第41話「欲情の信徒」
「陸上かあ、どうすっかなあ」
帰り道俺は、一人そんなことをつぶやく。本当につぶやいてしまった。誰かに聞かれていたら恥ずかしいやつだ。
しかしそれほどに悩ましい、陸上で進路が決まるならこんなに楽なことはない。
それにしても……
今日は実に珍しく、帰り道を一人で歩いているのである。
あのサキュバス二人組は、たまにはクラスの女子たちと交流するとかで、一緒にファミレスに向かった。そして、健史は秋葉原の出来事以降、親に俺と一緒にいることを禁じられたらしい。
絶対俺のせいじゃないし、俺とあいつの友情はこんなものかと思うと切なくもなったが、しかしよくよく考えたら、やはり俺のせいじゃなくもないので何とも言えない。
イヴもその女子たちの集いに参加しているので、俺の友達と言える人は今日は誰も一緒に帰る相手がいなかった。
まあ、こんな日もあるよな。
すっかり日が落ちるのが早くなって4時台だというのにあたりはすっかり茜色に染まった11月。
こんな言い方を言うと少し詩人ぽいな。
と、帰り道にあるさびれたデパートの跡地の前あたりで、ふと違和感を覚えた。
デパートは十年前くらいまでは現役の市街地の中心地であったが、今ではもう見る影もない。
さて、違和感というのは負のオーラみたいなものである。悪寒と言ってもいい、最近人が何かネガティブな感情を持つと、遠くからでも感じられるようになった、気がする。
あくまで気がするだけで、はっきりしたもんじゃないのだが、勘と言っても差し支えないほどのもんだ。
ただ一方で自信のある感覚も俺は持っている。
聴覚だ。
雷のショックを受けてからの俺の聴覚ははっきりと俺は鋭くなっている。その聴覚で、俺は少女のうめき声のようなものを聞き取った。そしてそのすぐ近くに邪悪な気配を感じる。場所はおそらくデパートの地下……。
デパートの地下から、俺は少女の吐息のような音と、男が息を荒くしている声を聞き取っていた。聞き違いではないだろう、気になったので、無理やりデパートの中に入り込んでいくと、音ははっきりと大きく聞こえてきたからだ。
このデパートはもちろん閉鎖されていて、普通はいることはできないのだが、一カ所鍵が壊れていて、入れるドアがある。うちの高校では有名な話だが、まあそこに入って何ができるというわけでもなく、ただ何もないデパートがどんな感じなのかわかるだけである。
俺は不法侵入という罪悪感を感じることなく、どんどん地下の方へ進む。
「……ん、あっ」
という少女の声がはっきり聞こえてきた。
「はあはあ」
という男の音も同時に頻度を増す。
これは間違いなく、ヤッてる。
ではなぜおれがここに向かうのか、のぞきをしたいからなのか? さすがにそんなことに興味はない。本当であれば、無視するのが一番いいのだろう、他人の情事を邪魔するような性分ではない。お金のないカップルが青姦をする、まあ犯罪ではあるものの、咎めるほど悪いことでもない。
だが、俺は聞こえてしまった。
かすかだが、「助けて」という声を。
そして、少女の声は無視をするには幼すぎた。
勘違いならいいのだが、とんでもない犯罪が起きている可能性はある。
進める歩みを速めて、声の発信源へと近づく、どうやら地下の男子トイレらしい。電気もなく、地下なので非常に薄暗いが、正確にその場所へと近づく、トイレに入った瞬間、いやなにおいがした。
男の汗のにおいと、少女から発せられる酸っぱいにおい、間違いなく性交中だ。
そして、トイレに入った瞬間、俺はトイレの壁に両手を当てている少女と目が合った。もしかすると見えてなかったかもしれない、俺の特別な視力がなければこの暗がりの中の状況を正確に把握できないだろうから。
そして、少女はその小さな体を、男に後背部から支配されていた。予想以上に幼い身体だった。
中学生、いや小学生・・・・・・
男、中年の小太りのおっさんはその幼い体に向かって懸命に腰を振り、少女は涙を浮かべながらそれに耐えていた。
光景を目にした瞬間、俺の体は動いていた。
怒りで頭の中は真っ白だった。トイレの入り口から、その場所まで一瞬で俺は距離を詰めると渾身の力で、男のあご先をぶん殴る。
男は目の前の少女の体に夢中だったようで、殴られる瞬間まで俺には気づかず、そのまま俺に吹っ飛ばされるとトイレの壁に身を打ち付けられた。
「逃げるぞ、早く」
俺は少女の体に学ランをかけてそう促す。
しかし、少女は呆然と壁に打ち付けられたおっさんを見つめたままで動こうとしない。
ちっしょうがない、冷静なわけないか。
俺は学ランで彼女の体を覆い、そのままお姫様抱っこで彼女を抱きかかえるとそのまま、さっき降りてきた階段を駆け上がり、さらにデパートの3階まで連れて行った。
いや外に出ようと思ったのだが、よく考えると状況的に何かを疑われるのは俺だ。一度彼女を人目につかないところまで連れていき、そして改めてあのおっさんを締め上げ、警察に突き出そうと思った。
抱きかかえている間少女は一切何も声を発さなかったが。3階のフロアで彼女を下ろした瞬間に、少女はようやく声を発した。
「たくっ、何してくれてんのよ! 商売あがったりだわ」
少女はひどく鋭い目で俺を見上げていた。
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