第52話「性癖にひそむ天使」

「いるんだろ、シルア」

 イブが去った病室で、見えない相手の名前を声に出す。


「もちろんよ、やっぱかわいいわねイブちゃん」

 いつの間にかベッドの隣に立っていたシルアはすっと、ベッドの上に上がると俺の隣に寄り添って、肩のあたりにもたれかかる。

 そしてなぜかなめらかな指先を俺の口元に近づける。

 相変わらずしぐさがエロイ。まあサキュバスだから当然なのだが。


「まてまてまて、ことを始めようとする前に聞かせろ。あのイブの反応を見るに、現れてるんだろう次の悪魔ってやつが」

 あの時感じた違和感は間違いのないはずだ。


「何のこと? いまんとこ悪魔の気配なんかないし、イブちゃんの様子におかしいところあったかしら」

「いやいやいや、おかしかったろ、あんなにしつこく俺とシルアのことを疑ったりしてさ、あれは絶対『懐疑』の悪魔の仕業なんだろ?」

「懐疑の悪魔? 不信の悪魔っていうのはいるんだけど。それにあのイブちゃんの反応は普通の反応だと思うわ。というかストレートよねあの子、あの子がいつか私かピアニッシモを刺したりしないか不安だわ」


「——イブはそんなことしねぇよ。……なんだじゃあ、悪魔の件は俺の考えすぎか。なんだか、いろんな敵に襲われてるし、この間のヒバリの件もあるから、俺自身が何も信じられなくなってるな」

 うん……やっぱ、その不信の悪魔とやらが周囲に影響を与えてるのではないか?


「ビバーチェの件は全部、聖夜の責任よ。あなたの本質がロリコンだからいけないのよ!」

 なんだと!

「ちがう、ロリコンなわけじゃない! ヒバリの件で同情してしまっただけだ、いつくしむ気持ちがあっただけで、エロい気持ちなんてなかった!」

 そういうと、シルアは爪先を俺の頬に立てる。


「ねえ、聖夜? 私が知らないと思ってるの? あなた、たまにビバーチェを病院のトイレに呼び出して処理させてるわよね? しかもそのたびに1万円を渡してるでしょ」

 ぎくぅっ!!


「ナ、ナンノコトデショウ……?」

「もちろん、ビバーチェはお金なんていらないって言ってるんだけど、なんでそんなことしてるんだっけ?」

「……イヤ、ボクハナニモ」


「——興奮するんでしょう? そういう風に女の尊厳を傷つけながらセックスするのが最高に興奮するって言ってたそうじゃない?」

 どぅわはあっ!!

 うおぇぇぇぇ、吐き気が、吐き気がする。やめろ辞めろ、おれの内面をえぐるなぁ。


「く、っそ、ヒバリめ、あの女余計なことしゃべりやがって……」

「……しかも、ビバーチェみたいな幼躯が最高って思わず口走ったそうじゃない、ほんとサイテーね」

 冷たい視線を俺に送りながら、シルアの爪先は俺の頬にさらに深く食い込む。というかもう、内頬に突き刺さっていた。

「ひがっ、違うんだぁ」


「……あぁ、どうして聖夜はこんな曲がった性癖をもつようになってしまったのでしょう。私はとても悲しいわ、紳士のやりちんとして育てたかったのに」

「……全部、シルアのせいだろ!」

 大体なんだ、紳士のやりちんって。


「人のせいにしないでよ、むしろ私たちがいてよかったじゃない。あなた、ビバーチェがサキュバスじゃなかったら、ロリコンのただの性犯罪者なんだからね。家族もろとも社会から抹殺されてるわ」

 ああぁぁっ。

「まてっ、それは違う。ヒバリがサキュバスだからおれも手を出したに過ぎない。俺は興奮を最大にしたいし、ヒバリもその方がサキュバスとして満足を得られる、まさにウィンウィンだろ?」

 シルアの言い方だと俺が根っからのロリコンで、犯罪者予備軍のいい方のようだが、そうじゃない、俺はイメクラでロリ風嬢にトイレで援助交際プレーをしただけなんだ。

 現実でトイレに女を呼び出して、一万円を払って性処理させるやつなんているわけないだろ、しかも俺は一応シルアっていう彼女もちなんだぞ。

 これはプレイです、そうです。わかってください。


「ふぅん……、でもさあ、そもそも聖夜ってビバーチェをサキュバスって知らずに小学生の女と思って近づいて、そしてキスもしたわけよね。あの後どうするつもりだったのかなあ?」

「……いやあれは不可避なキスでありまして……」

「ギンギンだって言ってたわよ」

 ぐぐぐっ、あの女、全部話しやがって。

 シルアの爪先はさらに深く突き刺さり、ほほを貫き、舌にまで達しようとしてる。

「……ほ、ぐぉっ、誤解です。いやもうあの時にはサキュバスって気が付いてたんですぅ」

 そうだ、深層心理アプリオリではわかってたんだ、そうじゃなければ小学生に近づくようなことをするはずがない

「心の底からビバーチェに性的興奮を覚えないと、あの子の能力って発動しないのよねえ」

 シルアはさらに爪先をぐりぐりとさせる。

「ぐぁあぁぁぁっ」

「私はね、あなたがロリコンだから怒ってるんじゃないの。ビバーチェに対してマックスに興奮してることが気に食わないのよ。私とももっと盛り上がってよ、私にも同じ感情をぶつけてよ」

 

 と言われて俺は、ハッとした。

 確かに、ヒバリに対してが一番感情をぶつけてるし、確かに言うように一番興奮してるのは間違いない。

 ピアニッシモやシルアとの営みは最近もはや作業というか、義務にしかなってない。まさに営みなのである、なんならうっとおしく思うことさえある。

 なぜこんなに違うのか。


 それは、ヒバリがロリボディだからというよりもっと深層心理なところにある気がする。



 ……ヒバリが憎いからではなかろうか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る