第5話 永世の記憶ライカ

 城内の兵士詰所の側にある螺旋階段を、ランタンを片手に下って行くと、そこには幾重にも枝分かれした地下室があった。緊急用の備品庫、女王様が幽閉されていた牢、高級な酒の眠るセラー、礼拝室。その中に、主に機密図書を保管した鍵付きの部屋があり、ここ数日、ライカはそこに入り浸りだった。


 朝は誰よりも早く起きて地下に潜り、夜は皆が寝静まった後に帰ってくる。師匠から聞いた話ではそこで管理された本を読んでいるらしいのだが、流石に心配になってきたので僕の方から訪ねてみる事にした。


「ライカ。……ライカ。……ライカ!」


 見つけた時、ライカは自分の背丈程もある本を開いて、四つん這いになりながらそれを覗き込み、物凄いスピードでページをめくっていた。声をかけても僕に気付かず、肩に触れてようやく頭を上げた。


「……あれ? ランド? ああ、また幻か……」

 そう言って再び本の中に戻ろうとするので、もう1度肩を叩く。幻じゃないよ。


「……え!? ランドがいる! な、なんで!?」


 僕の身体をぺたぺたと触りながら、ライカは心底驚いた様子だった。


「どうしてるか気になって見にきたんだよ。元気そう……だね」

 ちょっと言い淀んだのは、ライカの目の下のクマのせいだった。どうやらまともに寝ていないらしい。


「……う、うん。元気だよ。本はいっぱいあるし、誰にも邪魔されないし……あ! ち、違くて、別にランドが邪魔な訳じゃないよ。会いにきてくれて……嬉しい」

 ライカはそう言いながら、確かめるように僕の手を握った。まだ実在を疑われているのかもしれない。


「ところで、何の本を読んでたの?」

 ライカの読んでいた本は、遥か昔の字で書かれていて僕には文字を読む事すら不可能だった。


「王宮日誌の原本。1000年以上前の物がまだ残ってるの。凄い宝の山だよ」

 残念ながら僕にとってはそう思えなかったが、ライカにとってはとても価値のある物なのだろう。


「……それでね、えっと、私どうしてもランドの役に立ちたいから、『亀裂』について調べてたの。もしかしたら、以前にも同じ事があったんじゃないか、なんて思って……」


「以前にも『亀裂』が開いていたら、その時点で人類は滅亡していたんじゃないか?」


「うん、でも代わりに、黄泉を作った人の記録が見つかった」

「え? 今何て言った?」

「黄泉を作った人の記録、見つかった」


 そもそも、あれが人工物だというのも初耳だ。まだついていけていない僕を置いて、ライカはどんどん前に進んでいく。


「黄泉で見た黒い月。あれはこちらの世界で死んだ者の魂を集めて形を変えて排出する装置。あの空間自体は元々あって、古の魔術師が儀式的魔術の最中に偶然見つけた。そこで全世界に魔法陣を張って、黒い月を作ってそこに繋げた。理由までは書いてない。けど、多分何らかの実験だったんだと思う。上手くできていれば、死者の魂を保存して好きな時に蘇らせる事が出来ていたかもしれない」


 ライカの早口も相まって、全く僕の理解を超えた話が次々に展開されていく。


「でも1000年以上も前に、そんな凄い魔術師がいたなんて信じられないな」

「そう? 天才と呼ばれる人はいつの世にもいると思うけど……」


 ライカに言われて師匠の顔が頭の中にぽっと浮かんだ。確かに、発想のクレイジーさと良い、それを実現させる度胸と良いその1000年前の魔術師は師匠に通ずる部分がある。


「結果、実験は失敗して魂だけが怪物となって無限に争い合う空間が出来てしまった。その魔術師は魂がこちらに逆流しないように封印したけど、それが解けかけているのが『亀裂』の正体」


「……ライカ、凄いな」

 僕は心からそう思った。


「そ、そんな事ないよ。私はただ本を読んでいただけ」

「でも今まで誰も気づかなかった訳だろ? それをこの本の海から見つけたんだから、やっぱりライカは凄いよ」

「……そうかな、えへへ。ランドに褒められると、嬉しい。きっと今までは誰も本当の事だとは思っていなかったんじゃないかな。私だって『亀裂』が実際に現れたから見つけられただけだし……」


 確かに、封印が今も維持出来ていれば、わざわざこんな記述を探して検証する必要も無かった訳だ。それでもすぐに見つけたライカが凄いのに変わりはない。


「だけど、駄目。どうしても『亀裂』を再度封印する手段だけが見つからないの……。それさえ分かればランドが苦労しなくても済むのに……」

 そう言ってライカは本に目を落とす。ほとんど寝ずに探しているのは、僕の為だったらしい。


「ライカ、無理しなくていい。正直この生活にも慣れてきたし、今の7人ならどうにかやっていけそうだよ」

 まあ実際は何人かどうにかならなそうな存在もいるが、一応そういう事にしておこう。


「……それが嫌なの。ランドは、私だけのランドなの」

 ライカが俯きながらそう言った。多分、ライカは7人の中で1番独占欲が強い。


「ねえランド。私と始めて遊んだ時に何を話したか覚えてる?」

「いや、自信ないな」

「私は一字一句覚えてる。再現してあげる」


『ぼく、ランド。君はなんて言うの?』

『……ライカ』

『そうなんだ。一緒にあそぼ?』

『……うん』

『ライカはとってもかわいいね』

『そんな事、ないよ』

『かわいいよ。結婚したいくらいだ』

『……うそだ。かわいくなんてない』

『本当だよ。だってぼく、ライカ好きだもん』

『……ほんとに?』

『うん。ぼくのお嫁さんになってよ、ライカ』

『わかった。ランドと結婚する』


 申し訳ないが、全く記憶にない。でもライカが言っているのだから、きっと一字一句同じやりとりがあったのだろう。そう思うと今の僕と比べてかなり恥ずかしいくらい積極的だが、何せ子供の時の話だし、あの頃は両親がいてお互いに愛し合っている所を見て育っていた。


「……やっぱり、忘れてた?」

 そう訊かれ、僕は「……うん。申し訳ないけど」と正直に答える。

「……そっか」

 泣き出しそうになるライカ。僕は付け加える。


「でも、ライカがかわいいのは今も変わらないし、結婚したいのも変わらない」

「……」

 ライカが呆けたような顔で僕を見ている。


「ライカには凄い記憶力がある。それのおかげで黄泉では命が助かったし、こうして僕の役に立とうと頑張ってくれてる。きっとそれは神様からの贈り物なんだろう。残念ながらそれは僕には無い物だ。だからさ、僕とこうして過ごした時間を全て覚えていてくれないか? そうしたら、ライカが死ぬその瞬間まで、2人の時間がライカの記憶のなかにある。……それじゃ駄目か?」


 ライカはよく考えた後、僕の提案に乗ってくれた。

「……駄目じゃないよ」


 ライカ   390%→476%

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