第27話「フィールドの悪魔」

 放課後を迎え、前の席のシルアは帰り支度をしながらこちらを振り返る。


「——えっ、帰らないの、聖夜」

「ああ、ちょっと気になることがあって」

 放課後、普通だったら帰宅部の俺はまっすぐ昇降口に直行するのだが、ヤーハダマールカと戦った時に気になったことがあった。


「なんなの? 教えてよ」

「あのときさ、ヤーハダに槍投げた時っていうのは夢の話ではないよな」

 避雷針代わりに投げ込んだあの槍、あのときが夢なら話がいろいろおかしいからな。


「もちろん、どうやってヤーハダマールカを夢に送るかで苦心したわけだから」

「そうだよな、間違いなく現実なんだ」

 俺はあの時あっさりと、あの槍をヤーハダの元へと投げたのだが、冷静になって考えると、俺には本来80m近くのやり投げをする力はない。正規のものよりいくらかは軽かったとはいえ、コントロールして投げてあの距離……。

 もし本気だったならば?


「何よ考えこんじゃって」

「……そうだちょうどいいから、シルアさ、部活探してることにしてくれないか?」

「え、なんで、っていうか部活ってなに?」

「まあいいからいいからついてこい」

 さすがに、なんの手土産もなしに高校2年生が今から部活には入りづらい、しかしまあアメリカからの転校生が部活を探してるということなら話は別だろう。


「待ってよーー」

 シルアとともに教室を出ようとすると、ピアニッシモも声をかけてきた。ようやく女子生徒の質問ラッシュから解放されたようだ。

 なぜシルアは囲まれてないのか……まあいいか。


「私もついてくー」

 どこに行くかはわかってないのだろうが、まあ確かにピアニッシモを一人だけ置いていくのも悪いか。というか、そういやこいつ足速かったしちょうどいいかもな。

 あれそういえば、健文の姿が見えない。大体俺はあいつと帰ることが多いんだがな、気が付けば先に帰ったらしい、珍しい。ゲームの限定配信イベントでもあるのかもしれない。



 そしてサキュバス二人を連れて俺がたどり着いたのは陸上部だった。トラックを見ていると見知った顔があったので声をかけてみる。

「よう、ちょっといいかあ」


「あれ、聖夜じゃん、どうしたんだこんなとこに来て?」

 声をかけたのは中学の同級生の前野ぜんやである、同じ陸上部でやり投げをしていた。

「まあちょっと、転校生を見学させたくてな」

 そう言って制服姿のサキュバス二人を紹介する。

「おぉ、噂の美人の外人さんか、本当にかわいいな。陸上に興味があるの?」

 興味津々で二人を見る前野をよそに、シルアの俺を見る目は冷たい。小声で俺に耳打ちをする。

「どういうこと、陸上ってなに?」

「いいから口を合わせてくれ、本当に入部する必要はないから」


「このピアニッシモってことは足が速いんだよ、ぜひ日本でも試してみたいって

ことになってな」

 そうやってピアニッシモのことを紹介した。あの時見せた脚は本当に速かった。人間じゃないやつが陸上記録に挑むのもどうかと思ったが、まあいいだろ。

「そうそう、わたし走るの大好き」

 ピアニッシモは話を合わせてくれた。


「へぇそりゃあ、すごいね。そっちの青い髪の子は?」

 

 あ、どうしようシルアが得意なものって夜伽しか知らないんだけどなあ。


「そうね、飛ぶのが好きだわ。いつもぶっ飛んでいたいもの」

 それはどういう意味のトブのかわからなかったが、シルアも何かを察したのだろう、話を合わせてくれた。


「じゃあ、まあ部長に話をしてくるから、ジャージに着替えてきてよ。制服のままってわけにもいかないから」

 というさわやかな表情で前野は言った。

 ちなみに前野は典型的なさわやかなスポーツマンで、とても女にもてる。だからこそ俺が美人二人を連れてここに来たことは意外だろうし、ちょっとした優越感もある。また、そういう目的がなかったわけでもない。


「あと、俺もいいか?」


「ん?」


「……久しぶりに投げてみたいんだよ」

 そう、それこそが真の目的だ。


「それは構わないけど、肩はもう大丈夫なのか、それに1週間ケガしてたんだろう?きいたぜ」


「大丈夫だ、問題ない」


「うーん、まあそれならいいけどじゃあ、まあちょっと顧問にもいってくるぜ」

 少し考えて前野は了承した、そしてどこかへ走り去っていった。


「ふーん、なるほどね、やり投げの記録を試したいってわけね」

 シルアがそういった。

「まあね、この間のでもしかしてと思ってさ」

 そういえば中3の夏に肩を壊して、投擲に関する一切のことができなくなってしまった。だがそんなことを無関係に、この間は長距離の投擲を成功させた。どうやら肩はすっかりいいらしい。


「初めに言っておくけど、そんなん絶対にすごい記録出るにきまってるわ。あなたはもう半分人間じゃないわけだし」

うん、人間じゃない?


「現実は普通の人間なんだろ? 精力がすごいだけの」

「そうなんだけどね、でもまあ、投げてみればわかるんじゃないかしら」

 なんだよ、妙にもったいぶるな。いまさら俺に隠すことなんてあるのか?


「まあ、とりあえず着替えるか、更衣室があるはずだからそこでって、おい!」

 なぜか二人はその場で脱ごうとしていた。

 慌てて二人を止める、いくらアメリカ人設定だからって、向こうにだってそんな奔放な奴はいねぇよ。

 二人は不服そうに、脱ぎ掛けた服を元に戻すのだった。

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