第18話「雷の天使」
「おい、あいつはなんだ!」
窓際にいたクラスメイトの山田が、校庭の方を見ながら叫んだ。俺とシルア、そしてピアニッシモ急いで窓際の方に向かう。
そして、窓から校庭を見おろすと、トラックの中央に成人男性の2倍の大きさはあろうかという大男が、仁王立ちで立っている。
気のせいか、男の周辺で小さなフラッシュが起こり、こちらの網膜に残像を映す。
「変質者ってことはないよな……」
俺は、隣にいるシルアに問う。
「……ええ。あれは……」
ズゥカズッカーーーーーーン!
シルアが何か言おうとしたその時にふたたび爆音が響く。
見ている窓の直下にある一本の木に雷が落ちた、あまりの激しい音に思わず心臓が飛び上がりそうになった。一瞬で木は燃え上がり、煙が自分たちがいる3階にまで届いた。
クラス中の女子たちがキャーキャーと騒ぐ。多くのものがその場から離れ、まだ窓のそばにいる物好きは俺とシルアとピアニッシモだけだった。
大男を見るとこちらの方を見ながら首をかしげていた。やはり、あの男の仕業ということなのだろう。
「今度は何の悪魔なんだ? 雷使える類のやつなんか、シルア!」
冗談じゃない、前のやつの方がまだましだ、たまたま木に雷が当たったからいいものの一歩間違えば校舎が丸焦げじゃねぇか。
「違うわ、あれは悪魔なんかじゃない。——ヤーハダ・マルーカ。私たちを消しに来た五天使の一人ね」
「て、天使? あの風貌で?」
少なくとも想像していたような天使ではない。体はえらくごつく筋肉質、しかも服を一切まとわず、上半身どころか男の大事な部分まで丸見えである。うちに学校は男女共学だ、うら若き乙女の健全性を保つためにもいち早くわいせつ物陳列罪を適用すべきだろう。
そして、ヤーハダ・マルーカと呼ばれた男の顔。
遠くからでもわかるほど、ぎょろっと見開いた目に頭に生えた二本の角。
「あれは……鬼じゃないのか?」
少なくとも想像上の話ならあれは鬼と呼称すべきものであろう。
「鬼とも呼んでいるわね……同じことよ。この国では天使があの姿を借りて降臨するそれだけのことよ」
シルアがそういった時、
ズガガガガーーーーーーーーーンっ!
と、再び爆音が鳴り響いた。
向かい側の校舎に雷が落ちたのだろう。瞬間を見なかったが、向かいの校舎の窓ガラスが一斉に割れて、空中を舞う。爆音のせいで、生徒たちはパニック状態で、学校全体から怒号のような悲鳴が聞こえてきた
「おいおい、おれらを狙ってるんじゃないのかよ?」
「狙ってるよ……どこにいるかまではわからないから、学校ごと消すつもりなんでしょう」
答えたのはピアニッシモだ、冷静に外を見ている。
「どこが天使なんだ……くっそ、このままってわけにはいかねぇよな。俺が倒すしかないか」
「ドーーーン」さえ決まれば、あんな化け物みたいなやつでも何とかなるだろう、すでに俺には化け物耐性ができている。怖くなんてない。
そういって振り返って教室を出ようとする俺の腕を、シルアはつかんで止めた。
「まって、落ち着いて。ここは日常空間なのよ。夢の世界じゃないの……あなたは現実では精力が強いだけの普通の男子高生なのよ」
そうだった……調子乗ってたな、俺はあくまで夢の中で無双できるだけなんだ。逆に、あの天使は、通常の世界であんな嘘みたいな力を発揮してるというのか。
「……だったら早く夢の世界に送ってくれ、このままじゃ学校がやばい」
いつもみたいに夢の中でさえ戦えれば、あとは俺が何とかする!
俺は腕をつかんでいるシルアの顔を見つめながら言う。
しかし、シルアは力なく首を振る。
「どうやって、あいつを夢に送り込めばいいかわからないわ」
「いままでやってきてたじゃないか」
「あれは、私たちの方から夢の世界に飛び込んだのよ。今回とは話が違うわ」
何を情けないことを言うんだ。
「触れることさえできれば夢の中に送り込めるんだろ、なんとかならないか」
しかし、そうやっていうと、シルアは何も返さず考え込んでしまった。
「どうやって近づく? ヤーハダ・マルーカの周辺は常に帯電状態なんだけど、見えるでしょ周囲にバチバチって、稲妻が走ってるのが。下手に触ろうものなら丸焦げなんだけど」
離さないシルアの代わりにピアニッシモが答えた。
いう通り確かに遠目からでも、ヤーハダなんちゃらが帯電してるのがわかる。触るだけでも感電。
シルアをそんな危険な目にあわせるわけにはいかないか……。
「私たちだけでも夢の中に逃げておくってわけには……」
「いかないな、俺らの責任でこうなってるんだから」
シルアの提案は検討にも値しない。
責任感なんて言葉、決して好きなわけでもないが、それでも自分の快楽の責任のせいで誰かに迷惑をかけるわけにはいかない。
「へえ、結構男らしいとこあるじゃん」
ひゅーっと口笛を吹きながら(いつの時代の演出だ?って思ったことは内緒にしておこう)、ピアニッシモが言った。
「その男らしさに感動したから、あたしがちょっと一肌脱いであげるよ」
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