第6話 乱世の達人レイン

 レインさんは教団から両親の棺を引き取り、王都にある墓地に埋葬した。お母さんだけを引き取る事も考えたようだが、最終的には2人を一緒にする事を選んだようだ。


 僕とレインさんは今日、2人でそのお墓参りに来た。花を添え、レインさんが軍式の敬礼を行い、僕もそれに倣った。レインさんらしいと思う。もちろん両親2人には感謝もあるが、やはり教団は許しておらず、今の心は軍にあるという事だろう。


「わざわざ付き合ってもらってすまないな」

 お墓参りの帰り道、レインさんが僕にそう言った。


「いえ、僕も1度行っておきたかったです」

「そうなのか?」

「はい。ご両親に報告したい事もありましたし」


 僕の意味する所に気づいたらしく、レインさんがくすくすと笑った。

「全く、いつの間にか女の扱いになれてきたな。それはそれで結構な事だが、以前のランドの方がからかい甲斐があって楽しかったよ」

「これだけ女性に囲まれてたら鍛えられもしますよ」

「ふふ、それもそうだな」


 2人並んで並木道を歩く。木漏れ日の中、吸い込まれるように落ちるまだ若い緑の葉。レインさんはそれを拾い上げ、まるで落とし主を探すように空を見上げる。凛々しくも女性らしい横顔を眺めていると、不意に全てを投げ出して2人で逃げたくなるような衝動に駆られた。


 もちろんそんな事は許されないし、実際にしようとは思わない。ただ、出会い方1つ、交わした言葉1つ、もし違っていたらと思うと妙な不安が湧いてくる。この関係を確かな物にしたくなる。レインさんの全てを知りたくなる。


「黄泉での冒険はどうだった?」

 レインさんに尋ねられ、僕は肩をすくめて答えた。

「死にかけましたが、今思うと楽しかったですね」

「そうか。本当は一緒に行きたかったが、すまないな」


 レインさんの魔石心臓は結局まだ治っていない。軍の指揮もかなり無理して執ってくれていたみたいだ。だが彼女がいなければあれだけ多くの人数の統率はきっと取れなかっただろうし、もしかしたら僕も、今ここにいなかったかもしれない。


「謝る必要はありません。むしろ、謝るのは僕の方です」


 そうだ。僕はずっと今まで、というかこれからも、謝り続けなければならない。レインさんだけにではなく、残りの6人にも。


 本来、この国の法律では重婚なんて認められていない。今回は特別『亀裂』へと対抗する為に、女王の勅命でそれが認められた。だから、もし何も無ければ皆は普通に生涯ただ1人の伴侶を選び、何の違和感も無く幸せに暮らしたはずなのだ。それを歪めてしまうのだから、謝るのはやはり僕だ。


「やっぱり、君は変わってないのかもな」

「え?」

「……臆病で」うっ。「自分に自信がなくて」ああっ。「いつも人の顔色ばかり気にしている」うう……。「その上……」


 僕は思わず身構える。既に矢で刺し尽くされている心。これ以上ダメージを喰らえば、立ち直れないかもしれない。


 すると、レインさんは満面の笑みを僕に向けた。

 あ、これはもしかして、落として落として最後の最後で1番嬉しい事を言ってくれるパターンの奴じゃないんだろうか? そうに違いない。思わず頬が綻びそうになるが、堪える。出来れば気づかなかった感じにしたい。

 

 たっぷりと間を取って、レインさんはこう言い放った。

「かわいい」


 ……う、うーん?


「あれ? あんまり嬉しくなかった?」

「そうですね。なんか複雑な気分です」


「失敗しちゃったな。私にとっては最上級の褒め言葉だったんだけど」

 表情からして、どうやらレインさんは本気でそう思っているようだ。しかし断言するが、かわいいと言われて喜ぶ男には甲斐性が無い。やっぱり僕も男として生まれた以上、「かっこいい」とか「守られたい」とか言って欲しいのだ。

「守りがいがあって良いんだけどなぁ」

 逆なんだよなぁ。


「屈強な男に混じって訓練してた時間が長いからか、そういう好みになったのかもしれないね。だから、私の事を逆に守ってくれちゃったりすると、その瞬間の事が忘れられなくなっちゃうんだな、実に困った事に」


 レインさんはそう言いながら自分の胸元を触った。

 あの時だって、順序としてはレインさんがまず僕を守り、僕は後から助けた訳だが、レインさんからしてみるとそんな事は関係ないようだ。


「今度も、君が私達を守ってくれるんでしょう?」

 再び戦場に向かう日はもうすぐに迫っていた。あれからも『亀裂』は広がり続け、もう少しで怪物がこちらに入って来てしまう。


「……はい。もちろん、レインさん達の協力も不可欠ですが」

 今の僕達なら出来る。自信がある。


「あーあ。こんなにかわいいランド君が、一気に7人ものお嫁さんを娶るのかぁ。やっぱりちょっと、嫉妬しちゃうかもね」

 そう言われると、僕は何も言い返せなくなる。

「でも、別に私は1番じゃなくても良かったり」


「そうなんですか?」

「まあね。何せ他の子達が凄いと思うし、順位にはこだわらないかな」

 そう言ってもらえると、実際助かる。バフ倍率という形で出る以上、どうしてもはっきり序列が出来てしまい、その度に僕はいたたまれない気持ちになっていたからだ。レインさんはそんな僕の心情を察してくれたのかもしれない。


「……とはいえ、何もしないで負けるのも、癪」

 レインさんが舌なめずりをした。

「それじゃ、私の部屋に行こうか? それで少しでも順位を上げてもらおうかな?」


 レインさん 421%→478%

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