第30話「恋愛と資本主義の悪魔」

「虚栄心の悪魔……?」

 突然、何を言うんだシルアは。


「忘れないで、ひずみからはいつだって悪魔が現れる。——聖夜が陸上部に行きたいっていう時点で気が付くべきだったわ」


「……シルア、何を言いたいんだ。はっきり言えよ」


「さっきも言ったわ、今さら人と比べてどうするのよ。あの時、ヤーハダに向かって槍を投げた時に自分の力わかっていたでしょ? 何を今さら他の人に向かって自分の力を誇示する必要があるの?」


「だから、せっかくめぐってきたチャンスだぞ。世界記録を出せるんだぞ、サキュバスにはわかんねぇかもしれないけど、世界中の女、いや女だけじゃない、何もかもが俺に夢中になるぞ、それは人間の本望だ」


「ふぅ、それが虚栄心じゃない。いまの聖夜がその気なら、100m走だって世界記録出せるわよ、当たり前でしょ。あなたはホーリーナイトなのよ」


「……なんだよホーリーナイトって、知らねぇけど俺の力だろ!」


「はあぁぁ、もお、めんどくさいなあ」

 そういうと急ににシルアは顔を目いっぱい俺に近づけて、唇で俺の口をふさいだ。そして耳元でささやく。

「落ち着いた?」

「……逆だ、興奮するわ」

 そしてシルアは俺の鼠径部をさすりながらささやく。

「いいから、とりあえず私に入れて」

 ……。

 入れた。だって、シルアは何もはいてなかったし。


「聞いて聖夜、あなたの発想がすでに虚栄心の悪魔に侵されてるの。周りにもいなかったかしら? やたら自慢しようとする人とか。そもそも、ピアニッシモですら少し侵食されてたわ、確かにあの子の足は速いけど、それをその辺の人間に自慢しても仕方ないってことぐらいわかってるはずなのよ」


「そういえば、健文もやたら今日は誇らしげだったか」


「それだけ?」


「……そうか前野ですら……やたら自分を強調してたか、露骨に対抗心を燃やしていたかも」

あの俺の飛距離を見た上で、負けないといっていた。虚栄、いや虚勢か。


「そうね、今回の悪魔は狡猾よ。ゆっくりと虚栄心を植え付けようとした。自分の存在が気が付かれないようにと、普通だったら加速度的に悪魔の影響は広がるのに」


「悪魔の影響……なのか?」


「そもそも悪魔は、もともと人間が持つものを増長させるもの、だからその変化を見分けるのは難しい、今回だって……気がついてないふりをしたかった」


「ふり・・・・・・?」


「だって、分かるもの。辛い戦いが待っている中で、聖夜が自分の力をみせてみんなからの名声を求める気持ちはわかるわ。だから悪魔のせいじゃないと思いたかった……でも、ピアニッシモの反応で分かってしまった、すでにもう・・・・・・」


 悪魔が、そうか俺たちの敵はそもそも悪魔だったか。


「なら、退治しなきゃいけないな」


「——そうね、でも今回は本当に難しいわ」


「なんでだ?」


「だって今までと違って、今度の悪魔は私たちにばれないように、人間に影響を与えようとしている。だから、影響が広がるスピードが遅いのだと思うわ」

 そういえば前回のシルアの話では、二日もあれば全世界に影響が出るといっていた。それが今のところ、クラスのみんなにもそれと言った変化は見られなかったように思う。——だが、考えてみれば、今日の授業とかなぜか発表したがるやつが多かったようにおもうし、先生がやたら自慢話することが多かったようにも思うが。その程度だった。


「広がるスピードが遅いと何が問題なんだかわからないな」

 むしろ好都合だと思うが。


「陰気な性格なんでしょうね、向こうから現れるという可能性が低いと思うわ。だから、探すのに苦労すると思う。見つからないものを退治はできないでしょう」

 うーん、なるほどなあ。一理あるかあ、ほっておくわけにもいかないし、うん、いかないのか?

「あのさあ、シルア?」

 ふと疑問がわいたので、振っていた腰を止めてシルアに尋ねる。忘れちゃいけない、俺たちははめたまま会話をしていたのである。


「あぁ、もう、急にやめないでよ、どうしたの?」


「いいんじゃないかなあ……虚栄心で心がむしばまれても……誰かに自慢したい誇りたいって気持ちが強くなるだけだろ、場合によってはいいことなんじゃないか?」

 自慢したいという気持ちは、経済活動にもつながるし、不景気の日本を救うにはちょうどいいんじゃないか? 資本主義を支えているのは女にもてたい男の見栄という感情らしいし。

  俺だって、その気持ちのおかげでもう一度陸上をやりたいと思ったわけだし。


「……でも、最終的にはそれって争いにつながるんじゃないの?誰かによく見られたい、上位に立ちたい、優れていたい。それって、闘争の根幹となる感情でしょう? でもまあね、聖夜がそれでいいと思うなら、私も構わないけど」


 今日のシルアはなんだかインテリだな。

 さて、おっしゃる通りだとは思いますよ。……うーんでもまあ、あーぁだめだ、うまい返しが思いつかない。結局俺の意見は戦わないためのエクスキューズだから、正論に弱いんだよなあ。


「……わーったよ、やるしかないのはわかってるんだ。で、どうするんだまた夢の中を探索するのか」

 実際戦うとなったら、悪魔を見つけてドーンを決めるだけの簡単なお仕事だ。ヤーハダのような強敵はそうそう現れないだろう。


「どうかしら、この間のギギギリスの時と違って、結構時間が経過してるから聖夜の認知してる夢の範囲にはいないと思うのよね」

 ギギギリスって嫉妬の悪魔で俺が吸い込んだやつな。

 俺が認知してる夢の世界? 今日はずいぶんシルアは難しいことをいう。しかも言い方がいちいち鼻につく、「私は何でも知ってるけど、何か?」みたいな高慢さが見てとれる。コーマンは素晴らしいけど、高慢は良くないよね。

 ……。

 何でもない。


「じゃあ、どうするんだ。その辺歩いていたら現れるのか?そいつは?」

 高慢なシルアに少しむっとしているのが、自分でも語調が荒いのがわかる。


「世間の様子を見る限り影響はそこまで大きくない、聖夜の身近にしか変化は現れていないように思うわ。多分私も少し食らってる」

「……そうだな、シルアはいつもより自信ありげだ」

「だから、きっと周囲の人間の夢に干渉してるはずだわ……心当たりないかしら?」

 心当たりだって……?そんなの


「あるに決まってる、むしろ心当たりしかないな」


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