第20話「フィールドに舞い降りた天使」

 俺とピアニッシモとシルアは逃げ惑う生徒たちの中に紛れて、ヤーハダ・マルーカががいる校庭の方へと向かった。

 雷鳴は定期的になり続け、校舎の窓ガラスが割れる音も混ざった。階段を下りる途中で、けたたましく火災報知器が鳴り響く音も聞こえる。

「燃えた?」

 あの野郎、俺たちをおびき出すために、遠慮なく雷を校舎に落としまくってやがる。

 でもまだ校舎に火災が起きるくらいならいい、みんなに被害がなければな。


「予想通りなのかしら聖夜、やっぱりあいつは雷の連発はできないみたいね」

「——ああ、音を聞く限りは10秒に一回ってところか」

 階段を駆け下りながら、俺とシルアは考察する。


「任せて、脚は早い方だから」

 そう言ってピアニッシモは自慢の脚を自慢する。自慢は美脚だけだったと思ったが、脚力にも自信があるとはな……。


「気を付けてねピアニッシモ、あいつのところまでろくな遮蔽物はないわ」

「うん、最悪の場合は、聖夜の肩に期待してるわ」


 俺たちは階段を下りて、昇降口にたどり着いた。ここから、あの校庭の大男の姿が見える。およそ100mと言ったところか。

 おれらの周りには、怖いもの見たさで大男を遠巻きに見ている生徒と、それを邪魔そうにして押しのけて逃げる生徒でごった返していた。

 もちろん校庭に向かおうとする生徒はいない。

 そして、たどり着いたと同時に、空中から何かが無数に降ってきた。


 それは人の形をしていた。

 人のかたちをした何かが空中を紙吹雪のように無数に舞っている。


「これも計算通りかしら、聖夜」

「ああ、めくらましくらいにはなるだろ」


 俺たちは階段を下りる前に、ピアニッシモの具現化能力で無数の紙人形を作っていた。すべては女子生徒の形をしている。もちろん、ピアニッシモの姿と混同させるためだ。それらを窓から一斉に校庭に向かって投げ込んだ。

 文字通り空中に待っていたのは紙吹雪だったわけだ。


 そして俺たちが、校庭にたどり着くころには、紙人形のうち数十体は地面に垂直に立っていた。地面に立つように紙人形には折り目をつけていたが、もちろんほとんどはそんなうまくいくはずもなく、地面に張り付くだけだった。それでも作った紙人形の2割くらいは、地面に立つことに成功した。

 うまい具合に、俺たちとヤーハダ・マルーカをつなぐ最短距離の視界をふさぐように紙人形が立ってくれている。


『ぐおおおお、くっそビッチどもめが、小細工なしでおとなしく出てきやがれーー』

 雷と同じくらいの響く重低音でヤーハダは校庭の真ん中で叫んだ。


「狙い通りにいくものね」

 シルアが感心したように言う。

「まあ、あいつが帯電してるなら、紙製品はそっちの方に引き付けられるだろうからね」

 静電気による磁場の発生だ。


「じゃあ、あとは私が100m走をすればいいねだけか、しびれるなあ」

 そうやって、ひるむ様子もなく、ピアニッシモが走る態勢をとる。躊躇する時間なんて勿論ない、こんな紙人形で相手をごまかせる時間は長くない。


 スタートの合図はあいつがうつ次の雷撃である。

 そのあとなら10秒の余裕があるはず。

 もっとも、ピアニッシモが100mを10秒で走れるとは思わないのだが、そこは人間じゃないからな、余裕なのかもしれない。


 そして、ヅガドゥーーーンというとんでもない爆音が聞こえた。さすがに先ほどまでと違い、雷が落ちる面と同じところにたつと雷の迫力が違う。しかしイライラしてるのか、大男は俺らのいるところとは全く関係ない紙人形の密集地点に向けて雷を放っていた。

 一瞬にして、数十体の紙人形が燃え上がった。


 そんな俺の感想をよそに、爆音が鳴ると同時にピアニッシモはヤーハダ・マールカの方に向かって走り出した。俺たちが声をかける暇もなく、雷の音と同時にである。すさまじい度胸だった。

 少なくとも今の雷の音で俺は少しひるんでしまっているのに。


 紙人形をかき分けて、一直線にピアニッシモは駆けていく。言うように確かに速い、だが、あくまで人間のレベルの域を出ないように思う。これでは、……間に合わないのか。

 

 俺はヤーハダ・マールカの方を注視している。紙人形のせいであいつはこちらを見れないが、あのバカでかい図体のせいでこちらからは丸見えだ。さて、ピアニッシモが半分くらいまで走ったところで、ヤーハダの顔がこちらの方を向いた、そしてヤーハダは右手を振り上げる。それは先ほどから見ている雷を打つ時のやつの合図だった。


「くっそ」

 早すぎる、まだ10秒もたってないはずだ。そして俺はぐっと右肩に力を込めた。


 ピアニッシモとヤーハダの距離はもうほんの少しってところまで迫っている。さすがにヤーハダもピアニッシモの存在に気付いているだろう。頼むまにあってくれ。


 タッチするのが早いか。それとも、雷に打たれるのが早いか。

 ヤーハダは振り上げた右腕を振り下ろした。


 そして、轟音が響き俺の目の前に激しいフラッシュが走ったと同時に、


「あぁっぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」

 という激しいピアニッシモの絶叫が校庭中に響くのだった。

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