第5章 凱旋編

第1話 7人目の花嫁

「正直言うとな、坊主。俺は魔法すらそんなに信じちゃいねえんだ。

 まあ確かに、ありゃ便利なもんだ。無くちゃ戦争は勝てん。だがな、結局最後に勝ち負けを決めるのは、ここよ、ここ。ハートのある奴が勝つんだ。分かるか?


 坊主、お前にはそれがあった。だからあれは魔法で勝ったんじゃねえ。ハートで勝ったんだ。


 俺達もよ、伊達に兵士長年やってる訳じゃねえんだ。突然『亀裂』から現れたあいつらに仲間も殺されて、指咥えて見てるしか出来なかった時は、そりゃ歯がゆかったさ。それでもな、耐えに耐え、一矢報いれるチャンスをずっと待ってた。


 そんな時、あの馬鹿魔術師に処刑されて死んだはずのレインが帰ってきた。反撃のチャンスを携えてな。ぶっちゃけ魔法の事は俺には良く分からん。分からんが、ちょっとでもあいつらにやり返せるならこの命惜しくないと思えたんだ。


 だからな、坊主。俺は嬉しいんだよ。一矢報いるどころか、一番でけえ怪物をやっつけた。俺達が全員で協力してな。なんて清々しい日なんだ。ちくしょう。なんだか泣けてきたぜ。


 坊主、ありがとうな。お前になら世界を託せる。もちろん俺達も協力は惜しまねえ。ほら、呑め」


「あ、僕未成年なんで……」


「まあそう固い事言いなさんなって、ほらほら」


 軍の駐屯地にて、ちょっとした祝勝会が開かれていた。大きなテントを張り、その中で酒と料理が振る舞われ、階級に関係なく呑んで歌って騒ぐ楽しげな催しだ。『亀裂』はまだそのままだし、こちらの世界の状況は別に少しも改善されていないのだが、それでも兵士の皆さんからしてみると、「あの怪物を1匹でも倒す事が出来た」というだけで十分祝うに価値のある事だろう。


「ランド、今いいか?」


 そこに師匠がやってきた。僕の隣に座ったおじさんが「おっと、すまねえな」と言って酒の入ったグラスを片手に椅子を開けてくれた。


 師匠がそこに座り、一言。


「……誰だ今の」


 僕は答える。


「……知らないです」


 会った事も無ければ見た事も無い、完全に知らないおじさんだった。

 知らないおじさんに何か熱い事を言われて、知らないおじさんに酒を勧められたが、知らないおじさんが相手だったので断った。そんな事ってあるのか?


「……まあいい。とにかく、ご苦労だったな」

 師匠はかなり疲れた様子だった。「師匠こそ」と僕が言うと、僅かに頬を緩めた。


 無理も無い話だ。僕達が『亀裂』に旅立ってから1週間の間で、師匠とレインさんはダビドを使って軍を纏め上げ、地上からの攻撃手段を用意し、訓練までこなし、そして作戦に挑んだという訳だ。寝る暇も無かったのは間違いなく、師匠の目の下にはクマが浮かんでいた。


 何はともあれ、無事に帰ってこれた事。そして作戦上の懸念が晴れた事は喜ばしい。あとは当初の予定通りにバフ倍率を高めて、黄泉を丸ごと消滅させるだけ。という流れになるが、それには解決しなければならない事がある。


「私、レイン、クラウ、ライカ、ミスティ、そしてユキ。これで6人。あと1人、必要だな」

 計測の結果、黄泉ごと完璧に吹き飛ばすには7人が平均480%以上のバフをかけて蓄積型極大破壊魔法ルイナスカタクリストを撃つ必要がある事が分かった。つまり、花嫁はあと1人必要だという事になる。


 しかも『亀裂』自体は今も徐々に広がっている。ヨロイの存在によってこちらへの攻撃は一時的に止まっていたようだが、それもおそらく少しの間だろう。そして既に花嫁候補になっている6人との絆も深めなければならない。


