第11話 勝利

 1週間に渡る黄泉での旅が終わり、僕達のハネムーン号は『亀裂』へと帰ってきた。船の性能もあって道中は比較的平穏な旅路だったが、ユキと合流後の船内は毎日が戦争と言って良い程の狂騒状態にあった。


 僕自身は真面目に蓄積型極大破壊魔法ルイナスカタクリストの詠唱を続けていたが、そのすぐ側で4人は好き勝手やっていた。体の一部を見せつけてきたり、いきなり耳に息を吹きかけてきたり、僕あての長い長い手紙をひたすら音読してきたり、無理やりパンツを脱がしてきたり。僕は心を無にしてそれらの妨害に耐え、詠唱し続けた。修行にはなったと思う。


 そして最後に僕の前に立ちはだかったのは、ヨロイと呼ばれる最大級の怪物だった。実物を見てユキのネーミングが正確だと分かる。それはまさに甲冑を着込んだ巨大な怪物であり、遥か遠くからでもその全長が把握出来ない程だ。腕は合計で10本あり、それを大地に根付いたぶっとい足が支えている。首から上はなく、どうやって認識しているのかは分からないが、『亀裂』に迫る僕達には気づいたようだった。


「さあ、一戦交えてみようか。バフ倍率は足りないが、なんとかなる事を祈ろう」


 半分やけっぱちになったユキの台詞。ここ3日の試行錯誤でなんとか倍率を200%まで上げたが、目標の500までは全然足りていない。このままだと、仮に全てが上手く行き『無敵』を解除した所に蓄積型極大破壊魔法ルイナスカタクリストを叩き込めたとしても、ヨロイを倒しきる事は出来ないらしい。


 え。それじゃ既に失敗してるじゃないか。


 まさにその通りだが、外部との連絡手段を失った事で、作戦の中止を伝える事も出来ないのだ。出た所勝負でやるしかない。僕も半分やけくそだ。


 ヨロイの1本の腕が、大きく振りかぶった。『亀裂』に来た時腕を吹き飛ばした怪物よりも遥かに巨大なのに、そのスピードは恐ろしく早い。直撃すれば粉々どころか、おそらくこちらの存在が消滅してしまうだろう。そんな拳が振り下ろされる。


 だがこちらにも怪物はいる。甲板の先頭に立ったユキが、即座に魔術障壁を展開して船を包む。ヨロイの一撃を受けきった。


「弱体化したとはいえこの程度は驚異ではない」

 まさに怪物対怪物の戦いに、果たして僕達の出番など必要なのかという疑問もある。

「……だが長くは持たんな。さっさと作戦を進めろ」

 ユキには見栄を張る癖がある。この数日で分かった事だ。


 僕はグローブVer3に魔力を込める。旅の最中にミスティが改造してくれた物で、ハネムーン号の魔石炉と魔ナニー用の魔石に繋がっており、手首のダイヤルで簡単に切り替える事が出来る。後者の接続先は明らかに必要なかったが、前者のはかなり便利だ。


「全速力で行くよ!」

 ミスティの掛け声と同時にハネムーン号が急加速する。計測器や船内の生活基盤装置に回していた魔力を全て推進力に変換し、魔力炉への負荷を最大まで許容すれば、そのスピードは3倍程度になる。

 あとはなるべくミスティの操舵技術でヨロイの攻撃をかわすだけだ。次々に繰り出される攻撃を避け、どうしても食らう物はユキが防いでいく。


 時間にして10分ほど、ヨロイに向けて最大速度で迫ると、ほとんど足しか見えなくなった。今まで僕達を攻撃していた10本の腕は遥か上にあり、その大きさが仇となってこちらを攻撃し辛い。このまますり抜けてゴールも出来そうだったが、目標あくまでもこの巨木を倒す事にある。


 するとヨロイ側に変化が起きた。一瞬動きが止まったかと思うと、その身体を唸らせ、どこから発しているのかくぐもった低い声で鳴いた。ぼこぼこと筋肉が隆起し、目の前で崩れる。


 やがてヨロイの肉体はバラバラになって砕けた。


「え? 倒した?」


 クラウと同様、僕も一瞬そう思ったが違う。よく見れば、今まで10本セットだった腕が2本1組のチームに分かれ、5つに分割されたヨロイが全員こちらを認識している。


「いや何でもアリか!」

 ミスティのツッコミはごもっともだったが、元より超常的な存在を相手に戦うとはそういう事でもある。


「だがこれはチャンスだ。ヨロイは5分の1まで小さくなったし、本体はあの中の1体。これなら多少出力の足りない蓄積型極大破壊魔法ルイナスカタクリストでも倒せる。本物を見破る事が出来れば勝機はある」


