第11話 エピローグ

 『亀裂戦争』の終結から3年が経った。


 18歳になった僕は、正式にマーブック魔術学園を卒業し、王都にてフリーランスの魔術師として事務所を開く事になった。今日はその記念すべき開業日初日だ。卒業と同時に魔術師としての独立。輝かしい未来が僕を待っている!


 ……と思っていた僕は実に浅はかだ。

 部屋の中には僕1人、閑古鳥が鳴いている。


 まあ、それも仕方の無い事だ。『亀裂』の向こうにある黄泉を次元ごと吹き飛ばした時、僕は英雄と讃えられ一躍時の人となったが、それからの3年間は特に名を上げる事なく地道に勉強していただけだし、この事務所の設立も妻達の力を借りる事なく自分の力だけでやってみたいと僕自身が希望した。だから、そもそもこの事務所が出来た事すら一般には知られていないので、依頼人が来ない事は分かりきっていた。


 そもそもフリーランスの魔術師事務所という物自体、顧客の獲得が難しい業種でもある。一応看板には、「術式付与から魔術開発、冒険のお供まで幅広く請け負います」と書いたが、逆にその幅広さが胡散臭さを助長している気がする。付与は鍛冶屋でも頼めるし、開発は宮廷魔術師や学園に依頼した方が確実。冒険のお供に至ってはギルドに行けという話であり、わざわざ名前も知らない魔術師の事務所に来る人というのはほとんどいない。

 それでも僕にはとにかく働かなければならない事情があった。


「パパ、喉乾いたでしょ?」


 事務所の給湯室にいたルナが、お茶をお盆に乗せ、とてとてと運んできた。3年経って見た目は少し大人になったが、僕にとってはまだかわいい娘のままであり、事務所の手伝いをしたいと言ったので雇った。雇用契約を結んだ以上、彼女の給料を支払う必要があるのは当然の事だ。そしてその為には仕事を確保する必要がある。


 お茶を受け取って一口飲み、開業の為に用意した書類に視線を落として働いているフリをする。

「パパ、頑張ってね。ルナは1番近くで応援してるよ」

 優しさがむしろ痛い。悲しくなってきた。


 すると扉をノックする音が響いた。

 記念すべきお客様第1号だ。そう思ったが、「来客に喜んでいるのを明らかにすると足元を見られる」とビジネス書に書かれていたのでなるべく威厳たっぷりに「どうぞ」と声をかける。


 入ってきたのは赤ん坊を抱いたサニリアだった。

「随分暇そうじゃないか」

「ああ、いや、まあ、そうですね……」

 結婚して子供まで作ったというのに、未だに師匠は師匠だ。というより母になった事によって以前より威圧感が増した気さえする。


「開業初日からこの有様では、ミルク代も稼ぐのも無理そうだな、ランド」

 抱っこされたまま安心しきって眠る我が子の顔を見ていると、段々罪悪感が湧いてきた。やはりプライドを捨ててでも、サニリアに仕事を紹介してもらうべきだったのだろうか。

「それとこれは忠告だが、ここにいるとまずいかもしれんぞ」

 何の事だろう、最初は思ったが、サニリアの表情ですぐに気付いた。


「ちょ、ギルドに良い依頼が無いか見てくる。ルナ、留守番頼む!」

 そう言って俺が事務所から出て行こうとした時、レインと鉢合わせになった。時既に遅し。


「おやおや? パパはどこに行こうとしてるんでちゅかねー?」

 レインもサニリア同様に子供を抱っこしている。言うまでもなく、僕の子だ。


「あ、いや、ちょっとこれからギルドまで行って、何か依頼がないかなと……」

「あれあれ? わざわざ軍からの誘いを断ってまで開業したのに、仕事が無いなんて事ないよね?」

 表情は笑顔だが、その背景に恐怖がある。


 そして入口でもたもたしている内に、クラウ、ライカ、ミスティの3人も合流した。全員が僕の子供を抱っこしている。

 これこそが、僕が必死に働かなくてはならない最大の理由だ。


「あなた、どこへ行くの? 玉座を妻に任せてまで自分の力でやりたいって言ってたのは嘘だったの?」

「……ランド、確かにそう言ってた。私覚えてる」

「やっぱ学園戻ろっか? あたしのアシスタントっつー事で」


 好き勝手言う妻達。重婚生活で学んだ事の1つとして、誰か1人の提案に従うと、他6人の反感を買い、結果的に何も上手くいかなくなるというのがある。だから、何かを始めたり選択を行う際には、僕自身が1人で決めるべきなのだ。


「あ、そういえばパパ、今日はユキさんも来る日ですよ」

 ルナにそう言われ、僕はため息をついた。今日は金曜日。3年前に結ばれた協定は未だに守られており、残念ながらユキはまだ僕という餌に飽きていない。


 そしてタイミングが良いのか悪いのか、事務所の窓の外にユキが降り立った。ユキの身体は作り物なので、流石に妊娠までは出来ないらしく、もっぱら餌として上の口でのみ僕のを食べにくる。


 まあこれ以上子供が増えても大変なので、射精だけで済むならありがたい事なのだが、いかんせん1回で絞り取られる量が尋常ではないので、体力の問題はある。


 窓から入ってきたユキが、僕を見て嬉しそうに言った。

「おい餌。朗報だぞ。私の身体を更に人間に近づける改造方法が見つかった」

「……何だって?」

「つまり妊娠が可能になるという事だ」

 ふらふらと国中を飛び回っているかと思ったら、そんな方法を探していたのか。


「え!? じゃあ私もパパの子供産めるの!?」

 ルナも反応する。肉体の構造としては同じなので、ユキの見つけた方法が本当ならそういう事になる。

「ああ、問題ないぞ。一緒に改造してランドの子供を産もう」

 どうやら子作りに際して僕の許可は必要ないらしい。


 数ヶ月後には、養わなければならない家族がまた増える事になるだろう。


 『亀裂』が現れ、世界は変わった。

 国には大きなダメージが未だに残っている一方で、新たな魔術発展の可能性も開けた。特に最近では空間を作り上げる術式が発明された。発明者の名前から取って「サニリア式」と名付けられたそれは、今最も熱い研究対象となっている。


 そして僕には7人の妻が出来、おそらくその内子供も7人出来る。総勢15人の大家族だ。3年前の僕が知ったらきっと信じないだろう。


 奇妙な状況ではあるが、それでも僕が花嫁達にしているのは「感謝」に他ならない。こんな僕を信じてついてきてくれて、今もこうして側にいてくれる。細かいいざこざは絶えないし、きちんと僕だけの力で養っていけるかはまだ分からない。


 だけど、僕たちは同じ方向を向いて歩いていく。一歩一歩、確実に。


「という訳で、仕事を探してくるから7人ともここでゆっくりしていてくれ」

「何がという訳で、だ。もういい。私達が仕事を取ってきてやる。ランドは子供達の世話だ」


 僕が無理やり椅子に座らされると、机には愛する子供達が横に並べられ、全員が僕の顔を見て笑っていた。




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極大破壊魔法に7人の花嫁でバフ重ねがけして次元ごと吹っ飛ばす話 和田駄々 @dada

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