第2章 教団編
第1話 選ばれなかった者
王都を出発してから半日ほど馬車に揺られ、陽も沈みかけの頃、目的の宿屋が見えた。
街道沿いにある畑に隣接した旅人向けの宿。僕と師匠が王都に来た時にも使った場所だ。
予定では、そこでライカと合流する。
「ランド様、もう1度確認します。そのライカという娘とは別に恋人という訳ではないんですよね?」
「た、ただの幼馴染だよ」
何度目かも分からないクラウ王女からの質問に僕はまた同じ答えを返す。
「王女ともあろう方が平民の娘を気にしてどうするんです?」
流石にこのやりとりに聞き飽きたと思しきレインさんがそう尋ねる。
「何を言ってるのよレイン。幼馴染といったら1番厄介な恋敵じゃないの」
「まあ、バフ倍率は期待出来そうですね」
「あ、それと私もう王女じゃないんだから、普通にクラウって呼びなさい。王女が生きてるってバレたら問題だし」
「はいはい、かしこまりました。クラウ」
「ランド様も私の事は気軽にクラウって呼んでね」
にこっと笑うクラウ王女。じゃなかった。クラウ。何かむず痒い。しばらく心の中では様をつけておこう。
「……で、そのライカって娘とは本当の本当に何も無いのよね?」
王女じゃなくなったとしても、1番じゃないと気が済まない性格というのはなかなか変わらない物らしい。
ライカは僕より1つ年上の赤毛の女の子で、同じ村に生まれ育った。
僕の両親が亡くなってから師匠が僕を引き取るまでの1年間は同じ屋根の下で暮らしていた。
読書が趣味の静かな性格で、僕と同様にあまり積極的なタイプではない。
「そのライカさんという方、1人でこちらに向かっているんですよね? 女の子の1人旅というのは危険なのでは?」
レインさんの疑問に師匠が答える。
「問題ない。知り合いの行商人に依頼して宿屋まで同行してもらう手筈になっている。本当なら王都まで連れて来てもらう約束だったが、事情が変わったからな。宿に私達がつくまで待機するよう連絡した」
「行商人、ですか」
レインさんはいまいち納得していない様子だ。
「……何か不満か?」
「いやいや。ただ……」レインさんが口ごもる。「最近の情勢を考えると、ね」
「心配する事はない。行商人達は信頼出来る者達だし、腕の立つ用心棒もついている。ちょっとした取引もあるから、私からの頼みなら必ずライカを守るはずだ」
目的の宿屋に到着した。
そこには惨殺された行商人達一行と、それに巻き込まれたと思われる宿屋の他の客や従業人達の姿があった。
今まで多くの死体を見てきたという訳ではないが、彼らが死んでいるのは一目で分かった。
最近立て続けに見ている斬首シーンに負けず劣らず惨い光景だ。 催した吐き気を僕は押さえ込む。
「サニリア殿?」
レインさんが何かを言いたげに師匠の名前を呼ぶ。
師匠はしばらく頭を抱えていたが、気を取り直して現場の調査を始めた。
死体はまだ新しく、巡回兵も来ていない。そして死体の中にライカの姿は無かった。
亡くなった方達には申し訳ないが、僕はひとまずほっとした。無事とは限らないが、この中にいなければライカはまだ生きている可能性がある。
「金品が奪われている。強盗ですかね?」
死体を調べるレインさんが師匠に尋ねる。よく触る事が出来るなあと思ったが、慣れているか。
「どの死体も滅多刺しにされている。盗みだけが目的じゃなさそうだ」
「サニリア殿の話だと、手練れの用心棒がついていたんですよね? 行商人も武装している」
レインさんが指さしたのは行商人達の腰についた武器。
どれも鞘から抜かれておらず、試しにレインさんが1本手にとって見てみたが少しの汚れもなく綺麗な物だった。
「なるほど、たしかに不自然だな。クラウ」
師匠がクラウ様を呼ぶ。
「何よ?」
「申し訳ないんですが、この宿屋の周囲を調べて頂けます?」
「王女をこき使うなんて良い度胸ね」
「もう王女ではありませんよ」
「……分かってるわよ」
元とはいえ王女を1人にするのはまずいのでは、と思い、僕もついていこうとしたが師匠に止められた。
「心配するのは分かるが足手纏いになるだけだよ」
クラウ様は城で着ていたようなドレスではなく、レインさんと同じ軽装備に出発時着替えていた。剣も持っていたし、その立ち姿は妙に様になっている。
「ランド様は本当に優しい方ですね」
クラウ様は僕の手をぎゅっと握って、笑顔で言った。
「でも心配なさらないで。ちょっと周りを見てくるだけですから」
そして師匠の方に向き直り、「魔法陣を探せって事でしょ?」と言って出て行った。
それからようやく僕は師匠の指示の意味が分かった。
宿屋にいた被害者達は、武器を出す暇も無く滅多刺しにされて殺されている。
そんな事をされれば表情も鬼の形相になっていておかしくないが、それも無く実に安らかだ。気づかぬ間に死んでいるという雰囲気。
これはつまり、彼らは殺されるその瞬間まで眠っていたか、あるいは意識をうしなっていたという事になる。こんな事が出来るのは精神魔術の類と見て間違いない。
そして家を丸ごと1つ対象にして魔術を発動させるには、何らかの仕掛けが必要になる。師匠がクラウ様に周辺の捜索を指示したのはその痕跡を探してもらう事だ。
周回遅れでようやく師匠達の思考に追いついた僕は、改めて途方にくれる。
犯人(被害の規模からして達?)は現場に長居するとは思えないし、ライカが生きているとしたら連れ去られた可能性が高い。
魔術の痕跡から何かが分かれば良いが、仮に分かったとしてもそれを根拠に巡回兵たちに助けを求めるのも難しい。何故なら僕達は死んでいるからだ。
という事は、ライカを取り戻すには必然犯人を僕達だけで追う事になる。こんな残忍な事をする人間にたった4人で挑むのはいかにも無謀に思えるが、かと言ってライカを見捨てる事なんて出来ない。
死体を調べていたレインさんの動きが止まった。不思議に思いおっかなびっくり覗き込むと、死体の首筋から鎖骨にかけてのラインに何かの烙印が押されているのが分かった。
翼のような模様。生々しく火傷しており、元々あった物とは思えない。
「レインさん、それは何です?」
「……『選ばれなかった者の烙印』、だ」
「『選ばれなかった者の烙印』……?」
意味が分からず訊ね返したその時。
コト……。
宿屋の内部から物音がした。師匠とレインさんが顔を見合わせている。
まさか犯人がまだ中にいるのだろうか。気づくとレインさんは剣を抜いており、師匠も杖を持って臨戦態勢に入っている。
「調べに行こう。私が前、サニリア殿は後ろに。ランドは真ん中で」
的確に指示するレインさんについて行き、物音のした方に迫る。
音の出所は宿屋の物置だった。食材やらが置いてある場所だ。
レインさんがドアを蹴破ると、中には1人の男がいた。20代前半、黒髪、格好は商人風。
「ひぃっ!」
男は身を縮こまらせて、こちらを警戒していた。
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