第44話「禁情の信徒」

『次のトピックです、今、YouTube で超人高校生が話題になってます。現役高校生があげたこの動画で、少年は100mを9秒台で駆け抜け、やり投げを100m以上。そのほかにもいわゆる十種競技においてすべてを世界記録水準でやり遂げる快挙を成し遂げています』

 

 11月末日、俺のことを伝えるニュースが部屋で流れていた。


「ねぇ、聖夜なんで急にこんな目立つことしたのよ」

 あきれ顔でベッドの上のシルアは俺に言った。


「やっぱ、力を持ってたら誇示したくなるんだよ。悪魔に力とか関係なくさ」

 もちろん本当の目的は金だった。

 毎日2万円の金をねん出しようと思ったら、お小遣いとかバイトとかではどうにもならない。

 かといってヒバリの言うようにカツアゲするわけにもいかない。ならばとりあえず目立つしかない。目立てば、もちろんユーチューブからの収入はもちろん、いろんな人から声をかけられる、出資する人間も現れるだろう。

 

『もちろん、この動画は専門家の間でも議論され、基本的には映像を使ったトリックではないかと言われています。今日は陸上200mの元銅メダリスト、兼末四郎さんにいただいています』


『そうですねぇ、陸上の記録というのは突然ポンと出るようなものじゃないんですよ、現にねこの高校生はいままで名前も知られてないわけでね……』


 多くの専門家は俺のことを疑っていたが、勿論映像を使ったトリックなどではなく、学校の陸上部の協力を得て撮影したものである。

 俺の動画はアップして二日で100万再生をこえ、テレビでも取り上げられるようになった。現在、学校には問い合わせが殺到している。そして予想通りいくつかの企業が俺にコンタクトを取り始めた、この分なら簡単に金を集められそうだ。


「ねぇ、どうすんのよ。こんな目立っちゃったら、天使からすぐばれちゃうわよ。せっかく最近平和な日々を送れてるのに、それに敵はさ……」

 お説教をするシルアの言葉を、だるそうに僕はさえぎる

「まぁ、まぁ、天使が来たって簡単に退治するから心配するなって。それに両親もこれで将来も安心だとか喜んでるし、知らない親戚から連絡が来るようになったってまんざらじゃなさそうだし、いいことづくめだよ」

「……でもねぇ、なんか嫌な予感するのよねぇ。ねぇ、聖夜? 私に何か隠し事してなぁい?」

 顔をずぅーっと近づけて俺に聞いてくる。どうでもいいがどさくさに俺の乳首をいじくりだすのはやめてほしい。


「っあ、いやいや、なんもないよ。いつも通りの毎日だろ?」

 ちゃんと毎日のお勤めもしてるしね。

「なんか、妙に優しいのが怖いのよね。ピアニシモも最近、プレイが普通とかって不満を言ってたし……それにいつも夕方位に姿をくらますのは何なの? 聖夜の居場所が探れなくなるわけないんだけど」

 

 シルアにはヒバリの存在は内緒にしている。知られたら、ヒバリの父が殺される確率はかなり高い。俺が何も言わなくても、夜こっそり父のもとに行き、精を奪って殺すくらいのことはやるだろう。

 もしそうなれば、ヒバリは解放されるが、俺のビデオはばらまかれるかもしれないし、それよりも下手すればヒバリは自殺してしまう可能性がある。

 だからシルアには言えない。


「まあ、いいけどね。他の女とエッチしてるわけじゃなさそうだし、においで分かるんだからね? まあいいんだけど別に他とやってくれても。だけどね、嫉妬でその女殺しちゃう可能性もないわけじゃないからね?」

 さらっと怖いことを言われた。

 出会った時はそんな執着するタイプじゃなかった気がするのだが、どうも最近こういう怖いセリフを頻繁に言うような気がする。ますます、ヒバリのことは言えないな。……一番の敵はシルアなのかもしれない。




 あの後もほぼ毎日、ヒバリとは会っている。もちろんお金を渡すためだ。そしていつも簡単な会話をして別れる。


「はい、じゃあ今日も2万円のお預かりね。これはお礼のチュ♡」

 彼女なりの罪意識の表れなのか、お金を渡すたびにほっぺにチューをしてくれる。最近はこのために2万円を払うのも悪くはないという気がしている。


「本当にもう『ウリ』はやってないんだな」

「もう毎回それ聞くけど、本当にもう『ウリ』はしてないってば。一応約束は守る主義なの」

 ウリは……?

 少し気になる言い方をした。

 なので、いつもなら聞かないことを敢えて、切り出した。

「パパとの関係はどうなんだよ」

すると少しだけ間を開けてからヒバリは答える。


「それは、うーんとまぁごめん。求められたら断れない。私も嫌じゃないし……そりゃ世間的にやばいことだっていうのはわかるけど」


「……ほんとよくない、金なら何とかするからさ。早く関係を断りな」


「ヒバリが要求しといてなんだけどさ、よくお金あるね。正直もういいよ。ビデオももう消去しようと思うし」


「金はたぶん近々大きな金がはいるからさ。それに、たとえビデオ消しても俺が金を渡さなくなったら、また『ウリ』をするつもりなんだろ?」

 そう、もはや脅しのビデオがヒバリにお金を渡す動機ではなくなっていた。


「お金がなくなればだって、そうするしかないしさ。ねぇ、なんでヒバリのことをそんな気に掛けるの? ヒバリはあなたにひどい要求をしてたのに」

「……。」


 ……なぜだって?

 なんでだ?

 わからない、でも目の前にいる不幸な少女をほおっておけるような性分じゃない。ヒーローイズムなのか、彼女を見るとどうしても守りたいという欲にかられる。

 肌が白くて、小さくて、無邪気さと邪悪さを含みながら笑うヒバリ。何より、腕のリストカットを見た時に覚悟が決まってしまった。

 俺で何とかしてあげられるなら、何とかしてあげたい。


「ねぇ、お兄さん……。私お兄さんにだったら、『お金』なしで抱かれてもいいよ。……ううん、お兄さんに抱かれればもしかしたら、パパのことを忘れられるかもしれない」

「なっ?」

 急な少女の申し出に、俺は動揺を隠せない。

 そんなことを言われたら通常なら男冥利に尽きる場面だ。しかし、はっきりした年齢こそ聞いていないものの、目の前にいるのは、下手すれば初潮すら迎えてない幼い少女なのだ。倫理的に……いやそういう問題じゃない、第一俺はロリコンじゃない、ないはず……。


「ねぇ、お兄さん。お願い、パパを忘れさせて」


 廃墟となったデパートの薄暗い地下で、ヒバリはいつの間にか上半身をはだけさせ両手をクロスさせて、半身を覆いながら、うるんだ表情でこちらを見ている。

 暗がりでほとんど見えないはずなのに、しっかりと網膜にその光景が焼き付いた。

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