第12話「獅子身中の虫という悪魔」

「わざとあんなこと言ったな、シルア」


「さあ、何のことかしら」

 俺から顔を背けて、脇目でこちらを見ながら言う。


「あーめんどくさいことになったぞ、もう」

 改めて教室を見る。

 全員がこちらを見ながらひそひそ話をしてるような気がする。クリスマスコンビが喧嘩したとか、俺が転校生に手を出してるとかそんな話だろきっと。

 シルアが俺のこと好きだとか言ったのを聞かれてないといいのだが。


「いいの? 追いかけなくて?」

 

「は?なんで?」


「なんでも何も、あんなの追いかけ待ちに決まってるじゃない?」

 なんだよ追いかけまちって……。


「これ以上クラスに騒がれたくねぇよ、授業も始まるし教室戻ろうぜ」


「ふーん、なるほどね」

 なにかを悟ったような顔をしているが、どうせ何もわかっちゃいないだろ。昨日会った女に何かがわかってたまるかよ。俺は、走り去ったイブも、めんどくさいことを言い出したシルアも無視して教室に戻った。


 結局、そのまま放課後まで俺は粛々と授業をこなしながら過ごした。はっきり言って珍しい、通常ならば5時限目の現代社会で寝ているところだ。しかし、むやみに眠ったりすればシルアに侵入されるかもしれないので、俺は珍しく眠る気にもなからなかったのだ。

 

 さて、授業が始まる前にイブは教室に帰ってきたが、なぜ、あの時、イブは走って逃げたのか、そのことが妙に気になって落ち着かなかったという事情も眠らなかった原因かもしれない。



「なあ、おいお前、シルアさんに好きとか言われてなかったか」

 放課後すぐに、健文が尋ねてきた。休み時間は何とか頻繁にトイレに行くふりをして質問等をかわしてきたのだが、やはりこの男、健文だけは俺の一挙手一投足を注目してやがったか。放課後の追求を交わしきれなかった。


「気のせいだろ、おれだぜ。あんな美人にそんなことを言われる理由がない」


「——俺だってそう思うよ、そんなはずはねぇってな。だがその割にはずいぶん、シルアさんと親しそうに話してたじゃねぇか」

 なんだこいつ、こいつだけは実は嫉妬の悪魔の影響が消えてないのか。


「……ほら、ロンドンの話をしただろ。それでよくあんな小さな町知ってますねってことで、話が弾んだんだよ」

 とっさに言い訳を考えた。あのあと、調べたが、ロンドンという町はマジでアメリカのケンタッキー州にあるらしい。

 もちろん全然知らなかったが、予想通りでよかった。


「それは僥倖、一応聞くが、シルアさんの連絡先位聞いたんだろうな?」


「れ、連絡先? いや聞いてないけど」


「なに、使えねぇ奴だな!ちっとも僥倖じゃにゃあ せっかくのチャンスだっただろうがよ、お前がシルアさんと仲良くしてれば、俺にだってチャンスがあるかもしれないだろ」

 なんだなんだ、結局自分本位か。こいつ……自分じゃ話しかける勇気がないから俺を利用するつもりなだけか。どっちみち、俺を超える陰キャに可能性はないと思うがな。

 シルアに限っていえば、お前が無限に絶倫なら可能性はなくはないが。


「はーい、聖夜一緒に帰りまショ」

 と、そのタイミングで、シルアがやってきた。どうやらクラスの女子軍団の誘いを受けていたようなのだが、それを強引に振り切ってこちらにやってきたのだろう。女子全員からの俺への視線が痛い。


「はっ、シ、シルアさん、か、帰りましょう」

 なぜか緊張した健文が俺の代わりに返事をする。

 

 そして一方のおれはそっけない。そうせざるを得ない。

「一緒にも何も、シルアさんは一体どこに住んでるんだ?」

 さらに、小声で「今日は女子に合わせて、一緒に親睦でも深めにいってくれよ」と伝えた。

「ばか……」シルアは小声でそう答えた。

 不満そうな顔を浮かべながら、シルアは女子軍団の元へと戻っていった。


「おい、聖夜が冷たく接するから、シルア様がせっかく一緒に帰ろうといってるのに、戻っていってしまったじゃないか、この大バカ者」

 割と本気で健文は俺に怒声を向ける。


「いや、そんなこと言ったってな。お前には関係ないだろ」


「いやいや、本当は俺と一緒に帰りたかったのに、照れ隠しでお前を誘ってるのかもしれなかっただろ。空気を読めよ、お前はほんとに」

 よく健文はそんな前向きな発想ができるなと、逆に感心してしまう。


「まあ、今日はいつも通り、俺と二人で帰ろうぜ」


「くうーーーっ、せっかく巨乳ちゃんと一緒に帰るチャンスだったのに、結局いつものさえない二人下校!」

「声が出けぇよ、お前は」

 俺はなんで健文と友達なんてやってるんだろうな、と少し友人関係を考えてしまった。とはいえ、健文を外してしまうと俺が友人と言える相手はイブだけなんだよなあ。

 そんなことを考えながら俺は帰路へと向かった。

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