第43話「煽情の信徒」

「いや、いいだろ、そんな父親捕まったって? むしろ捕まらないとどうにもならないって」

 そこまでひどいことされたら、親も何もないだろ。


「だって、それだって私のたった一人のパパだし。やだよ、捕まったら私一人になっちゃうし、それにパパだって寂しくて怖がりなだけで、本当はとてもやさしいんだよ」

 急に眼を輝かせながら、自分の父親のことを擁護する少女。

 そ、そうか……。

 いわゆる、これがストックホルム症候群か、それと同じ現象なのだ。監禁や誘拐をした犯罪者に対して被害者側が好意を向けて、むしろ警察などに対して敵対行動をとるというあれか。


「……ひょっとして、き、君はお父さんが好きなのかい?」


「……えっ、あ、うん、どうなんだろ。考えたことないけど、でもすごく嫌なこともいっぱいあるけど、パパがいなくなったらすごくつらいと思う」


 ぐ、ぐわっ。なんだ、このゆがんだ親子関係は……。親は子を虐げ、それを娘が享受する。しかし、それでも娘は父親のことを好きだと思っている。警察に行くしかないが、父親が警察に捕まるのは嫌だという。


 俺は彼女に何がしてあげられるんだ。

 

 やはり、それでも警察に訴え児童相談所に保護してもらうことが一番なのだろう。彼女は正常な判断で父親を好きだとか言ってるわけではあるまい。ほとんど洗脳に近いようなものなのだ。

 だから一度ちゃんと距離を取らせる、それが何よりだ。


 ——いや、警察じゃなくてもいいのか。


 要は父親がいなくなればいい。

 幸いこちらには、サキュバスというカードがある。殺すというのは良心が痛むが、腹上死ならばくそ親父も満足だろう。

 こんな父親生きてる価値なんてない。


「ねぇ、お兄さん。よく見たらお兄さん結構イケメンね」

 

 俺が考えてる間少しの沈黙が訪れた、その沈黙を破って少女は意外なことを言う。

「な、なんだよ急に」

「一緒に写真撮ってもいいかな、私お兄さんのこと結構好きかもしれない。なんかいろいろ話せたし」

 少女はいつの間にか手にしていたスマホを、その辺の地べたにおいて、立てかけた。そして少女は俺の隣にピタッとすりよってきた。か、かわいいな。


 スマホには俺ら二人の姿が映ってる。少女は満面な笑みを見せており、俺は複雑な表情を浮かべる。しかも少女は全裸に俺の大きな学ランを羽織っている状態で、しかも首だけホックでしめていて、なんともコケティッシュであった。

 しかし何度も言うが俺はコケティッシュの言葉の意味を知らない。

 

「写真ていうか、ムービーだけどね」

 そういった瞬間、少女は不気味にほほ笑んだ。


 いやな予感がする。


 刹那、少女は学ランを脱ぎさって、


『たすけてっぇぇぇぇ』

 

 と大きな声で叫んだ。

 そして突然倒れこんで、体を引きずらせながら、恐怖に満ちた表情で俺の方をにらみつける。

 「たすけて」という声に過剰反応した俺は、思わず彼女の口をふさぎに、彼女に駆け寄ってしまい、さらに手で彼女の口を覆うという愚行を犯す。

 そう、この様子をすべてビデオに収められてしまったのである。


 慌ててふさいだ口から手をどけるとすぐ少女は口を開いた。


「お兄さん、余計なことを考えてそうだから、保険よ。もし私とパパのことを誰かに言うならば、このビデオを警察にもっていくわ」


 この女の子、相当頭がいい。

 普通の小学生女子がこんなこと思いつくか?


「だったら、最初から俺に話さなければよかったじゃないか」


「……だってお兄さん優しいそうだし、それに私に売春してほしくないんでしょ?」

 なんだろう、少女の語り口は幼さを感じさせない。どちらかと言えばシルアのような経験豊かな女性のようだ。いったい何人を相手にしたというのだ。


「それは、まあそうだ。それは絶対よくないことだ。もちろん父親と関係を持つこともだが……」

 すぐにでも小学生らしく生きることを考えたほうがいい。


「——パパとのことはおいておいて、私だって知らないおじさんをSNSで引っ掛けて相手するとかやりたくないしさ。だからお兄さんが私にお金を持ってきてよ」


「……は、はあ?」

 俺はこの少女を助けたいだけだったんだが、何を言ってるんだ? 俺にそんなことをする義理はない。


「一日2万円でいいわ。一応私は一回3万円で商売してるんだけど、そこはお兄さんは若いからまけてあげる」

「な、なにを言ってるんだ。俺はロリコンじゃないし、犯罪者にもなりたくないから、君をだくつもりはない」

 バシーーッン!

 そういうと少女に思い切りひっぱたかれた。


「調子乗ってんじゃねーぞ、誰がお前相手に商売するっていったんだよ。警察に言わない代わりに毎日2万円ずつ持って来いって言ってんだよ。持ってこなかったらすぐケーサツ行くからな、あ、土日は勘弁してやるよ」

 くっくっくと笑い出す。さっきまでの薄幸の少女の様子はみじんもない。ただの邪悪であった。


「ま、毎日二万だって……」

 法外だ、俺は高校生だぞ。

 しかも俺は何も悪いことをしていない、ただ君を助けようとしただけなのに。


「ま、貯金から出すなり、他のやつを恐喝するなりすればいいでしょ。お兄さんはいい体してるから、ケンカも強いでしょ」


「そんな、ひどいことできるわけ」


「まあ、しなきゃ、このビデオケーサツにもっていくだけ。幸い私の体にはあなたの指紋べたべただし。高校生と私みたいな無垢な少女のどっちを警察は信じるかしら」

 ……なんでこうなんだよ。どうする? 確かに警察にもっていかれたら、いやそれ以上に学校の生徒とかにばらされたら、俺の立場なんてない。こんな、年端も行かないガキに俺は翻弄されるしかないのか。


「まあ、持ってきたらお礼のチュー位はしてあげるから。せいぜい私の奴隷として働いてよ。きゃはははははっ」

 少女は、体に何もまとわないまま今日一番の笑顔を見せた。くっそ、こんな状況じゃなきゃ将来が楽しみな飛び切りの美少女なのにな。


「名前くらい聞かせてくれよ」


「私はヒバリ。……かごの中の鳥よ」

 ヒバリ……。

 そうやって寂しそうに名を名乗った時の、少女の手首に目が行った。


 傷だらけだった。


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