第32話「陰キャの悪魔」

「聖夜、なんでここに?」

 秋葉原駅前で健史を見つけることに成功した。正直この駅は出口が多すぎてどの改札から出てくるかわからなかったが、健史と一緒に映っていたメイドの制服から判断して店を特定し、最も近い改札で張っていた。

 

「まあ、話はあとだ、とりあえずこっちこい」

 俺は健史の腕をつかんで人目のなさそうなところに連れていこうとする。

「……なんだよ、俺は柚月ゆづきちゃんに会いに行くんだよ」

 そういって、こいつはその場を動こうとしない。

 こいつ運動神経は鈍いけど、力だけはあるんだよなあ。


「シルア、仕方ない」

「分かったわ」

「うわっつ、なぜシルアさんまでっ!」

 健史に気が付かれないように、シルアは後ろに回り込んでいた。そしてそっと健文の背中に手を当てる。

 一瞬で眠りに落ちた健文の体はガクッとなり、おれにもたれかかるようになる。以前のおれならこいつを運ぶのは一苦労だったが、ヤーハダの戦い以降筋力アップしたようなので、余裕をもって支えることができた。それでも重いけど。


「こいつを夢の中に送るってわけにはいかないのか」

「……狙い通り悪魔がいて、戦いになった場合、巻き込まれる可能性があるわ」

「……しゃーないとりあえずあのベンチまで運ぶか」

 俺は健史の腕の下に肩を入れて、ベンチの方へ向かう。


「まったく、昼間から酔うなよぉ」

 という誰に向けてるわけでもないが、周囲のモブの人に向かって演技もする。何とか空いてるベンチへと座らせる。ベンチの前では路上ライブをやってる二人組がいて、人の目はそっちへむかっていた。

 秋葉原って駅前で路上ライブするような町なんだな。もっと、オタクの巣窟かと思っていたが。


「じゃあ、行ってみよっか? 健史君の夢の中」

 ピアニッシモが健史の頬をつつきながら俺にいう。


「本当にいるのか、こいつの夢の中に、虚栄心の悪魔とやらが」

「……行ってみなければわからないわ。可能性は高いと思うけど」

 シルアが答える。

 考えてれば今までは俺の夢の中でしか、戦っていないんだ。他人の夢に入って大丈夫なのだろうか、そもそも夢の中に入るという行為自体がいまだにわからないのだが。

 ——ここまで来て躊躇しても仕方ないか。


「よし、行こう、送ってくれシルア」

「いいわ、それからピアニッシモは現実のタケフミ君を見守っててね」

「えっ、あ、そっかあ、念のためか、オーケー、お姉さま」

 ピアニッシモは何かに納得したらしく、いつものように俺は目を閉じて、そして背中にシルアの手が触れた。

 パッと目を開けると、先ほどまで薄暗かった秋葉原の空が茜色に染まっている。


「なんか最初の悪魔の時もこういう空だったな」

「……悪魔は夕暮れ時を好むわ、人々が一番気をゆるめる時間だから」

「ってことは」

「いるわね、間違いなく、この夢の中を根城にしてるわ」


 それにしてもこの夢の中は異常だ。ぱっと見はいつも通りの秋葉原だが、よく見れば店のほとんどがメイドカフェで、異常なくらいなまでの数のメイドが路上で客引きをしている。

 そして本来ならば、大きなアニメの絵が張ってあるはずの大型ゲーム店の横断幕は、例の健史のお気に入りのメイドの写真にすげ変わっている。

 しかも恰好がいやらしい、メイド服なのだが、なぜが極めて短いスカートで半分お尻が見えている。しかもよく見れば、道を歩く女子全員がそんな恰好をしている。上半身もやたら胸を強調する形状になっている、丸出しじゃないのはせめてもの良心か?


「健史がこういう夢を見てるってことか」

「そうね、基本的に私は見せたい夢を見せているから、こういう夢が見たいんでしょうね」

「ゆがんでるな……好きな女の子と二人きりの夢とかならまだ理解できるが」

 健史は女性を一体どうやってとらえているんだろう。


 周囲を見ながら俺たちは駅を離れて例のメイドカフェへと向かう。根拠があるわけではないが、健史の変化の根源があるならばそこだろう。


「見てあれ」

 シルアが指さす先には、大きな人形の銅像がある。いや、金でできているから黄金像か、趣味が悪い。そこに近づき像の台座を見た、そこにはローマ字でTAKEHUMIと彫られている。

「えっ、これ全然違うじゃん、健史こんな細くねぇし」

 像はすらっとした長身のイケメンがいた。確かに健史の顔の系統を最もよくしたらこんな感じだが、美化され過ぎだ。


「彼の中では自分がこう見えてるんでしょうね」

「虚栄心恐るべしだな」


 そしてその黄金像が立つ正面に、『迷ドリーム』という店があった。外では10人くらいのメイドたちがビラを配っている。全員が先ほどでかい垂れ幕で見たきわどい格好をしている。

『迷ドリームどうですかぁ?』

 こちらに向かって、ビラを手渡しながら声をかけてきた。


「ここに柚月って子はいるか?」


「柚月様。柚月様ですね、柚月様は健史様の専属ですから、ご主人様ごときではお会いになってくれませんよぉ」

 くすくすと笑いながら、そのメイドは言った。しかしそいつの顔がボヤっとモザイクがかかったようで認識できない。これも健史の夢の世界だからか?


「用があるのよ、出してくれないかしら」

 シルアが上から目線で問い詰める。シルアの、こういうものいいはさまになる。


「あら、こちらのお嬢様もですか、困りました。あなたたちいったいどこからやってきたんですか? ここは、健文様の空間ですよ、邪魔する気ですか」

 一斉に周辺にいたメイド姿の人間たちがこちらを振り向いて、睨みつけてきた。つまりは、全員が敵ってことだな。


「その通りだ、邪魔しに来たんだよ。いいからさっさとだしやがれ」

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