第4話 断世の怪物ユキ
試験を明日に控え、流石に今日くらいは、という事で自室で1人勉強していた。あまりに一緒にいすぎてもバフ倍率を高める効果が薄いというのと、僕にも1人の時間が欲しかったので、ヘンドリクス氏に依頼して部屋の前を守ってもらっている。
最近では本当に1人でいる時間が無かったので、勉強しつつもくつろいでいる。午前中は、何人か僕を訪ねにきたようだが、全てヘンドリクス氏が面会を謝絶してくれた。昼食も部屋で食べ、1人を満喫していた午後の事だ。ふと、部屋の外から妙な気配を感じた。やけに静かだ。ヘンドリクス氏は何も言わない。僕が不思議に思って扉を見ていると、そこから災厄が顔を覗かせた。
「餌、私と会うのを拒絶するとは、良い身分になったものだな」
ユキだ。その後ろではヘンドリクス氏が倒れている。僕は慌てて駆け寄る。
「心配するな、気絶させただけだ」ユキがそう言う。「この男もなかなか良い物を持っているようだが、お前には敵わんな。わざわざ食わなくても分かる」
王都に来てから、ユキは気付いたら別行動を取っていた。クラウから聞いた話では、僕の代わりになる男を漁っていたようだが、この様子だとどうやら探し物は見つからなかったらしい。
「やはりお前のには勝てんよ。濃さ、味、活きの良さ。どれをとっても超一流で、1度食べたらお前以外の物がゴミに思える」
褒められているようだがあまり嬉しくはない。僕が複雑な顔をしていると、ユキが気付いたように言った。
「おや? いつのまにか大人の男になったらしい。最初の相手はサニリアか? レインか?……違うな、クラウか。意外な所だ。どうだった?」
「どうだった……と言われても……」
「まあいい。では2番目は私が頂くとしよう。いざ!」
そう言って、ユキが僕に迫った。
僕は咄嗟に、近くに置いてあった杖を構える。ユキは目を細めて僕を見る。
「私と戦うというのか? 何故だ? この私と性交が出来るというのに、何をそんなに嫌がる必要がある?」
「……分からない。けど、こういうのはお互いを理解してからにしたい」
それは率直な僕の気持ちだったが、よく考えれば言う相手を間違えている。ユキの本体はあくまで額の白い宝石であり、黄泉での姿も僕は見ている。こういう言い方は失礼かもしれないが、怪物と分かり合うのは難しい話だ。
「……ほう。つまりランドは、私の事をもっと知りたいと言うのだな?」
言い終わった瞬間、ユキが床を蹴って跳ねた。僕は咄嗟にそれを目で追ったが、気づくと手に持った杖は蹴飛ばされ、両腕は後ろ手に拘束されていた。あのヘンドリクス氏でさえ声も出せずに負けた相手に、僕が勝てる訳が無かった。当たり前の話だ。
「ならば教えてやろう。私の事を」
ユキはそう言って、僕の頭を掴んだ。力が入らない。抵抗が出来ない。額と額がぶつかり、何か得体の知れない事が進行しつつある。
いつもなら、声を出して助けを呼ぶ所だろう。僕はあまりにも無力だからだ。だが今この時、僕は何を思ったのか……。
1人で戦おうと決めた。
最初に見えたのは黒い月だ。全身が砕け、喪失する感覚だけが残り、何もない場所に1人で取り残された。既に肉体はなく、僕は自分があの黒い塊になっている事に気付いた。僕は死んだのだろうか、きっと死んだのだろう。
ここは黄泉。死者の吹き溜まり。ただただ乾きだけがそこにあった。
ひたすらに地を這い、蠢いて喰らう。魂を食えば一時的に満たされるがまたすぐ欲しくなってしまう。こんな事を繰り返していても救われない事は分かっていつつ、これ以上自分を失いたくない。執着だけが僕を動かし、無為な力だけが付いていった。
弱者を狩り、強者からは逃げる。死んでからも無限に続く処世術の中で、僕は僅かな楽しみを見つける。魂の中にたった1箇所だけ、味の違う所がある。そこだけは千差万別で、たまに美味いと思える物があった。だから最初は喜びの発見だった。それが能力に変わったのは、いつのタイミングだったか。
死後、時間の感覚が無くなる程に時間が経ち、僕は巨大に成長していた。そしてそれに比例するように、例の力も自由度を増した。魂の形から、その核の味が分かり、核の味を知れば、魂の形を自在にコントロール出来た。それは紛れもなく僕だけの特技だった。永遠の孤独が魂との繋がり方を教えてくれた。
いつしか僕の本体は、白く結晶化していた。核を奪った魂で周りを固めて、この黄泉を支配する王の1人となった。他の3人にもそれぞれ特技があった。だから喰らう事は出来ないが、いつでもチャンスを待っていた。
だが、僕の待っていたチャンスがやってくる前に、まったく別の形で転機は訪れた。黄泉に突如、僅かに開いた隙間。そこからか細い光が見える。僕は全てを思い出していた。僕はあちらの世界で死んでこちらに来た事。僕は思わず光に手を伸ばす。長く、長く、辿り着く。
僕は僕と出会った。待ち望んでいた。喜びの源泉。僕は最初に食った魂の事を思い出していた。
「おい餌、戻ってこい」
そう言われ、ハッと目がさめる。ここは王都、城の中。豪華な客間。目の前には僕ではなく、ユキ。
「私の記憶を追体験させてやった。気分はどうだ?」
良いか悪いかで言えば悪い。喉もカラカラだし、窓の外では日が暮れている。
ただ、ユキの見え方は変わった。
「な、なんだ。やめろ。勝手に触るな」
無許可で手に触れたのはまずかったが、しかし僕は離そうとしなかった。
自分自身がユキになる事で、その境遇に理解や同情ではなく、「実感」を得たのだ。
「言っておくがな、確かに他の女どもに負けるのは悔しいが、私は餌に指図されたり餌の気持ちを最優先にしたりはせんぞ。婚姻なんてただの手続き、してもしなくてもどっちでもいいが、これだけは覚えておけよ。……私は、怪物だ」
僕だってずっとそう思っていた。いくら見た目にかわいげがあろうと、言葉が通じて話し合いが出来ようと、ユキの中身は紛れもなく怪物だ。黄泉で目にしたあれこそがユキ本来の姿だ。だけどどうだろう。少し考え方を変えてみると、僕達は自分の魂の形など見た事がない。ずっと戦い、生き残ってきたユキからすれば、周りは全て敵、強い者はそれこそ全て怪物だったはずだ。ならばユキは、この世界で誰よりも長い間怪物と向き合ってきた者な訳で、ある意味では怪物から1番遠い存在でもある。
「い、いい加減離せ馬鹿者! それで結局、やるのか、やらないのか。さっさと決めろ」
無理やりやろうとはしない所が、ユキらしい所でもある。
「やるよ。ユキの魂の形を見せてくれ」
ユキ 186%→469%
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