第9話 戦術
船内のリビング。広めの部屋の中に、全員が座れるように椅子と大きめ机が用意してあり、主にここで食事を取っているのだが、作戦会議室としても使えるようになっている。クラウが元気になったので、ようやく全員がそこに揃う事になった。
「さて、そろそろ本題に入ろうか」
会議の中心にいるのはパーティーリーダーの僕ではなくユキ。実力からしても黄泉での知識からしても妥当な判断だと個人的には思うが、他の3人は納得していなかった。
「百歩譲って会議を仕切るのは良いけど、最終的に方針を決めるのはランドだからね。そこの所勘違いしないでもらえる?」
クラウが先陣を切って突っかかる。それを受けたユキは明らかに不満そうな顔をしたが、ミスティが追い打ちをかけた。
「そりゃそうでしょ。あたし達は全員ランドのお嫁さんな訳だし、妻が夫に従うのは当然の事だし」
意外と古風な考え方なんだな、と思ったが、ちょっと振り返ってみるとこの人達が僕に従っている所全然ない。
「……新入り、生意気」
やはりライカもユキには敵愾心があるようだ。
諸先輩方の露骨な新人いびりに対し、ユキは毅然とした態度で返答する。
「……本来なら、貴様ら全員消し炭にしてやる所だが、今はここを無事に脱出する方が優先だろう。多少の狼藉は許してやるが、あまり調子に乗るなよ」
まさに一触即発。出来る事なら船から降りたい。
「無事にったって、来た道を戻るだけじゃん。楽勝でしょ」
ミスティの油断グセが明らかに出た台詞に、ユキは呆れたようにため息をつく。
「わざわざお前らをここに呼んだ理由を忘れたか?」
トレイスの身体を借りて喋っていた時、ユキは「このままだと作戦が失敗する」と断言していた。理由は来てから話すと言っていたが、どうやらその時が来たようだ。
「端的に言えば、私と同じ程度の強さを持った者があと3匹いる」
これには流石のミスティも真剣な表情になった。
「我々が共食いで大きくなるのは既に知っているな? だが、同じくらいに成長した個体は共食いせずにお互いを見張り合う。協力しているとも言えるが、1匹が弱くなればそいつは食われる事になる」
ユキは自身の両手を握って開き、それを見ながら言った。
「今の私のようにな」
「……つまり、あの黒いうねうねを失ったあなたを狙って、他の3匹が向かってくるという事?」
「そうだ。だが距離的には1匹だな。1番厄介な奴がおそらく『亀裂』周辺で私達を待ち構えるだろう」
ユキ(最終形態)と同程度の大きさの怪物という事は、こんな船などひとたまりも無く破壊されるという事だ。どうやら僕達の新婚旅行はここで終わってしまうらしい。
「だが、幸いな事にそいつは同時に『作戦が失敗する理由』そのものでもある」
「一体それのどこが幸いなのよ」
「……黙って聞け雌豚」
「雌豚はもう他にいるわよ。レインっていうのが」
クラウの調子は完全に戻っているようだ。それを純粋に喜ぼう。
「……まあいい。とにかく奴は硬い。本気を出せば、数秒間だけあらゆるダメージを無効化する力がある。言ってしまえば『無敵』だ。私のように生命を支配する力は無いが、あの女の作戦をこのまま進めれば最終的に奴だけが残る事になる」
あの女、というのは師匠の事だ。確かにユキの言っている事が真実なら、次元ごと吹き飛ばす計画には穴がある事になる。
「ていうかさっきから奴、奴言ってるけどなんか名前無い訳? 名前が無いとイメージが湧かないんだけど」
「唯一無二の存在に名前など必要無い」
「そりゃそうかもしんなけど、あんただってかわゆい名前ついたんだし、なんか考えてよ」
「貴様……くそ、いいだろう。では奴の名前はヨロイだ」
「ヨロイ?」
「トレイスの記憶の中で1番見た目が似ている物を選んだ」
巨大な鎧を着た怪物を何となく想像する。
「これから『亀裂』に戻るまでの3日間で、餌は
「待って。『無敵』なんでしょ? それがあるからランドの
「『無敵』とはいえ1度発動すれば再度使えるようになるまで僅かな隙が生じる。そこを突く」
「……つまり、1度そのヨロイって奴が『無敵』にならざるを得ないくらい攻撃を加えなければならないって訳ね。で、それには私達の協力がいる、と」
「まあほとんどは私がやるがな、貴様らも駒の1つとして使ってやる」
「腹立つわね」
「ねー」
「……ランド、好き」
ライカが久々に喋ったと思ったら全然関係なかった。
「あの女には既にこの事は話した。『亀裂』の外側からもタイミングを合わせて攻撃を加える事になっている。もちろんそれでも最終的にはヨロイの判断次第だが、『無敵』のカードを切った時点でこっちの勝ちだ。貴様らのバフ倍率に私の500%をかければヨロイなど一撃で屠れる」
ん? 一部、引っかかる台詞があった。
師匠と協力して外部からも攻撃という件はまあいい。
「……私の、500%?」
思わず残った4人で顔を見合わせてしまった。
「そうだ。例のバフ魔法は最大が500%だろう? 制限が無ければもっと上に行っていただろうが、仕方あるまい」
これに対し、前回348%のミスティが言う。
「ぶはは、思ったより楽観的なんだねえ?」
前回329%のライカが言う。
「……無謀」
前回302%のクラウが言う。
「あんた、自惚れが過ぎるわね」
ユキは明らかに不機嫌な様子で、3人を睨んだ。
「良いから見ていろ。貴様らのような女とは格が違うという事をはっきり分からせてやる」
ユキ NEW 120%
「……おい餌、これは一体何だ?」
「何だ、と言われても……」
ダビドと20%しか変わらない数字です、としか答えようが無い。
「あんなに抜いてやったのに、まだ足りていないようだな。こっちに来い」
「そういう所じゃない?」と、クラウ。
「おいこら、餌。見ろ。これを見ろ。何とも思わんのか?」
ユキが服を捲り上げ、何の躊躇いもなく全裸を見せつけてくる。僕は反射的に目を伏せる。
「ランド童貞だし、下品なの苦手なんよ。ましてや出会って5時間で7発も抜いてくるようなビッチ、嫌いを通り越して軽蔑っしょ」
下品の代名詞ミスティも大概だが、言っている事に間違いはなかった。事実僕はユキという存在にビビっている。
「……くそ、仕方ない。どうやったら私を好きになるか教えろ、餌」
「まずその餌って呼び方じゃない?」
「……何だと?」
「リピートアフターミー、『ご主人様』」
ミスティだってそんな呼び方した事ない。
「ご……で、出来るかそんな呼び方。餌は餌だ」
「はしたない私にどうか精液をお恵みくださいご主人様。はい、言って」
「……くっ」
ライカが僕の裾を引っ張る。
「はしたない私にどうか……」
いやライカが言っても仕方ないから。
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