第46話「加虐の信徒」

……。


眠っていたのか? あのキスのあと、一瞬意識がとんでしまったようだ。

目の前は真っ暗だ、誰もいない。


ヒバリもいない。

あたりを見まわすため、首を動かそうとするも、動いてくれない。

首だけではない。

全身がマヒしてるのか、感覚がなくて動けない。言わゆる金縛りの状態だ。


「ぐ、あ、ああ」

思わず声をあげようとしたが、変なうめき声になってしまう。

なぜ人は、かなしばりになった時に声をあげようとしてしまうのだろうか。


「——あ、やっと起きた。お寝坊さんだね、気分はどう?」

 暗闇から声が聞こえる。

 甘ったるいそのロリボイスの声の主は、まぎれもなくヒバリだった。そしてポーっとヒバリの姿が薄く照らされる。

 ヒバリの手のあたりから、光が発せられている。何か道具を持ってるわけではなさそうなのだが。


 そして見ればヒバリの姿は先ほどまでの小学生チックなそれとはまったく違い、肩だしへそ出しで、首からクロスしてある布地でかろうじて、胸を覆い隠すようなきわどいもの。下半身を覆う布の面積も極めてちいさいものである。

 これでは、まるで、シルアたちのよう……。


 ——というより。

 頭から角は生えてるし、尻尾も生えている。シルアたちのようではなく、もしかして。

「は、あはひゅあうぅああのああ」

 声にならぬ声で、俺はヒバリに問うた。おそらく音にはなってはないだろう。


「『サキュバスだったのかあ』っていったのかな? きゃはははははっ、お兄さんバカだねぇ、サキュバスに決まってるじゃない」

 ヒバリは、けらけらけらとお腹に手を当てて、高らかにわらう。


「なんでその辺の小学生が、こんなに妖しくお兄さんに迫るのよ。まさかあたしもばれないとは思わなかったし、……ね、ね、ね、興奮した私に?」

 そういいながら、もう一度ヒバリは俺に顔を近づける、鼻と鼻がくっつきそう だ。しかし俺は、体を動かすことができない。

 一体何をされたというのだ。


「きゃははははっ、お兄さんヒバリの体に欲情しちゃったんだ、変態じゃん。こうされるとどうなの?」

 そういって、脚のさきでおれのジュニアをつつきだした。

 悲しいことに、そんなことで俺のモッコリはモッコリし始めた。おかしい、こんなことに反応するほどやわじゃないのだが。


「ふふふっ……へんたい」


「ぐぐっ」


「お兄さんって私を好きになっちゃったでしょ? 守りたいだかなんだかしんねぇけど、ヒバリはお兄さんのキモい感情ビシビシ感じちゃったよ」


「おえあなんあんだ?」


「私を好きになった人を自由に操れる、それがあたしの能力……。そして、お兄さんはヒバリのだ液を飲んだよね」


キスのときに、たしかに絡めさせられた。


うん……のんだな、極上だった。


 だがそれがなんだ。


「だから、もうあなたは、私から逃れられない。もしお兄さんの愛情がヒバリに対してなくなっても、もう手遅れ。完全にお兄さんをコントロールできるわ」

 そういって、上唇を舌で舐める。

 そして幼女にはあるまじき目で俺に視線を当てた。


——ぞくっとしてしまう。

 なんという恐ろしい能力。確かに俺はヒバリに対して、熱い感情を持ってしまっていた。いや、こんな状況な今でさえ、目の前の彼女に対する感情は激しい。だが、それもヒバリにコントロールされてるにすぎないのか?


「おおうううおいあああ」

 どうするつもりなんだ? と聞きたいのだが、まだ声が出ない。

「何言ってんの……そうだね、私もサキュバスだから、お兄さん……ホーリーナイトのそこに興味がないわけじゃないんだけど。ただ、シルア様もピアニッシモもそれで失敗してるから、あえてお預けね」

 そういいながら、おもむろにナイフを取り出した、彼女の二の腕の長さくらいはある大きなナイフだ。

 それを、口元にあて、刃身をぺろりと舐める。

 そんなことするやつ、マンガ以外で初めて見る……いや漫画でも見たことねぇけど。


「これで、コロシテアゲル」

 そういってニヤッと笑う。

 こんな状況で言うのもあれだが、ナイフを持って魅せたその妖しい笑顔はヒバリの中で最高だった。いや、そんなこといってる場合じゃないはずなんだが。


「……なんか余裕あるなあ、一応念のためをやっておこうかなあ」

 そういうと、そのナイフをなぜか、ヒバリは自分の左手首に当てた。

 そして、それをおもいきりすっと引いた。

「あぁっ……いぃ」

 もちろん手首からはだらっと、赤黒い血が流れる。さすがに静脈を斬ったようだ……だがなんで今そんな、リストカットをする必要がある?


「ほら、お兄さん口を開けてよ」

 おれはナイフを横向きで口に突っ込まれて、それをタテ向きに変えようとされるもんだから、口を変えざるを得なかった。


「はい、あーん」

 そして、ヒバリの左手から流れる血滴を口から垂らされた。

 

 なぜかはちみつのような味がした。


「……これで、お兄さんはもうあらゆるエネルギーが出せないわ。普通なら、こんなことしなくたってさぁ。でもほらあ、お兄さんはすごいって聞いてるから、特別サービスで飲ませてあげたの。……うれしいでしょ?」


……血を飲む趣味なんてねぇよ。

 あぁ、さすがにいらいらしてきた。さっきまでは、不幸な小学生少女ヒバリだという思いが抜けなかっただけで、なんか憎めなかったんだが。

 そうだ、こいつは間違いなく俺を殺しに来たサキュバスなんだ。

 初めから俺を騙すために、……くそっ。


「本当はメイドの土産に、間違い冥土の土産か。 一発やりたいんだけど。まあ我慢して、違う楽しみ方するから、期待してねお兄さん」

 また、ヒバリは思い切り口角を釣り上げてほほ笑んだ。

 そうして、持っていたナイフを思い切り俺の太ももに突き刺した。


「ぐあああっ」

 熱い!

 鮮烈な熱さが俺の脳神経に伝わる。


「ふふふ、最後に首を刺すからね。少しずつお兄さんの悲鳴をたのしませてね。ヒバリはドMなんだけど、ドSでもあるんだ、10回くらいは刺したいなぁ、きゃはは」

 そういいながら、なぜか自分の左手にもナイフで筋を入れる。


「……はぁはぁ、お兄さんだけ傷つくの可哀そうだから、お兄さんを一回刺すたびにヒバリを傷つけることにしたの。ねっ、楽しいでしょ?」

 そういいいながら、今度は俺のうごかない左手の甲に向かってナイフを振りかざすのだった。

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