第60話「神殺し」

 増長天を倒してほっとした瞬間,しゅるしゅるしゅるーと、自分の体が小さくなっていった。

 見えてた景色が一瞬になって変わっていく、元の大きさに戻った時、周囲はがれきの広がる廃墟となっていた。


「こ、これはずいぶん暴れたもんだな」

病院はほぼ跡形もなく、コンクリートに人型の穴が開いている、それはつまり俺をかたどったものだ。さらにはところどころで増長天が出した光線の軌跡がコンクリートの亀裂となっている。


「……お疲れさま、聖夜。さすがに手ごわかったわね、増長天は」

 と声をかけてきたのは、ピアニッシモである。紙吹雪を出しまくっていたせいなのか、顔が青ざめていてすごく疲れてるように見えた。


「……そうだな、巨大化できなかったならどうにもならなかった、ヒバリのおかげだ。あぁ、そうだヒバリを探さないと」

 多分飛んで逃げてくれたのだとは思うのだが、もしかするとがれきに埋もれてしまっているかもしれない。すぐに助けないと。


 (ヒバリ!ヒバリ、生きているか?)

 俺はテレパシーでヒバリに呼びかける。

 元気なら向こうから声をかけてきてよさそうだが。

 (ヒバリーーっ、もし動けないならそう言ってくれーー)


 すると隣にいたピアニッシモが俺の顔の前に手を差し伸べてそっとほほを両手で包むようにした。

「……聖夜、ビバーチェはもう帰ってこないわ」

 特に感情を込めるようにでもなく、表情を変えずにまっすぐ俺を見ながらピアニッシモはそういった。

「……帰ってこない? 何を言ってるんだ、ピアニッシモ」


 とてもピアニッシモが冗談を言ってるようには思えない。

 帰ってこないというのはつまり、死んだ? ヒバリが死んだと? 俺のせいか、巨大化の時に巻き込んだのか。

 低くない可能性ではあった、しかしとても認めたくはない。


「そんな、逃げる時間なんて十分にあったはず、夢から出ることだってできたはずだ!!」

「死んだわけではないわ。ビバーチェはあなたと共に生きることを選んだのよ。彼女の魂のエネルギーをすべてあなたに渡して、そして消えた」

「消えたって? なんだよ、訳が分からない」


「聖夜の中でビバーチェは生きてるの。死んだなんて思わないで、私たちサキュバスはこの人と決めた相手のために生きることもできる。そういうことなの」

「待ってくれ、もっとわかりやすくいってくれ」

 感情を撃ち殺してピアニッシモ話しているのだろう、表情とは裏腹に目からは一筋の涙がほほに跡を作っていた

 とはいう俺も、動揺する気持ちを抑えきれない。


「私たちは人間の欲望と引き換えにエネルギーを奪う存在、それはまた同時にエネルギーを引き換えに願いをかなえることもできるということなの。ビバーチェは自分の全エネルギーを引き換えにあなたに巨大化という能力を与えたのよ」


「……その代償でヒバリは消えたってことなのかよ」

 そんな、ヒバリが死んだなんて……。受け止められない。心臓が激しく動いてるのがわかる、目に熱いものがこみ上げる。

「……勘違いしないで死んだわけじゃない、あなたの中でビバーチェは生きてるわ。決してこちらからは干渉できないけれど、でもきっとビバーチェはあなたの中で感情も意識も共有しているはずなの」

「死んでいない……」

 俺の中にヒバリは生きてる……だって?

 なあ、おいヒバリ、意識を共有してるなら俺の呼びかけに答えてくれ。

 (ヒバリっ!)


「聖夜……あなたが何を考えてるかわかるけど、こちらからは干渉できるものではないわし、認識もできない。ただ確かにあなたのなかでビバーチェは生きてるわ」

 干渉も認識もできない……。

「それって、死んでるのと何が違うんっ……」

と言いかけたところで。ピアニッシモは俺の口元に手を当てる。


「……そんな悲しいこと言わないで聖夜、これは私たちサキュバスの幸せのゴールでもあるの。愛する人のために身をささげられる、共に生きることができる。あまたの男たちに命をささげさせてきた私たちにとっては、むしろもったいないくらいの最後よ」

「ピアニッシモ……」

 そういったピアニッシモの表情はさっきまでと違ってひどく落ち込んだものだった。つまりはそういうことか。

 ヒバリ……。

 はじめヒバリは俺を殺そうとした、憎むべきはず相手。しかし短い間とはいえ、確かに俺はヒバリを愛していた。それは下手すれば、シルアよりも……。

「くっ……」

 感情を形容しようがない、何も言葉が浮かばないし、何もできない。

 俺とピアニッシモの間に、長い沈黙が訪れた。


 

 やがて沈黙を打ち破るかのように、

「そう、あの子は行ってしまったの……」

 といいながらどこからともなくシルアが現れた。


「シ、シルア……今までどこにいたんだ」

「シルアお姉さま……」

「……ごめんなさい、気配には気が付いたのだけれども、間に合わなかったわ」

 顔を伏せがちにシルアはそう答えた。

 間に合わない? 間に合わないなんてことあるのか、いつだってシルアは神出鬼没に現れる。まあしかし今は現状の説明が先だ。


「シルア、増長天っていうとんでもない力の敵が現れたんだ。何とか倒すことができたが、そのためにヒバリが……消えてしまった……」

 たいそうひどい顔をしながら、おれはそういったんだろう。慰めるようにシルアは俺の頭を自分の豊かな胸で抱え込むようにする。


「聖夜……つらいかもしれないけど、決してビバーチェにとってつらい選択だったわけじゃないわ」

 俺の頭をなでながらシルアはそう言う。

 消えてしまった言うだけでシルアには何があったのか察知できたのであろう。

「—―増長天が相手なら全滅してた可能性も高かった。ビバーチェは自分も守り聖夜もピアニッシモも守ってくれたのよ。聖夜、あなたが生きてる限りビバーチェもまた生きてるわ」

「………」

「あの子のためにもこれから先も生きましょう、聖夜」

 そうか俺はもうヒバリの命も背負ってしまったんだな。悲しみも切なさも今は飲みこもう。


「そして聖夜は、増長天を倒すことができた。神の化身たるあの存在を。聖夜の刃は神にも届きうることが分かったのよ、泣いてる暇はないわ聖夜」

いいながら俺の頭を引き上げて、ぎゅっと俺の顔をシルアの顔と近づけさせた。


「ビバーチェの仇をうつわ、 今こそ神殺しゲッテルゲンメルングを行うときよ!」


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