第2話 王都へ

 例えば師匠を初めて見た時は、冷たそうだけど綺麗な人だなと思った。だが弟子入りする身として、そういう目で見るのは良くないと自分を諌めた。


 レインさんの時は、何でもお見通しのお姉さんという感じで、クラウは高飛車だがストレートに感情をぶつけてくる正直な子だと思った。ライカと再会した時は元々抱いていた印象とのギャップに衝撃を受けたし、ミスティはノリが軽いが一緒にいて楽しそうだと思った。


 ユキはまず最終形態のインパクトが強すぎて恐怖が先行したが、人間になってからは意外と話の分かる人だと知れたし、強引だけど本当に僕が嫌がっている事はしないはずだ。


 6人の女性と出会って、それぞれ抱いた第一印象を比較すると、こんなにも多様な感情が湧くものなのかと驚く。だが、最後の1人、この子と出会ったその瞬間は、今までに出会ってきた誰よりも「特別な感情」が湧きあがった。


 最も近いのは、黄泉で黒い月を見た時の感覚に近い。どこか懐かしいような、少し安心する、未知であるのに親しみ深い気持ち。それはおそらく言葉で言い表せない種類の感情であり、とても大切な物なのだろう。


 ルナ    NEW  493%

 師匠    412%→456%

 レインさん 405%→421%

 クラウ   302%→420%

 ライカ   329%→390%

 ミスティ  348%→386%

 ユキ    120%→186%


「パパ、もう1回わたしの名前呼んで?」

「ルナ」

「あふふ、ルナ嬉しい。良い名前をくれてありがと!」


 僕をパパと呼ぶ生後2時間の少女は、僕に体を密着させながら楽しそうに笑っていた。ボディータッチによる攻撃はこれまでもそれなりに受けてきたが、緊張や警戒をせずに単純に「嬉しい」と思えたのはルナが最初だった。


「奇妙だな」「いやおかしいって」「どうなってんのよ!」「これはなかなか奇妙だね」「……ランド」「いい加減にしろよ餌」


 かつて争いあっていた花嫁候補達が、出た数字を見て口々に文句を言っていた。6人が一致団結している所を見れたのは奇跡に近い。


「パパ、大好き」

 ルナのたった一言でバフ倍率は更に上昇した。正直、僕は今ルナに骨抜きにされている。


 もちろん、この唐突かつ奇怪な状況にも理由はある。何故、見た目的にはユキと対して変わらない上、一緒に過ごした時間もまだほとんど無いルナが、ランキングを一気に6人抜きして頂点に立ったのか。最初に気づいたのは師匠だ。


「ユキ、ルナに生命を与えた時、黒い魂を使っていたな? あれの組成はどうなってる?」

「組成も何も、あれは生命を魔力に変換したものだ。前世の記憶の類は消えてるし、どれも均一なはず。……あ、でも私があれを操作する時は、核を抜く」

「核?」

「精子だ。私の大好物。それを抜く事によって魂を自在にコントロール出来るようになるのだからな」

「だがその核というのは魂を構築するのに必要な物なんじゃないか?」

「ああ、そうだ。だから代わりに……あ」


 2人はあっさり答えに辿り着いたが、僕からすると既に感覚として分かりきっていた。精子云々の話は置いておいて、そもそも僕をパパと呼んでいる時点で、ルナもきっと分かっているはずだ。


「つまり、ルナは本当にランドの娘って事?」

 クラウの指摘に、全員が僕を見た。ルナも例外ではない。


「あたしがパパの娘でもあたしはパパと結婚する〜」

 本当に嬉しい事を言ってくれる。もうバフ倍率も500%を超えたんじゃなかろうか。


 一方、その他大勢の花嫁候補達は僕から一歩離れていた。


「それは倫理的にどうだろうな」「あらあら、これは困ったね」「王族として近親相姦はご法度よ」「……ランド」「うわあ引くわ」「おい餌。見損なったぞ」


 おお、好き勝手な事を言ってくださる。


「……とはいえ、バフ倍率が高いのは事実だ。確実性を追求するなら、私達との結婚の約束を反故にして娘をあと6人作った方が良いかもしれないな」

 師匠の提案はめちゃくちゃだったが理には叶っていた。僕もちょっと、「7人の娘」には惹かれる所もある。


「魂の在庫が無い。あの黒い月を通らないと私が扱える形にならないからな。だからそれをやるなら、こっちでまず人を殺して、もう1度『亀裂』を潜ってその魂を探す事になる」

 まず、「人を殺して」のくだりでその提案は却下だ。もう1度戻るというのもあり得ない。祝勝ムードで浮かれがちだが、あっちにはまだヨロイと同じくらいの強さの怪物が2体いるし、他にも怪物はうようよしている。もっと言えば船も失った。


「惜しいな。やはり残りは当初の予定通りに私達のバフ倍率で補うしかないか」

 師匠がそう言った。僕は望まれるがままルナの頭を撫でた。


 それから僕を含む8人で相談した結果、とりあえず王都に戻るという事になった。処刑されたはずの僕達が生きているのは周知されてしまったし、怪物を1匹倒した武勲は既に吟遊詩人が歌にしている。ダビドは完全に師匠のあやつり人形と化し、軍部の支持もある。今なら、王権を奪還出来るはずだ。


 何よりまずは地下に幽閉されている女王を解放してあげたいとクラウは言う。これまで口には出さなかったが、ずっと気にはかけていたのだろう。ヘンドリクス氏が仕えているのでそこまで酷い扱いは受けていないだろうが、作戦実行の日が迫っている今こそ女王様の執政能力が必要な時でもある。


 それから、マーブック魔術学園の卒業試験も受けなければならない。『亀裂』への旅でちょっと有耶無耶になった感はあるが、出来れば筋は通したいし、都合良く王都には学園の支部があり、そこで試験を受けられるようにミスティが取り計らってくれた。


 そして最も重要な事として、ルナ以外の6人と絆を深める為に、いよいよしなければならない事がある。


「セックスだ」


 当初から師匠が唱えていた、「セックスで仲良くなる理論」を実行に移す時が来たようだ。確かに、数ヶ月前に比べれば、僕自身かなり女性への耐性もついたし、今なら好感度が上がる事はあっても下がる事はないだろう。有効な手段だとは思う。だが、こういうのは僕1人で決める事ではない。他6人の同意が得られなければ成立しない事だ。


「やるか」「やるしかないね」「……やる」「よし、やろ」「やるぞ」


 さあ方針は固まった。いざ、王都へと戻ろう。

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