第29話「虚栄心の悪魔」
「どうなってんだよ聖夜、こんなことあるはずないだろ!?」
走り戻ってきた前野の第一声はそれだった。
「そんなこと言ってもな……実際飛んだわけだし」
俺だって想定外だよ。高校生記録くらいはもしかして出るんじゃないかと思ってはいたが、まさか100m越え……。
確か世界記録って100行ってないはずだよな。
「……ま、ま、多分計り間違えだと思うんだよ。100超える想定がないから白線のないところに飛んでるわけだしな」
前野は動揺を隠せていない。計り間違えだとしても高校生記録は間違いのないところだろう。
俺の投げた槍は目安となる飛距離の白線が引いてある外に飛んでるため、正確じゃないのは確かだが、それでも100は超えたはず。
「きみか、さっきのを投げたのは」
そう言ってきたのは陸上部の顧問の先生である。自分の学年とはかかわりがないために、俺はほとんど面識がない。
「あ、はい。……なんかすごい飛んじゃいましたね」
「いやあ、こりゃあすごいなあ。たしか君はこの間、雷騒ぎで入院してた子だよね。そういや中学の時に経験あるんだっけ?」
よ、よく知ってるなこの人。
「あ、はい、一応少しやってました、ケガで引退しましたけど」
「そうなのかあ、でもまあ今の感じじゃもう大丈夫みたいだね。さすがに100越えっていうのは計り間違えだと私も思うけど、それでももうインターハイは余裕だろう、もちろん陸上部に入ってくれるんだろう?」
「あ、ええっとぉ」
ど、どうしよう。そこまで考えてはいなかったが……まあでもこんな記録出してしまったらそりゃあ、勧誘されるよなあ。
「ま、待ってください、監督。そんな高校2年生の冬から、陸上部に入るとか言っても、聖夜だって困るだろうし、部のみんなも困惑しますよ」
切迫された様子で前野は訴えかける。
——そ、そりゃそうだよな。前野はこの高校に陸上の推薦で入ってるし、うちの高校が期待しているエースでもある。現実に地域ではぶっちぎりでいい記録を残しており、来年の国体の県代表もほぼ確実と言われている。
そこにこんなインチキ記録を出す俺が入ってきたら……
うーん、悩むなあ。実際、俺が何か努力した記録でもないしな、ヤーハダとの闘いのあと、妙に体の動きがいいなと思って、槍を投げてみたら世界記録になってしまったってだけだ。
前野のことを考えたら、引いてあげるのも優しさなんだが……。
しかしだ、もしこの感じでやり投げを続ければ、学校の注目の的どころか、日本中の注目の的だよなあ。だって高校生で世界記録出せるわけだろ、そんなんマスコミがほおっておくわけがない。
今だってほとんど練習なしであそこまで飛ばせたわけだし、精度をあげたらもっといけるのは間違いない。
こりゃあ、モテモテの予感。
将来も安泰だ。
まあそもそも、前野とはそこまで仲が良かったわけでもない。
うん、ここは自分を優先しよう。
「前野、俺は自分の力を試してみたいんだよ、そしてこの学校に栄冠をもたらしたい」
我ながら、何にも心のこもってない空虚な言葉であった。すでに俺には遠巻きから俺を見つめる陸上部女子たちの目線しか気になってなかった。
「しかし、聖夜。また肩を壊したりしたら……」
前野は俺を心配するかのようにふるまう。しかし、分かってるぞ前野、お前はただ自分の地位が奪われるのをおそれてるだけだ。
「ありがとう、前野。でも大丈夫だ、それに中学生の時から俺はお前とはライバルでいたかった。ようやく同じ土俵で戦えると思って、今はわくわくしている」
と、そんな殊勝なことを言ってはいるが心根では完全に上から目線で前野を見下している。ふふっ、お前じゃ俺は越えられねぇよ。
「せ、聖夜……。そ、そうだな、おれも県内じゃ敵がいなくて張り合いをなくしていたところだ、まさかこんな近くにライバルが現れるとはな」
そういって先ほどまでの表情とはうって変わってさわやかスマイルを俺に見せる。正気か? 俺にさっきの投擲をみたか、絶対普通の人間じゃ勝てねぇぞ。
「おおっ、先生はうれしいぞ。前野のやる気も出たし、それにさっきのハーフの子の記録もインターハイ間違いなしだ、こりゃあこの下澤一高の名前も全国にとどろくぞ」
顧問が鼻息を荒くしている、まあそりゃあそうだよなあ。
と未来予想図に俺と顧問は気持ちを高ぶらせていたのだが。
「ちょっと、来て……」
と、話を遮って、いつの間にか隣にいたシルアが俺の手首を引っ張っる。
「な、なんだよ、先生、すいませんまた後で」
あまりに強い力で引っ張るので俺はシルアについていかざるを得ない。そして、シルアは校庭のはずれにある大木の裏まで俺を連れて行った。
そしてついでに俺を眠らせて、夢の中に連れていく。
「な、なんだよわざわざこっちの世界にまで来て?」
「——何を考えてるのよ聖夜、こんな目立つことして」
「目立つって、目立って何が悪いんだ? なんの因果か知らないがせっかく力を得たんだからそれを行使したいのは人の性だろう?」
「それはわかるけど、分かるんだけど。私たちは命を狙われてるってこと忘れないで、いつ戦いがあるかもしれないのに、人の注目を集める余裕があると思うの?」
「……そんなのあんま関係ないだろ、どうせ狙われてるんだ……いつ死ぬかもわからないなら、なおさら、目立ってそして注目されたいぜ。このままやれば俺は日本一の高校生なんだぞ」
「だって、そんなのあなたの努力じゃないじゃない!? あなたはもうすでに普通の人間じゃないのよ、そんなのもうわかるでしょ? それが人間と同じ土俵で勝負してどうすんの?」
「——そんなの知らねぇよ。俺は今までろくに目立った人生を送ったわけじゃないんだ。こんなチャンス逃せねえ。インチキだろうが何だろうが、俺は目立ちたいし、称賛されたい。そもそもそんなインチキでもないだろ、経過はどうあれ100%俺の力なんだ。おれは、俺は、栄誉がほしい!」
と熱く訴えると、シルアは目を伏せて、そして少し考えた後に言った。
「——そうか、気が付くのが遅すぎたわ」
思わせぶりに口を開く。
「なんだよ急に」
俺にはさっきからシルアの言うことがわからない。
「虚栄心……すでに、あの悪魔がここに来ていたのね」
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