第11話 命の終わり、地獄の始まり

 唐突だが、僕は今、処刑されそうになっている。


 頭は首置き台の上、身体は肘まできっちり拘束され、一切の自由はない。


 斬首用の斧を持ったヘンドリクス氏が隣に立ち、僕を見下ろす。


 昨日まで女王陛下の護衛だった彼も、今では処刑人となった。


 その近くには、既に処刑を終えた師匠、レインさん、クラウ王女の姿。


 胴体から離れた頭がテーブルの上に並べられ、広場に集まった民衆達がそれを見ている。


 3人とも目をつぶり、安らかな顔をしている。


 身体の方は僕と同様に縛られたまま、その辺に置かれていた。


 ヘンドリクス氏が斧を大きく振りかぶる。


 その様子を、女王陛下が観ていらっしゃる。


 女王陛下は身体こそ拘束されていないものの、裏切った兵士達に左右を固められ、逃げ道はない。


 クーデターだった。


 女王陛下に忠誠を誓ったはずの兵達が立ち上がり、武力によって政権を奪い取った。


 無論、一連の行動には他国の謀略がある。


 『亀裂』の発生によって巻き起こった国内の混乱を収める為、全責任を女王陛下に負わせる形で事態の収束を図るようだ。


 女王陛下は今、一体どんな気持ちで死んでいった娘の姿を見ているのだろう。涙は流れていないが、放心状態のようにも見える。


 国に採用された師匠の計画も当然中止となった。『亀裂』への対策は振り出しに戻る。


 僕達はどうやら見せしめの為に殺される。


 荒唐無稽な作戦を立てて更なる混乱を発生させた罪。


 『亀裂』への対処は、これから各国が軍隊をこの国に送って行う事になる。


 兵士達と同様に宮廷魔術師達もダビド氏を筆頭にクーデターへ加わっているので、今後はその方達が中心となって作戦を遂行するのだろう。


 そういえば、師匠が出した僕への宿題の答え合わせもこれだ。


 僕の命が狙われたのは、作戦の説得力を無くす為。


 とりあえず僕が死ねば、師匠の作戦は意味を為さなくなる。


 クーデターの成功率も高まるという判断だった訳だ。


 まあ、今となってはどうでもいい。


 ヘンドリクス氏が斧を振り下ろした。


 一瞬、レインさんが暗殺者を殺した時の光景を思い出す。


 まるで薪でも割るかのように、いとも容易く僕の首が切断される。


 鮮やかな血が噴出し、民達から悲鳴とも歓声ともとれぬ声が湧き上がった。


 僕の頭部が転がり落ち、それをヘンドリクス氏が拾い上げ、師匠達と一緒の所に並べる。


 これにて本日の処刑は終了。女王陛下はこれから城の地下に幽閉される事になる。


 さて、これで僕は完全に死んでしまった訳だ。


 ……世間的には。


 馬車が大きく揺れ、僕は危うく手に持った水晶玉を落としそうになった。


「処刑が終わったか?」


 外の様子を見ていた師匠が僕に声をかける。


「ええ。綺麗にスパッと4人とも首を切られましたわ」


 隣で一緒に映像を見ていたクラウ王女が答える。


「あはは、これで私達は死人になりましたね」


 馬車の御者に扮し、手綱を握るレインさんがのんきにそう言った。


 クーデターが起きる直前、僕達は王都を脱出した。


 夜半、変装して荷物をまとめ、こっそりと城を抜け出し、ベッドには『代わりの物』を置いてきた。


 『ポリモドール』だ。


 姿形は人間その物。しかも師匠のはリアリティーにこだわっていて、呼吸も鼓動もあり中には羊の血が流れている。傍目には本物と見分けがつかない。それは僕が保証する。


 僕達が脱出した翌朝、ヘンドリクス氏が眠ったままの僕達を捕まえ、そのまま処刑という流れだ。


 もちろん、いくら精巧に出来ているとはいえ、いくら起こしても目がさめる事はないし、乳房や性器などは作られていない。きちんと調べればすぐに偽物だとバレるが、そこは問題ない。


