第10話 詠唱
例えば、「暁の瞬間、黒き死神が舞い降り〜」から始まり、「〜やがて土に帰りし者、門を開きてその名を知らしめん」で終わる3行がある。それを詠み終えたら、次は「門」か「名」で連想する詩を探す。「扉の先にある光、その眩しさに賢者は〜」から始まり、「〜深き時に眠る慟哭、放たれし混沌を思う」で終わる詩があるので、次は「慟哭」とか「混沌」に近い始まりを持った詩を探す。
これらの言葉には師匠が術式を編み込んでおり、僕の意識と結び付けている。つまり連想を続けている限り、理論上は顕在魔力が無限に折り重なっていく訳だが、実際は威力として出力出来る限界がある。一連の工程にかかる時間を計算すると、1日16時間を3日続ける事でその上限に達するという訳だ。
詠唱文を記した専用の本があり、僕はそれを見て詠唱を行なっていくが、師匠はもちろん何故かライカは既に全文を暗記している。連想さえ途切れさせなければ、文章と文章の間で時間があいても詠唱は有効なので、慣れてくればそこまで集中しなくても出来なくはない作業ではある。
ただ、この状況はいくら何でも厳しい。
「ねえランド、ちゅーしよ、ちゅ」
まずはミスティの口への妨害。
「……手、あったかい」
次にライカが本を捲る手を抑える。
「何故勃たんのだ。早く餌を出せ。私は腹ペコだ」
トドメとばかりにユキが性器を刺激する。
こんな状況で一体どうやって上記の詠唱を行うのか。
とりあえず整理しよう。
まず、僕達がいるのは黄泉の中、『亀裂』からは北に2日ほど行った地点。ここから元の世界に戻る為に『亀裂』へと向かうが、そこにはヨロイと呼ばれる黄泉の中でも最強の怪物が僕達を待ち構えている。
ヨロイは硬さが売りの怪物で、生半可な攻撃ではビクともしない上に、短時間だが完全な『無敵』状態になるという特技を持っている。よって、ヨロイを倒すにはまずある程度のダメージを与えて『無敵』を使わせた後、僕が
ヨロイを倒せない場合、元の世界には戻れず僕達は喰われるし、元の世界もいずれ怪物達の侵攻によって滅びる。そんな事は分かりきった事だというのに、僕の周りの人達に自制という言葉は無いようだった。
「私の経験から言わせてもらえれば、あんた達のそれはランドが相手だと逆効果よ」
1歩下がって様子を見ていたクラウがそう言った。
実はクラウが復活してから、1度バフ倍率を計測した所、なんと前回から大幅アップの379%という数字を叩き出したのだ。それからクラウの態度にはちょっと余裕がある。
「いい? 私はランドの好感度が急上昇する法則を見つけたわ」
自信たっぷりのクラウ。だが実際それは僕自身も興味がある。人への好意というのはコントロールしようとして出来る物ではないというのはこの数ヶ月で骨身に沁みて分かったからだ。
「ランドはね、奪われそうになると急に惜しくなる人間なの」
……ん?
「最初はレインよ。元々倍率最低だったのに、心臓を雷に撃たれて死にかけた後、一気に上がった。次にミスティ。ダビドに襲われそうな所をギリギリ助かって急上昇。そして私、死の淵から生還して大逆転勝利。これはまさに法則よ」
誇らしげにそう言うクラウの好感度は今まさに下がっている気がする。
とはいえ、言っている内容があながち間違っているとも言い切れないのは事実だ。例に挙げた状況の時、確かに僕の心は揺さぶられたし、心の底から失いたくないと思った。良い点を突いているかもしれない。
「あ、でも師匠の場合は別に……」
「つまりね、ランドからの好感度を上げたかったら、死にかけるか襲われるかすればいい訳。分かった?」
スルーされてしまったが、あまり深く突っ込んでも手でされた件を持ち出されそうなのでやめておこう。
「あーなるほど、確かにそれある」
「……死ぬ? ランドになら殺されたい」
「理解は出来るが、具体的にどうするのだ?」
3人は僕以上にクラウ理論をまじめに受け取ったらしい。
だが事実、この場において死にかけるというのは一歩間違えれば実際に死ぬし、奪われるも何も僕以外に男が存在しない。理屈は完璧でも実行出来ないではないか、と思ったが、やはり元王女の発想は平民とは違った。
「そこで、私達同士で奪い合いましょう」
何を言っているんだこの人は。
「何も恋愛は男女の中にだけ存在する物じゃないわ。女同士にもその感情は確実にある。私達の誰かが私達の誰かをランドから寝取って嫉妬させれば、バフ倍率爆上げ間違いないって訳。天才でしょ」
変態の間違いじゃないか。
まあ、こんな突拍子も無い提案、3人が乗るはずが……。
「アリっすねえ! あたし元々両方イケるし、ヤっちゃいますか」
「ランドが私に嫉妬……? ……うふふふふ」
「貴様らの身体を開発すれば良いのだな? 造作もない」
……。
僕は詠唱を続ける。
目の前のテーブルで、クラウがライカの乳首をこねくり回そうと。
その下でミスティがユキの秘所を弄り、隠微な声が漏れようと。
部屋全体が徐々に熱気を帯び、女の子の匂いが充満しようと。
僕は詠唱を続ける。
ライカがこっちをじっと見ながら短く喘ぎを繰り返した後に果て、
その様子に満足したクラウの後ろからユキが抱きついて愛撫を始め、
それを追いかけるミスティがライカから不意打ちを喰らおうとも、
僕は詠唱を続ける。
競い合うようにお互いの身体を触り合い、それに飽き足らず舐め合う。
獣が如く吠え、唸り、発情する4人が徐々に本能に目覚めるその景色。
見せつける為にお互いを引き立て、魅力を引き出す共闘が目の前にある。
僕は詠唱を続ける。
「んっ……あっ……ちょっ、そこはダメぇ!」
「こんなに濡れてる人始めて見たわ。ほら、ランドにも見てもらいな」
「……くっ。なかなかやるな。だがまだまだ!」
僕は詠唱を続ける。
僕は頑なに詠唱を続ける。
……。
僕はひたすらに詠唱を続ける。
……。
僕は無心となって詠唱を続ける。
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