第10話 終着地点
重婚式から3日後、出航の時がやってきた。国の力は偉大で、学園にて造船中だったハネムーン号の2号機は、人と金をじゃぶじゃぶ投入して急ピッチで完成まで漕ぎ着けた。1号機より全体としての機能は劣るが、『亀裂』を確実に狙う為に飛行時の安定性は上がっている。
この3日間は流石に集中して詠唱を続けた。僕の月火水を所有するルナ、ライカ、クラウの3人は明らかに不満そうだったが、上手くいってもどうせこの1週間は大変忙しい事になる。上手くいかなければ僕達の負けだ。
そして僕達は再び『亀裂』の前線へとやってきた。1ヶ月前よりも更に広がり、もうほとんど怪物の身体は入りかけており、窮屈そうだが両腕でも攻撃してきている。だがその分こちらの軍の練度も上がっているらしく、被害はかなり少なくなったと聞いた。
「さて、今回の作戦を確認するぞ」
船内の会議室にて、サニリアが『亀裂』周辺の地図を広げた。
「最終目標は、ランドの
1つ目は、位置取り。
「これに関しては、ミスティ、お前の操舵術が肝心だ。ライカが適正な角度を記憶しているから、そのサポートを受けて出来る限り正確にやってくれ」
「りょ」
「……はい」
2つ目は、『亀裂』前に陣取った怪物の排除。当然ながら、『亀裂』の中まで撃ち込むには現状『亀裂』の前にいる怪物が邪魔になる。奴がどかない限り、どれだけ良い位置どりをしても撃つ事は出来ない。かといってどかすのに
「これに関してはレイン、クラウ、私の3人と軍の総力を結集して挑む事になる。レインは兵士の指揮を、私が魔術師の指揮を執り、全体をクラウが統括する。その為の訓練はしてきたし、幸い前回の成果もあって指揮は高い。我々で道を開くぞ」
「了解」
「分かってるわ」
3つ目は、
「ユキとルナの2人には、撃った直後に魔術防壁で『亀裂』を塞いでもらう」
ユキはともかく何故ルナがこの役割を担っているかというと、彼女が天才だったからだ。
……いや、決してこれは親バカではない。生後1ヶ月で既にルナは僕を超える魔術の才能をこれでもかと見せつけている。まあ、言ってみれば母親であるサニリアとユキからセンスを引き継ぎ、父親である僕からは膨大な潜在魔力を引き継いでいるのだから、当然と言えば当然の事でもある。まだそこまで複雑な術式は取り扱えないが、潜在魔力が物を言う魔術障壁の硬さなどは、ユキに匹敵し始めている。だからこの役割は2人が適任だ。
「ああ、任せろ。褒美には期待してるぞ、餌」
「パパ、私の活躍ちゃんと見ててね?」
2人並ぶとまるで双子のようだが、その純粋さはまさに天と地だ。愛してるよルナ。自重してくれユキ。
という事で、位置取り、怪物排除、魔術防壁の役割に分けて、僕の花嫁達には頑張ってもらう事になる。流石に緊張するが、ここでトチったら一生の恥であり一生の終わりである。出来るだけリラックスし、本番の時を待つ。
「そろそろ時間だ」
師匠がそう言った。
7人が僕の周りに集まる。
バフは倍率の低い順にかけていく。
最初はユキ。
「全く私を最下位にするとは良い根性をしているな、餌。もう2度と勃たなくなるくらい搾り取ってやるから覚悟しろよ」
次はレイン。
「このパーティーに参加出来た事を誇りに思うよ。正直、兵士になった時点で結婚なんて諦めてたからね。……なんだか照れ臭いな」
次はライカ。
「……私だけがランドの全てを覚えてる。私の中にいるランドは……永遠」
次はミスティ。
「頑張ってね、ダーリン。……初めて言ってみたけどあたしちょっとキモくね? でも癖になるかも」
次はクラウ。
「王位の件、ちゃんと考えておきなさいね。ママはもう説得したから」
次はルナ。
「パパ、私パパの為に頑張るからちゃんと見ててね」
最後にサニリア。
「最初にこの魔法を作った時、こんな事になるとは正直思っていなかった。……何というかその、喜ばしい事だ」
そしてライカとミスティ以外が船から降り、作戦が始まった。
船首に立ち、景色を見下ろす。荒地と化した『亀裂』の周辺。この作戦が終わったら、もともと住んでいた人達はここに帰って来て新しい暮らし始めるのだろうか。僕には分からないが、以前と全く同じ生活に戻るにはかなりの労力と時間がかかるだろう。
あるいはこんな事も考える。ユキがそうであったように、黄泉に暮らす怪物達にも意思があり、当然そこには死にたくないという根本的な欲求もあるはずだ。ましてや元々死者の魂である彼らは、人一倍生に対しての執着が強いはずで、それを全くの無かった事にする行為には正義が伴うのだろうか。
そしてこの戦いにおいて犠牲になった人、これから犠牲になる人の魂は一体どこへ行くのだろう。せめてそこに救いがある事を願いたいが、残念ながら宗教家でも哲学者でもない僕にはそこまで請け負う事は出来ない。無責任な響きだが、尊い犠牲というのはどんな戦争にも発生する。
いずれにせよ、僕に出来る事はたった1つだ。
地上では、軍が怒涛の勢いで侵攻を始めた。前線を守る魔術師達の魔術防壁には継ぎ目が全くなく、練度の高さと訓練の成果と3人の指揮の正確さを反映しているようでもある。
異変を察知したらしく『亀裂』から伸びた腕が地面を叩いて抵抗するが、怯まず進み続ける。まずは怪物をどかさなければならない。
こちらの射程まで近づき、一気に配置を変化させる。僕達が黄泉から戻って来た時に加勢してくれた巨大な矢を放つ魔法の発展バージョンで、火力はあの時の3倍ほどになっている。それを10個の部隊がそれぞれの角度から同時に打ち出し、攻撃を加える。
一応はあのヨロイにも刺さった攻撃だ。今回の相手はヨロイに比べればスケールダウンしているし、10本の矢は流石に効いたようで、怯んだのが見えた。続けて次の矢が装填される。今頃戦場では、3箇所に別れた3人が声を張り上げてそれぞれを統率しているに違いない。
「……距離、……角度、……高度。完璧。このままを維持して」
「あいあいさー!」
一方で船内でも、測量係のライカと操舵担当のミスティが頑張ってくれていた。位置取りは1番ミスれない箇所であり、ライカはともかくミスティに任せるのはどうかと思ったが、空飛ぶ船の操舵経験は間違いなく1番ある人だし、決める所は決めてくれるだろう。
やがて3度目の攻撃が加わり、傷だらけになった怪物の腕が一旦引っ込んだ。
道が開いた。黄泉が見える。ここしかない。
思えばここまで長い道のりだった。突然の花嫁探し宣言から始まり、1人ずつパーティーメンバーが増えて行き、最後にはなんとか全員と良い関係を結ぶ事が出来た。僕は誰よりも幸せ者だ。
全て、ここで終わらす。
ありったけの集中力で狙いを定め、声を張る。
「……解放!」
手のひらから放たれた1本の線が、真っ直ぐに伸びて『亀裂』に吸い込まれていった。
最前線では2人の少女が立ち、魔術防壁を広げて『亀裂』を覆う。
やがて静寂が訪れた。
この場にいた全員が、固唾を飲んで行く末を見守る。
……。
…………。
………………。
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