 なぜなら、ヘンドリクス氏はこちらの味方だからだ。


 女王陛下はヘンドリクス氏にだけはこの計画の全貌を明かし、協力を要請した。


 女王直属護衛隊長の力も借りる事により、ますます反乱側は行動を起こしやすくなった。


「あの、すいません」


 遠くなっていく王都を眺める師匠に僕は尋ねる。


「一体いつから脱出を計画していたんですか?」


「それは私じゃなくレインに聞いた方がいい」


「ん? ああ」


 レインさんはまるで日常的な会話の延長線上にあるかのように説明してくれた。


「例の『亀裂』が現れてから、クーデターの機運が高まってきたんだよ。それ以前からダビドが裏でコソコソと企んでいるのは知っていたし、証拠も揃えていたからいつでも捕まえられた。でもね、女王陛下はそうしなかった」


 そこからクラウ王女が話を引き継ぐ。


「ママはね、むしろクーデターを利用しようと考えたの」


「クーデターを利用?」


「そう。ダビドの裏に他国の王がついているのは分かっていたし、『亀裂』の対処は私達の国だけで出来ないのも分かっていた」


「だから他国にも協力を要請したんですよね?」


 何日か前の会議を思い出す。魔術師100人体制で防壁を展開する現場は、深刻な人員不足に悩まされていると聞いた。


「ええ。でも肝心の亀裂はうちの国内にあったし、いくら人類滅亡の危機と言ったって最初に殺されるのは私達の国民でしょ? 他人の為に命を張らないのはどこの国でも一緒って事よ」


「クーデターが成功したという事は、しばらくこの国は周辺国の分割統治という形になる。『亀裂』周辺の人員不足はすぐに解消されるだろう」と、師匠。


 ……つまり女王陛下は、わざとクーデターを成功させた。自分の失脚と引き換えに、『亀裂』への対処を優先した、という事になる。流石は女王陛下だ。


「だが『亀裂』への根本的な対処は、あくまで私達がしなくてはならない。いくら防衛する人員が増えたって、完全に『亀裂』が開いてしまえば対抗手段は無くなる」


 師匠の言葉にクラウ王女が頷く。


「そうよ。ママは私達なら『亀裂』を何とか出来ると信じて送り出してくれたんだから」


 女王陛下が処刑されず、幽閉という形になるのも想定済みの事だったようだ。


 少なくとも『亀裂』が現れる前は民からの信頼も厚く、もし処刑されたとなれば更に国内が荒れる事になる。


 表面上は、『亀裂』への有効な対策が出来ない為に王位を追われたという形にしておかなければならない。


「ママが無能扱いされるのはかなりムカつくけどね」


「……ん? でもそれなら、何も僕達を処刑する必要はないんじゃ?」


 僕の素朴な疑問にはレインさんが答えた。「それはそこにいる方が『亀裂』を開けた犯人という事になっているからですよ」


 視線の先には師匠。


「厭世の……おっと失礼。奇怪な魔術を扱う正体不明の魔術師が、邪悪なる儀式によって『亀裂』を開いた。女王陛下に取り入って、更に状況を悪化させようとした。だから処刑しなければならない。というストーリーが必要なんです」


「あのハゲ。本当ムカつくわね」


 ハゲ、というのがダビド氏の事を指しているのはすぐ分かった。


「でもでも、実際私達は死んでいる方が色々と都合が良いんですよ」


 レインさんがそう言って、師匠もそれに同意する。


「ふむ。ランドの嫁探しをするにも私達との仲を深めるにも、旅は良い手段と言えるだろう」


 そうだ。色々とあって忘れていたが、僕には使命があった。7人の女性と結婚し全員と仲良くなるという恐怖の使命が。


「さて、まずはこのまま西へ向かって途中の宿屋でライカを拾おう」


 僕の幼馴染であるライカ。

 師匠が数日前に王都に呼んでいたが、クーデターによって王都での合流は不可能になった。


「ところで、そのライカって娘とはどういう関係なのか、詳しく教えてくれない?」


 クラウ王女の質問に、僕は「た、ただの幼馴染ですよ」と答える。


「そうなのか? 仲は良かったろ?」


 師匠が余計な事を言う。


「あはは、私達もうかうかしてられませんね」


 レインさんが謎の対抗心を見せる。


 3人からそれぞれに圧をかけられ、僕は縮こまる事しか出来なかった。


 もしかして、この状態で『亀裂』を吹き飛ばすその日まで旅をする事になるのだろうか……?


 いやいや、これから更に4人も嫁候補が増える。全員仲良くなんて出来るのだろうか。


 つまりはここが、地獄の始まりなのではないか。


 僕のそんな不安を乗せて馬車は行く。

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