 ユキの戦況分析。確かにルイナスの火力不足問題はこれで解決したかもしれない。だが新たに発生した問題は、5体の内どれが本体かについてだ。大きさも見た目もほぼ同じだし、動きもぎこちなさなどない。5分の1に人類の命運を託すのはいかにも危険なように思えた。


「……あれ。あれが多分本体」


 ライカが1体を指さす。僕は驚いて「何で分かるんだ?」と尋ねた。


「あの腕が最初に私達を攻撃してきた。それで2番目に攻撃してきたのがあの腕。2つがセットで分かれてる。でも3番目と4番目はセットになってない。5番目と6番目もバラバラ。あれだけがセットになってる」

「腕の順番をずっと覚えてたのか?」

「……ただ見てただけ」


 ここでライカの超記憶力が役に立つとは思わなかったが、根拠としてはあり得る話だ。人間だって咄嗟に出るのが利き腕だし、10本もある奴ならその腕に順位がついていてもおかしくはない。


「……分かった。じゃああの1体を集中攻撃しよう。ユキ!」

「私に命令するな」

 と言いつつ、攻撃準備に入る。僕はミスティと舵取りを交代し、4人が甲板の中央に集まった。ユキが中心となり主砲を務め、ミスティがその下に描いた魔法陣を制御する。その隣でクラウが標準を定め、ライカが詠唱する。あちらが分裂するなら、こちらは合体して必殺技といこう。


「発射!」


 ユキの手から巨大な矢の形をした魔力が放たれる。それは真っ直ぐにヨロイの本体に届き、突き刺さる。しかし相手は5分の1になったにも関わらずまだ巨大で、せいぜい針が刺さったくらいのダメージしか与えられていないようだった。


 もちろん敵もされるがままではない。5体になった事で拳による攻撃の回転が上がり、こちらはそれに対して防壁を展開しなくてはならない。僕の操舵技術もミスティには劣るし、段々と避けきれなくなってきた。


 ガキン、ガキン、ヒュッ、ガキン!


 まずい、押されてきた。やはり最強の怪物に挑むのは無謀だったのだろうか。


 そう思った時、操舵席にある通信機から声が聞こえた。


「苦戦しているようだな」


 まだ別れてから1週間しか経っていないというのに、やけに懐かしいその声。更にもう1人。


「さあさあ、加勢させてもらうよ」


 聞き間違えるはずがない。師匠とレインさんだ。思わず泣きそうになったが、後でにしておこう。


 怪物の向こう側に『亀裂』が見えた。そしてそこからなだれ込むようにして何人もの兵士や魔導師達が入ってきていた。幸い、ヨロイがいるおかげで他の怪物達は『亀裂』の周辺にすらいられなくなったようで、道が開けたという訳だ。


「サニリア殿がダビド氏を通じて魔術師の指揮を執り、私が軍の指揮を執っています。でもランド、パーティーのリーダーは君だ。どうしたらいい?」

 レインさんにそう言われ、僕は状況を伝える。


「今僕達が攻撃している奴が本体です。出来れば何か攻撃魔法で崩してくれませんか? 奴が切り札を使ってから、僕が蓄積型極大破壊魔法ルイナスカタクリストで仕留めます」

「了解。人類は餌じゃないって所を見せてやろう」


 兵士達が陣形を組み、魔術師達が構えた。偶然にも、僕達と同じ方法で彼らも攻撃魔法を使うようだ。一撃一撃は軽いが、それでも重なればダメージになる。1体に攻撃を集中させ、切り崩していく。


 ヨロイはそれでも僕達の方を脅威に思ったらしく、狙いは変えない。


「……ちっ。そろそろヤバいな」


 ユキがそう言った。これまで何度も攻撃を耐えてきた魔術障壁だが、それにも限界がある。障壁が消えればこちらの負けだ。そして隙を突いた攻撃は効いているようだが、ヨロイが無敵を使う気配はない。


 だが絶望するのはまだ早い。


「よっしゃ、この船ぶつけよう!」


 ミスティの提案に僕も即座に乗った。ここまで僕達を運んできてくれたハネムーン号に、お別れを告げる時間が来たようだ。


「魔石炉反転! 自爆モード!」


 操舵席に来たミスティがそう叫んだ。その後5人で固まり、お互いの身体をしっかり掴みあうと、船から飛び降りる。落下する感覚が恐ろしいが、それでもハネムーン号の最後を見届ける為に目を開く。


 ヨロイに直撃、爆破。それと同時、ヨロイが全身から光を放った。『無敵』が発動した!

 船が爆発し、その破片が降り注いでもヨロイの身体には傷一つつかない。僕達は落下している。


 やがて少しの間の後、ヨロイの身体から光が消えた。


「今よ!」


 蓄積型極大破壊魔法ルイナスカタクリスト


「解放!」


 真っ直ぐに光が伸び、それは見事ヨロイに命中した。

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