 時間が無いのだ。今から全く新しい花嫁候補を探して、その人物と関係性を築くだけの時間がない。


「すまないな、ランド」

 突然、師匠が僕に謝った。全く心当たりが無いので、ただただ困惑していると、こう付け足した。


「人体生成の研究が上手く行っていれば、お前の好みの女をいくらでも作れたのに……」


 まるで僕がそれを望んでいるかのような言い草に、流石に師匠相手といえど訂正させて頂く。


「いやいや、やはり許される事ではないですよ。命をそんな簡単に扱う事は。上手く行かなくてむしろ良かったです」

「ふむ……」

 どうにも納得のいかない様子の師匠。


 そこにユキが現れた。魔力を使い果たした疲れで別のテントで眠っていたのだが、どうやら目が覚めたらしい。


「腹減った。餌を出せ」

 僕の顔を見るなりそう言って、ズボンに手をかけようとする。


「だ、や、やめて! 周りに人が!」

「見られる気持ちよさを教えてやる」

 何言ってんだこの人。というか怪物。


「ユキ、こうして会うのは初めてだな。私がランドの師匠であり花嫁のサニリアだ。よろしく頼む」

 師匠に気づき、ユキの手が止まった。

「ほう、お前がそうか。確かに、同じ魂の形をしている」

 あれ? でも師匠とユキはトレイスを通して話した事があるんじゃ、と疑問に思っていると、ユキが補足してくれた。

「トレイスを通していた時は正しく物が見えていなかったからな。魂の形によって人物を判断していた。この肉体を得てからは物の見え方が違って楽しいぞ。サニリア、褒めてつかわす」


 ヨロイに無敵能力があったように、ユキには魂を操る力がある。魔術の一種なのかそれとも全く別の力なのかは分からないが、これを師匠が見逃すはずがなかった。


「ユキ。魂を操作出来るという事は、命を与える事も出来るという事か?」

「魂があればな」

「それは重畳。少し協力して欲しい事がある」


 師匠は『亀裂』周辺まで移動してくる際、ダビドが乗ってきた大型の馬車に、研究資材の一切を持ってきていたようだ。そして当然そこには、製作途中だった「人間の素体」も含まれる。ユキが今使用している物と、ほとんど見た目の変わらない物だ。


 要人用のテントまで移動した。

 ユキは自身と同じ見た目の素体に触りながら、何かを納得したようだった。


「……この出来なら魂を移せば命を与える事が出来るだろうな」

 珍しく師匠が身を乗り出したのを僕が制する。

「いや待ってください。やっぱり人を作るというのはまずいですよ倫理的に」


「倫理観などとうの昔に捨てた」

 師匠が開き直った。もうこうなったら誰にも止められない。僕は必死に止める理由を探す。

「あ、でもですよ。ユキはあくまで魂の『操作』が出来るだけであって、無から生み出せる訳じゃない。そうですよね?」

 ユキが頷く。なかなか僕にしては鋭い指摘だった。これで悪の野望は断てた。


「だが今なら1つだけ在庫があるぞ」

「え?」

「クラウを襲っていたのがあっただろう。あれを取り除いた時、一応取っておいた」

 そう言うと、ユキは片手を出し、その上に例の黒い塊を出現させた。僕は反射的に飛びのいただが、師匠はむしろ僕を振り払って近くで観察しようとした。


「これをこの素体にぶち込めば、命を得るだろうな。やってみるか?」

「是非」

 師匠の目がぐるぐるしていた。もう駄目だ。


「良かろう。7人目の花嫁の誕生だ」

 そう言うと、ユキは手の平の黒い塊を持ち、勢い良く素体に入れた。


 怪物の力を借りて人造人間を作るなんて、なんともぞっとする話だ。

 仮に上手く行ったとしても、僕にはその存在を好きになる自信がない。


 だがそんな思いとは別に、鼓動は動き出した。

 しばらくして呼吸が始まり、目が開いた。


 そして上半身を起こし周りを見回した後、僕を見るなりこう言った。


「パパ!」

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