第28話「記録ラッシュの悪魔」

「うそっ……11秒フラット……」

 ストップウォッチを持っていた女の子は確かにそういった。


「ええーーっ、はかり間違いじゃないの?」

 それを見ていた女の子も一斉に騒ぎ出す。

「でも、実際とんでもなく早かったよね」

「うん、でも、11秒って女子の日本記録だよね」

「福島さんより早いってこと?」

「でもほらアメリカの人だし」

「それだってやばくない」


 試しにということで、ピアニッシモは走ってみた。しかもなぜか、あのやたら露出の高い陸上のユニフォームをさらにきわどくした、自家製のユニフォームでピアニッシモは挑んでいた。

 どこからそんな服を持ってきたんだと突っ込みたくなったがそういえばピアニッシモはコスプレ用の衣装を具現化できるのだった。

 うむ、この姿もなかなか眼福なので今日はこの格好のまま楽しませてもらおう。


 走り終わったピアニッシモは、まっすぐこちらに駆け寄ってきた。

「はぁ、はぁ、一応結構手を抜いて走ったんだけど……」

「うーん、どうも反応を見る限りやりすぎたっぽいぞ」


 すぐさま、女子部員たちがピアニッシモに近づいてきた。

「ねえ、ピアニッシモちゃん向こうで優勝の経験とかあるのよね」

「一緒にやろうよ、絶対優勝間違いなしだし」


「うーん、初めて記録とったしぃー」


「うっそぉー、今まで記録も取らずに走ってたの?」


「うん、何が速いとかよくわかんない」


「すっごいタイム出たんだよ、日本記録、日本記録! えっアメリカってこんなすごい人がごろごろいるわけ?」

 いやいや、そんなことないからなそこのお嬢さん。ピアニッシモが予想以上に足が速いだけだ。正直俺も予想外だった。


 こりゃあしばらくここの騒ぎは収まりそうにないなあ。別に目立っちゃいけないという法もないから、もしピアニッシモがこのまま陸上競技で名を残したいなら、それでもいいか……。


 いやいや、だめだ。こいつらそもそも国籍とかそういうのが一切ないんだった。もし陸上選手にでもなるんだったらその辺の帳尻合わせなきゃいけなくなるぞっ。


「いやいや、あの子本当に足が速いんだね。僕も、監督もめちゃくちゃ驚いてるよ」

 いつの間にか隣にいた前野が俺にそう言った。

「さすがに記録ミスだろ、11秒なわけねぇよ」

「計りミスだとしても、すごい速かったよ。フォームもめちゃくちゃなのにさ、ナチュラルな身体能力がすごいんだね」

 素直に感心しながら、前野が言った、この辺もモてるポイントだよな。


「この騒ぎのうちに、おれもちょっといいかな。準備運動もできたし」

 肩をまわしながら前野に伝える。

「あぁ、いいよいいよ。でもよかったよ、あのケガ以来すっかり陸上に興味なくしたと思ってたから」

「……実際失くしてたけどな、なんか久々にやりたくなってさ」


「……なんか確かに聖夜の肩の筋肉すごいことになってるな、そんながっしりしてたか?」

 そう、それなんだ。

 この休んでた一週間でなんだかとても筋肉質になった気がする。だからこそ久々に陸上に挑戦しようと思ったんだ。


「まあテクニックとかもう忘れたけどな。投げた後でアドバイスくれよ」


「お前は昔から力任せに投げていただろ、ま、腰だけ気をつけろよ」

 といって、前野が俺に800gの陸上競技用の槍を渡した。

 手に取ると意外にずしっとくる、この間投げたピアニッシモが作った槍より、2倍くらいは重い。うーん、こりゃあ、この間は軽かっただけか。そういや中学生の時はもっと軽かったもんな。


 やり投げは30mの助走のあとに、その勢いを使って投擲する競技だ、肩はもちろんのこと、それなりに足の速さも要求される。

 まずは槍を構えたまま走る。

 そういえば、走ること自体もヤーハダと戦った時以来か。


 おれは、槍を肩の後ろで抱えながら、走り始めた。

 ——意外なほどに、体が軽い。ポンポンと身体が進んでいく、まるで羽でも生えたように俺の体、あっという間に30mを走り切ってしまった。

 投げる前に。


「おいおい、何やってんだ聖夜。思い切りフライングじゃん」

 前野はあきれたように笑ってそういう。


 わかってるさ、思った以上に俺の足が速かったんだ。中学の時のイメージと全く違うんだ、投げようという姿勢を作るころには、すでにラインを過ぎてしまった。

 ちっともタイミングが合わない。

 だがまあもう大丈夫。なるほど、いくつかの戦いによって現実のおれの体もレベルアップしたらしい。


「大丈夫だ、すっかり忘れてしまっていた。相変わらずタイミングが難しいなこれは」

「ふふっ、それにしてもなんだか足まで速くなってないか? ちょっとびっくりしたよ」

 俺こそ驚いてるよ。


 気を取り直して、俺は助走を始める。

 やはり体が軽い、あっという前に踏み切りラインが近づく。かなり手前のような気がするがもうスピードは十分だ!

 体をとめて、その反動と肩の力で、一気に槍を放出する!


 ドーーーーーーーーーーーン!

 というのは心の声だ!

 普通は大声をあげて、槍を投げるのだが、恥ずかしくて俺は無言で心の声で叫んだ。

 少し角度が高かったかな、でも手ごたえはある、間違いなく中学時代よりもはるか遠くに飛ばせたはずだ。

 もしかすると、高校生記録出ちゃうかもな。


 投げた後は達成感で一杯になりながら槍の行方を見守った。

 おかしいな……想定よりも滞空時間が長い。まだ落ちないんか。

 ふつう投げ終わった後に、ここまでゆっくり行方を見守ることなんてないのに。 そういやそもそも中学生の時は、軽かったから70とか飛ばせたわけだよな。今回は2倍は重いんだぜ。あれっ?


 疑問に思ってるうちに、槍は着地した、少し既定の範囲を超えてしまったような気がするが、この際そんなことは関係ないんだろう。

 

「そ、そんなバカな」

 あの冷静な前野が顔を蒼白させながら、着地地点を見ている。

 すぐさま、前野は走ってその落下地点へと向かった。すでにほかの陸上部員がその落下地点で計測は始めている。しかしその場所は、陸上部員が待機してるところとは全然違う、はるか遠い場所であった。

 その陸上部員が、震えながら記録を口にした。


「……105m」


 ヤンゼレズニーが持つ世界記録をはるかに超える記録であった。

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