおじさんたちはみんな同じことをいうの。いらない子なんかじゃない、君はとってもかわいいし、少なくても自分には必要な子だよって、そういってタダでセックスしようとするの。お兄さんもそうなんでしょ? ほんとサイテー……」


 ぐあっ、違う、俺は違うんだ。そんな変態親父の魂胆なんてないんだ。どうしよう、出てくる登場人物が糞過ぎて彼女の闇を晴らせそうにない。


「……まじで落ち着いて聞いてくれ、まず本当にその親はどうしようもないし、君を買おうとする大人だってろくなもんじゃない。まずは、警察、そして児童相談所に言おう。日本ていう社会は、君みたいな子をちゃんと守ってくれるから。おれも手伝うよ、君のことをほっとけない」

 俺は必死に彼女を救おうとする手段を言葉にしてみた。月並みなことだが、彼女は多分何も知らないのだ、親だけが彼女の世界なのだ。そこからまず抜け出そう。


「……何も知らないくせに」

「えっ………」


「何もしらねぇくせに上からもの言ってんじゃねーよ。児童相談所なんてとっくに相談してんだよ! それがわかった瞬間、うちのパパどうしたと思う? 一晩中私の喉奥に突っ込むんだよ、苦しくて死にそうになるくらい。多分殺すつもりだった! それをビデオに撮って、もし誰かに何か言ったら、これを世界中にばらまくっていうの、どうしろっていうの」

「あ、あぁっ」

「私はあいつからは逃れられない……」


 そんなひどい親がいるなんて信じられなかった。俺は怒りというより、虚無感で全身を支配されていた。そんなのエロ漫画の世界じゃないか、ファンタジーだ、現実にいていいはずがない。


「今日だって、帰ったらあいつの世話をしなければいけない。もし私が相手しなかったら、私の友達を片っ端から犯して回るっていうから。だから私が我慢するしかないのっ」

 少女は涙を浮かべながら叫ぶようにして俺に訴える。

 我慢していた感情があふれ出したかのようだ。


「……だめだ、そんなことしては。やっぱ警察に言おう。これはすぐに何とかなるよ。大丈夫、警察は性犯罪に関してはすぐ動くから」


「だめ……警察はダメなの……」


「な、なんで」


「だって、パパが捕まってしまうもの」


俺は、言葉を失った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る