第23話「身近にいる天使」

——あれから、1週間俺は全く身動きが取れずに自宅で療養していた。


 外傷はないが、とにかく体がしびれて動かなかった。病院にも行ったが、症状としては過度な筋肉痛にすぎないといわれた。激しく筋肉が損傷しており、いわばぎっくり腰と同じようなものらしい。


 というわけでこの一週間はベッドの上で寝たきりで生活していた。


『現在もこの学校で起きた局部的な集中落雷については調査が進められていますが、気象庁の発表ではいまだ不明なままとされております』

 ベッドの上から見るテレビのニュースでも、スマホで見るニュースでも俺の学校で起きたこの間の出来事は、気象上の謎の事件として連日報道されていた。


「でもさあ、絶対変な化け物みたいなの見たんだよねぇ、それになんであんたは筋肉痛になってんのよ。雷にでも打たれたのかと思ったのに」

 動けない俺の部屋の元を、なんだかんだでイブは毎日訪ねてきてくれた。


「はい、今日の学校の課題がこれね。体動かないからって、さぼっちゃだめだからね、本当、めんどくさい役目を押し付けられたもんだわ」

 一応、俺の元に学校からの配布物とかを渡すとかいう名目らしい。実際俺は全く動けないって程ではなく、座って学問をするくらいはできる。まあしかし、医者からは楽になるまでは無理をせず寝ていた方がいいといわれているので、勿論医者に逆らってはいけないのだ。うんうん、俺はいい子。


「めんどくさかったら、机の中に突っ込んどいてくれればいいんだぞ。俺だって課題やりたくねぇし」

「先生に頼まれちゃったんだから仕方ないでしょ、近所に住んでるしさ」

イブはそういいながら、照れ隠しなのか俺の体をバンバンたたいた。


「痛いって……、それにしたって毎日来なくたっていいだろ」


「あんたは友達少ないんだから、話し相手に来てあげてるの! 感謝してよね。あの日からさらに評判悪いんだからぁ。あんな雷の中校庭に出て何をしようとしてたのよ、本当」

 ……まあほんと、それはありがたいんだけどな。


「なんでって言われてもなあ、逃げようとしてたんだよ俺も」

 

 ヤーハダ・マールカを倒した後、俺は校庭に一人倒れこんでいた。それを生徒の誰かが発見したあとすぐさま救急車で運ばれたのである、状況が状況だけに、みな俺が雷に打たれたと思っただろう。

 しかし、実際には雷に打たれたような形跡はなくただの筋肉痛らしい。それが雷の影響なのかどうなのかはよくわからないらしいが、状況をみて無関係ではないだろうとされている。


「やっぱ、馬鹿なのねあんた。あの雷の中、校庭を走って逃げるとか本当どうかしてるでしょ?」

「……いやだから、おれもみんなが見たっていう大男に追われてたんだよ」


「——やっぱ、あんたも見たわよね。雷の中に立っている全裸の男。警察もマスコミもそんな奴はいないっていうけどさ」

「……あぁ、一番近くで俺が見てるからな」

 それは間違いなく事実だよな。そして、生徒の多くもそれを見たと証言している。

 しかし、警察の調べでは今のところそれらしい人物像は浮かんでこなかった。もっとも、今回の事件は気象的なもので、警察が関与するような話ではないので、生徒の妄言だとして真面目に取り合ってくれなかったのだろう。

 生徒の話を総合すると、その大男は3mを超えるような大男なのだ。あまりにもフィクションである。


「そして謎の紙人形よ、なんだったのかしらあれ。空から無数に紙が降ってきて、気が付けば消えていたのよ、みんなも見たって言ってるし、……絶対あったんだけどなあ」

「……あったはずだな、俺はさ、あれを人込みと間違ったんだよ。だから校庭に出てったんだけどさ」

「うーーん、あれを人に見間違えるのもどうなのよ」

 いやいや、遠くからはわからなかったかもしれないけど、結構正確にできてたんだぞあれ、たぶんヤーハダマールカは人と混同したと思うんだけど。


「まあ、でも結局なんもなかったんだから、集団幻覚だったんかなあ」

「幻覚ぅ? マジで言ってんの、絶対本物だったでしょ、あんなはっきりした幻覚なんてないよ!」


 ——まあな、でも本当のこと言えるはずもないし。

 それに、案外、幻覚とか夢との現実の差なんてそんなにないんだぜ、イブ。おれは最近それを痛感してるよ、夢の中だから痛くないとか、感覚がないなんて真っ赤な嘘だ。

 何とか乗り切ったけど、あの痛み……二度と経験したくない。いや、どうかな……。


「そういえばさ、シルアちゃんと、ピアニッシモちゃんもぜんぜん学校来てないんだよね。なんかアメリカに帰国してるんだって、転校初日から、戻っちゃうなんて何しに来たんだろうね」

 そういって、二人の不在を告げるイブの顔はなぜか嬉しそうだった。


「——なんだろうな、学校行ってないからその辺のことはわかんねぇよ」


「あ、そうだよねぇ。っていうかさ、考えてみればそもそも、外国からの転校生が連続で二人来るあたりから、おかしいよねうちの学校」


「ま、そうだな。転校生に、落雷事件。最近いそがしいな」


「私たちもケンカしちゃったしね……よかった仲直り出来て」

 そういって、顔を伏せながら小声でイブは言った。

 べつに、俺はケンカしたつもりも、仲直りしたつもりもなかったけどな。まあ、でも最近話せてなかったから、それは本当にこうして部屋に来てくれてうれしいか。

 

 ヴー、とどこからか、バイブ音が聞こえた。

 するとイブはスマホをバッグから取り出して、それを見る。


「あ、お母さんから、ご飯できたってLINE来たから、もう帰るね。——来週には戻ってこれるんでしょ?」

「ああ」

「じゃ、少しは課題やっておきなさいよ。もう少しで期末考査なんだからね」

 ぐえぇ、そうかそんなものがあるのか。

「——前向きに検討しておくわ」


「なにそれ、じゃあまたね。動けないからと言って、スマホでエッチなのばっか見ちゃだめだからね」

「見ねぇよ!」

 嘘だけど。


 そういってイブは帰っていった。

 なんだかんだでいいやつだよな、あいつ。

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