第4章 亀裂編

第1話 死地

 師匠のクレイジーさについては今更語るまでもないが、今回は流石に全員が引いていた。


 脳を取り出す。

 という字面のあまりのグロさに、死刑派だったクラウもかなり不快そうな顔をしている。


「……いや、少し語弊があったな。取り出すと言っても物理的にではない。魔力を脳に直接流し、反応を見つつ観測するという事だ」


 あ、それならオッケーですね。とはなりませんよ師匠。


「その過程で脳細胞が死滅し、知能が低くなったり記憶を失ったりする可能性があるが、彼らなら問題ないだろう」


 度合いにもよるが、それは最悪の場合死よりも残酷な結果になるのではないか、と思ったが、師匠は既にやる事を決意しているようだった。ダビド氏が唸っていたが、しっかり猿ぐつわを嵌めておいたので言葉にはならなかった。


「それは条約で禁止されてる人体実験にあたるのでは?」


 レインさんが尋ねた。確か前にライカに師匠が質問していたのを思い出す。


「あの条約で禁止されているのは締約国内での戦時利用を前提とした研究においての人体実験だ。私の実験は『亀裂』の先にある国との戦争で使う事を前提とする。そして相手は条約に加盟していない。よってこの人体実験は正当化される」


「ふむ。ずばり聞きますがその研究とは?」


「人間の生成だ」


 やはりそれか、と僕は思った。


「パねえ!!」

 ミスティさんが声をあげる。

「いつかやるって言ったよねサニっち。ついにやっちゃいますか!」


 言い方が完全に犯罪だが、実際ほぼ犯罪なので間違ってはいない。


「人間の……生成……」

 レインさんが首を捻っている。

「それが今回の作戦とどんな関係が?」


「察しが悪いな、レイン」


 師匠はそう言ったが、レインさんの疑問は僕も同じく抱いていた。


「人間をゼロから作るという事は、ランドの好みの女を作れるという事だぞ」


 突然後頭部をハンマーで殴られたような衝撃が走った。


「ランドは意外と選り好みするみたいだからな。好みの女が自然に現れてくれるのを待つよりは、こちらで作った方が早い」


 え?


 僕のせいなの?


「なるほどなるほど。倫理観に目を瞑ればその通りですね」

「やべえ〜この人イカれてるわ〜」

「ちょっとどうかしてんじゃないの……」


 そりゃそうだ。誰だってこうなる。

 僕の好みに合わせて女の子を1人魔術で生成する?

 技術的な問題はともかく、人の道を大きく外れた話だ。


「……その反応は心外だな。私は作戦の成功率を高める為に、最も良い手段を提案しただけの事だ。文句があるならバフ倍率を上げろ」


 師匠がそう言って、他の3人が一斉に僕を見た。


 やはりどうあがいても僕のせいになるらしい。


「それに、この研究が上手く行けば、こいつらの脳をコントロール下に置く事が出来るかもしれない。殺す事なく口封じするにはこの方法しかない」


 確かに、師匠ならばそれをやってのけてしまうかもしれないという確信めいた物がある。


「ま、仕方ないか。そもそもはこいつらが悪いんだし、実験台になってもらいましょ」


 そもそも死刑派だったクラウ的には脳が壊れて廃人になろうが大して違いはないのだろう。


「人間の生成はともかく、作戦の為なら仕方ないですね」

 レインさんも折れた。


「その前に1発金玉蹴っていい?」

 ミスティさんの提案は意味が分からない。


 かくして、ダビドと名も知らぬ兵士2名の運命は師匠の手の平の上に落ちたのだった。


 ……。


 1週間が経った。


 首相をいきなり失った軍は、まだ学園に滞在しており、学園内での探索にあたっていた。行方不明事件は当然大きな事件となっていたが、何せこの学園は広く、隠れる場所はたくさんある。そして学園長にも事情を説明して半ば無理やり仲間に引き入れ、協力して頂いた。


「では、質問だ。ダビド」

「は、はひ」

「この1週間、何をしていた?」

「が、学園内を散歩中に、に、く、窪地を見つけて、て、そこに足を取られて、ら、落下しました。そ、そこで、た、助けを待っていました」

「その間、誰かに会ったか?」

「だ、誰にも会ってません」

「よろしい」


 うわあ……。


 あの厳格で自信たっぷりだったダビドが、まるでいじめられた幼い頃からいじめられていた犬のように弱気になってしまった。人格を破壊して洗脳を施す恐ろしさをまざまざと見せつけられ、僕は心底師匠を恐ろしいと思った。


「まあこれなら問題ないだろう。学園内の適当な所に置いて、誰かに見つけさせよう。3日に1回は誰にも知られないようにここに来るように命令してあるから、研究も問題なく続けられる」


 師匠はまだ人間の生成という禁忌に手を突っ込む気満々らしい。


 ダビドと兵士2人がおとなしく箱の中に収まり、それをクラウとミスティさんが運び出した。まさに出荷という風情だが、全く不満を言わないあたり師匠の洗脳は上手くいっているようだ。


 部屋には師匠とライカと僕が残される。師匠は通信機を使って学園長に連絡をした。

 ダビド達を発見させる手はずを整えたようだ。


 とりあえずこれで問題は解決。僕も勉強の方に集中出来る。そう思った時、受話器を置いた師匠が事もなげに呟いた。


「ああそうだ。ランド。『亀裂』の中に行ってもらうぞ」


 何かの聞き間違いかと思った。だからそもそも聞き返さなかった。


「……ランド? 聞こえてないのか? 『亀裂』の中に行け」


 ああ、なるほど。これは嘘だ。 

 これまで色々と無茶な命令は下されてきたが、師匠が僕に「死ね」なんて言うなんて有り得ない。


「あ……あはは……面白い冗談ですね」

「冗談じゃない。出発は明日だ。支度をしろ」


 いやはや師匠も人が悪い。僕があまり驚かないからって、更に重ねてきた訳だ。


「そんな事したら、死んじゃいますよ」

「死んでは困る。作戦が破綻する。だから死ぬな」


 ……滅茶苦茶だ。


 だが師匠の目はいつになく真剣で、僕を騙そうとか、からかおうだとかそういう雰囲気は一切なかった。ただ単に「行け」と言っている。


「……待ってください。本気ですか?」

「ああ、本気だ。ミスティの開発した船に乗って、『亀裂』の中の偵察を行なってもらう。同行するのはクラウ、ミスティ、ライカの3人だ。私はここで人間生成の研究をレインと一緒に続ける」


 淡々と死の業務連絡を行う師匠。僕は自分の耳を疑わしくなり、ライカに視線を投げる。


「……ランドといっしょなら、どこでも行くよ?」


 別の意味で恐ろしい。そして何故そんなに動揺していないのかこっちが動揺する。


 だってあの『亀裂』だぞ。


 とんでもない映像を2回も見たし、入った人が帰ってこない話も散々聞いた。軍が総出を挙げているのに全く太刀打ち出来ず、今も死人が出続けている。その元凶の中に入って一体何をするというのか。むしろ何が出来るというのか。


「……ふむ。説明の順序が逆だったな」

 僕のあまりにも納得していない様子を見かねたのか、師匠は少し面倒そうだった。


「先に奴と会わせないとならないようだ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る