第8話 生命

「ちょ、ちょっともう、限界です。無理です。勘弁してください!」


 両腕を使ってユキを離そうとするが、全力を込めてもビクともしない。見た目は年下の少女だが、その中身はやはり黄泉の怪物らしい。


「ふむ、7回か。最後の2回は流石に薄めだったが、それまでは大変に美味だった。褒めてつかわす」


 黒の洞窟で魂の崩落を凌いだ後、すぐに僕はユキに寝室へと連れ込まれ、抵抗むなしく衣服を脱がされると、そのままコトを致されてしまった。


 ユキは手に入れたばかりの口と手を巧みに使い、僕の反応を見ながら正確無比に快楽を与えてきた。もちろん何度も言葉でやめさせようとしたが話は通じず、実際されるがままだった。


「あの、とにかく話を……話をしませんか?」

 このままだと僕は射精のし過ぎで死んでしまう。何より味に拘っているらしいユキも、いい加減僕の提案に乗ってくれた。


「いいだろう。溜まるまでは餌と話をしてやる」

 やはりユキにとって僕はあくまでも餌らしい。正確には時間経過で餌を生産する装置だと捉えているのだろう。


「まず、さっき黒い塊が崩れたのは何故ですか?」

 最初に1番気になっていた事を尋ねる。


「あれらが人間の魂である事は知っているな? そして私達は魂同士で共食いをして巨大化する。だが私の場合は前にも言ったがグルメなんでな、塊の中にごくごく僅かに含まれる貴重な物しか口にしたくない」

「貴重な……物?」

「そうだ。核とでも言うべきか、1つの魂には1つしか含まれていない極々微量な物だ」

「……あの、それってもしかして……」

「そうだ。お前の性器の先端からは約3億個が一気に出る」


 僕は頭を抱える。ミスティで下品さも頭打ちかと思っていたが、もっと酷いのが来てしまった。


「だがこの世界に、男、というか生きている者はいない。だから雑魚共を集め、少しずつ抜いていっていた。それが本体の私だ」

 ユキが自身の額を指さす。あ、それが白いのってそういう意味だったのかと妙に納得する。というか、じゃあその中には今まで溜めてきた男たちのアレが……。うっ、吐きそうになってきた。


「核を抜いた雑魚共は私の意思によってコントロール出来る。だが、この肉体を得た事によってその権利が失われたようだな。だからバラバラになってお前達を襲ったという訳だ。まあ予想済みだったが」

 だったらあらかじめ言っておいて欲しかったが、説明が後になるのは師匠で慣れているので今更文句を言うのも馬鹿らしかった。


「『亀裂』が出来てからは、トレイスの儀式を目印に向こうの世界にいけた。あの女体を使って色んな男の精液を味わったが、お前より濃くて美味い者はいなかったぞ。実に素晴らしい」

 一体何を褒められているのかも分からないが、ひとまず機嫌は良さそうだ。


「……さて、そろそろ補充出来たか?」

 まだ5分も経っていない。ふざけてる。


 僕は慌てて立ち上がり逃げ出そうとしたが、首根っこを掴まれベッドに引き戻された。

「た、助けて!」


 そう叫ぶと同時、寝室のドアをぶち破ってミスティとライカが突入してきた。

「うわ。精子くさっ」

「……ラ、ランドの、お、おお、おおお、おち、おち、おち……」

 2人は混乱している。僕も混乱している。何ならユキも混乱している。まともな人間が1人もいない。


 ユキが2人に気を取られていた隙にパンツを履いた僕は、ユキに大事な事を尋ねる。

「という事は、もう元の世界と連絡を取る事は出来ないのか?」


 情けない姿を見せてしまったが、決して僕はクラウの事を忘れた訳ではない。ユキと合流後、師匠と交信して解決策を探そうと思っていたのだ。今もクラウは危険な状態にある。


「ああ、出来ん。今の私の肉体はこれだ」

 そう言って、自分の体を指すユキ。まずい事になった。


「何故あやつと連絡を取る必要がある?」

「……1人、ここにくるまでに黒い塊に襲われて倒れた」

「ほう。それで死んだか?」

「いや、まだ息がある。何とか助けようとしているけど……」


 ユキの表情が若干だが変わった。

「……生きてるだと? 興味深い。会わせろ」

 クラウの寝ている部屋にユキを連れていく。


 ユキはクラウを見るなり、楽しそうに笑っていた。

「命を直接喰われているのに何故生きていられるのか、面白い小娘だ」

「なんとか助ける方法はないか?」

 藁にもすがる思いで訊いてみると、ユキはすっと伸ばした手を、クラウの身体の上で埃でも払うように動かした。


「助けた」


 あまりにも自然で何気ない動作だった。だがユキは嘘をついていなかった。


 クラウがゆっくりと目を開ける。肌に色が戻りつつある。

「……ランド?」

 掠れた声でクラウが僕の名を呼んだ。僕は手を握り返す。体温も上がっているようだ。


「良かった。本当に良かった」

 噛みしめるようにそう言うと、クラウは微笑んでくれた。

「結婚するまでは死ねないわ」


 続けてクラウが言う。

「学園で最初にした術師倫理の授業を覚えてる?」僕は頷く。「あの時、最後にランドはこう言ったわよね。『どんな方法であれ、1人だけを見捨てる事はしない』って。言った通りにしたのね」

 確かに、僕はそう答えた。だけど点数はもらえなかった。

「今なら100点あげるわ。ありがとう」

 僕はその言葉を聞いて、クラウの手を強く握った。


「2人とも忘れるなよ、助けたのは私だ」

 ユキがそう言うと、クラウもその存在に気づいた。

「え? 誰?」

 まあ、そうだろう。


「お前の命の恩人でありランドの所有者、ユキだ」

 どうやら僕はいつのまにか所有物になっていたらしい。


 それを聞いたクラウは一瞬困惑したようだったが、諦めたような表情になり言った。

「まあ、好きにするといいわ。どうせ決めるのはランドだし」

「……妙に癪に触る言い方だな。言っておくが、既に私は今日だけでランドの精液を7回も食しているからな。だから持ち主は私だ」

「……それはちょっと聞き捨てならないわね」


 起きようとするクラウを僕が止める。

「まだ無理しないでいいから。今何か飲み物を持ってくるよ」

「そうだ、無理するな。代わりに私はランドのを飲んでおくからな」


 クラウが助かったという安堵は台無しにされ、新たにパーティーに加わった花嫁はこれまでで最も不可解で強烈で厄介だ。しかしとにかくこれで『亀裂』を潜ってこちらまで来た目的は無事に果たした事になる。


 世界を救った後、僕と僕の下半身の寿命がどれくらいあるかは分からないが、そう長くはないだろうなと思う。

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