第3話 救世の王女クラウ

 王都。2度目の来訪。今回も城内の客間を借りる事になったが、前回よりも部屋のグレードがアップしており、1人でいると広すぎて落ち着かない感もある。そもそもひっきりなしに誰かしらが訪ねて来るので、1人でいる時間自体少ないが、それはそれで気が休まらず、唯一の癒しであるルナも師匠に身体を調べられたりとそこそこ忙しそうだ。


 そんな中、女王様の解放は驚くほどスムーズに進んだ。読み通り、『亀裂』での僕達の仕事が少しオーバーなくらいに伝わっていたのと、更に他国の介入で生まれた臨時政権が、責任のなすり付け合いと怪物に関する誤った情報で翻弄され、疲弊しきっていたのもある。


 女王様を悪者に仕立て上げたまでは良かったものの、国民の感情は権力者が思っていたよりも簡単には付いて来ず、結局執政者は何度も変わり、実務は宙に放り投げられた状態となっていた。


 だが、女王様の元々の狙いであった、他国からの協力は十分に得られたようだ。他国からしても、実際に自身の国の兵士や魔術師が『亀裂』の周辺で見てきた物をその言葉で伝えるというのはそれなりの説得力があったらしく、今や『亀裂』の問題解決は真の意味で世界の共通課題となった。危機感は強固で実績のあるリーダーを欲し、それにはやはり王族の血が適任だったのだろう。


「『亀裂』が発生してから半年が経った。これまで我々が払ってきた犠牲は大きい。だがそれでも、未来を作るのは今を生きる我々に他ならず、その代償を払えるのは私しかいない。今更言うまでもなく、『亀裂』は人類にとっての脅威である。だが今の私達には、対抗する武器がある。我が娘クラウもその内の1人だ」


 女王の演説を聞くために、城の前の広場は人で埋め尽くされていた。前に突き出したバルコニーに立ち、魔術によって拡声した自身の言葉で現状を語る女王様は、惚れ惚れするほどに立派だった。


 そんな女王様に紹介されたクラウが、一歩前に出る。瞬間、不意打ち。僕の手を握り、僕までもが引きずり出されてしまった。


 眼下に見下ろすは何千という国民の皆様方。クラウの登場と同時に巻き起こった拍手は、2秒、3秒と経つうちに段々と止んで行き、クラウは毅然とした態度で自分の言葉を待っていた。僕も出来るだけ堂々と振る舞えるように努力するが、元が器じゃない。せめてへたり込まないように立っているのに精一杯だった。


 満を持して、クラウが声を発する。


「私は、この国を愛している」


 そこにいつものクラウはいなかった。いたのは、この国の次期後継者だ。


「国民達を、我が領土を、そしてそこにある平和を愛している。今回の『亀裂』戦争は、間違いなくこれまでにない危機であり、我が国、いや世界は歴史の中でも最大の窮地を迎えている」


 気づけば、国民達は全員が黙ってクラウの言葉に耳を傾けていた。僕も意識せずに背筋が伸びている。クラウの発する言葉が、頭ではなく胸に響くからだ。


「既に皆も知っている通り、先日私達は『亀裂』の向こうにいる怪物の1体を倒す事に成功した! たった1体かもしれないが、奴は怪物達の中でも最大の物だと断言しよう。だが何より重要なのは、どんなに圧倒的で無敵に見える相手でも倒せるという事! そして私達にはそれが出来るという事! 忘れてはならない! いいか!」


 女王様が言っていた事と重複するが、おそらくこれは国民間での混乱を避ける為に強調して伝えておく必要があるのだろう。クラウは更にそこから一歩踏み込む。


「約束する! 私達が、奴らを1匹残らず倒す! 私達にはそれが出来る!」


 クラウが振り上げた拳から、広場に向かって熱波が伝わったように僕には見えた。一斉に拍手と歓声が上がる。クラウは上がってきた調子を維持しながら、兵士や魔術師の優秀さを存分に語り、国民の協力が最も不可欠な物であると宣言し、この国の未来を保障すると言い切った。これだけの人数の前で何かを言うのすら躊躇われるが、勝利を約束する事よりも恐ろしい事はないだろう。


「最後に1つ、報告がある」


 再び、広場に静かさが戻るのを待つ。ある程度して、クラウは再び僕を引っ張り、クラウよりも前に立たせた。


「私の夫、ランドだ。世界に平和をもたらした後は、私とランドでこの国を治める」


 初耳である。何の話も聞いていない。僕が王に? 冗談だろう。


 だが、国民達は再び盛り上がった。ただでさえクラウの演説で感情を揺さぶられているので、今なら何を言ってもこうなるだろう。


「よ、よろしくお願いします」


 吃ってしまったし、もっと言葉を選べば良かったと思ったが、これが僕という人間だ。


 集会が終わり、城の中に引っ込むと同時に僕はクラウを問い詰めた。


「聞いてないよ! 治めるって何? そんなの約束になかったじゃないか」

「あらあら、ランドが珍しく怒ってる」

 一応護衛として付いてきてくれたレインさんがそう言ったが、クラウは一切気にしていない様子だった。


「仕方ないでしょ。ああでも言っておかないと、付け入る隙になるのよ。別に本当に王になれって事じゃないわ。ランドが嫌なら無理強いはしない。なりたいならなってもいいし」


 さっきの熱い態度とは打って変わって、クラウは既に冷めきっていた。かなり適当な事を言ったらしい。よくあれだけの人の前でハッタリをかませた物だと感心する。


「まったくあなたって子は……」

 女王様も呆れた様子だった。それもそうだ。もっと言ってやってください。


「こういうのには順序があるのよ。結婚するのは止めないけれど、戴冠についてはもっと慎重に事を進めなさい」

 女王様もまさかの賛成派だった。相変わらず僕の周りには味方がいない。


「順序ね。まあ確かに、それもそうね」

 クラウはそう言いながら、何かを考えているようだった。そして僕を見て、王には似つかわしくないほど邪な笑みを浮かべてこう言った。


「今日の夜、あなたの部屋に行くわ。そこであなたの童貞とこの国の王冠を交換しましょうか」


 ……。


 ミスティ病感染者の冗談だとばかり思っていたが、夜になりクラウは本当に僕の部屋に1人で来た。そして扉を閉めるなり、僕に抱きついて泣き始めてしまった。


 その瞬間、僕の目の前で、いつもの傲慢なクラウと、国民の前で自信たっぷりに演説をするクラウと、床に伏せて弱気なるクラウと、今こうして泣いているクラウが、全て重なって見えた気がした。

彼女はまだ僕とおなじ15歳の子供であり、同時に、国の未来を背負う特別な存在でもある。幼い頃から競争して勝つ事を教えられ、誰よりも優秀な成績を残すように訓練されたきた、か弱い1人の女の子だ。


 僕に出来る事はたった1つだった。


 そっと抱き寄せ、唇を重ねる。1度目は相手から、2度目は僕から、そして3度目のキスは、2人が同時だった。


 ……。


 クラウ   420%→484%

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