第2話 銀翼の運命団

 男の名はネッド。師匠がライカの護衛を依頼した行商人の一員であり、唯一の生き残りでもある。


 痩せ型かつ小柄な男で、武器も持たず明らかに戦闘能力はない。にも関わらずこの惨劇を生き残れたのは、彼の魔法耐性が他の者より強かったからに他ならない。


 宿屋の周囲を調べに行ったクラウはすぐに魔法陣の痕跡を見つけた。一応土をかけて隠してあったが、師匠はすぐにそれを「誘眠の魔法陣」だと看破した。魔法陣の範囲内にいる生物をほぼ強制的に眠らせる魔術だ。


 効果は強力ではあるが、ある程度魔法耐性の高い人間には効かない。

「何故耐魔スクロールを使わなかった?」


 いつ巡回兵や他の客が来るか分からないので、長居は危険という事になり、僕達はひとまず宿屋から離れる事にした。もちろん唯一の生存者であるネッドさんも連れて行く。馬車の中は荷物を込みでも4人まで乗れるので座って話し合う事が出来た。


「1ヶ月前に取引したばかりだから耐魔スクロールの在庫はあったはずだ。魔術による奇襲は致命傷になるとあれほど言ってあっただろう」


 宿屋に来る前、師匠は行商人の一向とちょっとした取引があると言っていたが、どうやらこれがその取引という事らしかった。


 耐魔スクロールは使用者の魔法耐性を一時的に引き上げる術式が刻まれており、これをきちんと定期的に使用していれば「誘眠の魔法陣」などの魔術は効かないはずだった。


 ちなみに僕も魔法耐性が低いので、遠出する時は毎回師匠に魔法耐性を上げるバフをかけてもらっている。レインさんやクラウ様がどうしているのかは分からないが、師匠が何も言わない所を見ると自力で何とか出来るのだろう。


「つ、使いました。うちの護衛担当のドラスとグレンダが昨日の夜きちんと使ったんです。でも……駄目でした。宿屋の酒場で呑んでいたら突然倒れて、その後すぐあいつらが……」


 ネッドさんが涙ながらに語り、自分の頭を両手で押さえつける。

「昨日の夜に使った、だと……?」

 師匠がネッドを強く睨む。

「は、はい。僕は確かに見ました」


 師匠が作った耐魔スクロールを使用したにも関わらず、「誘眠の魔法陣」の影響を受けたのなら、これは信用に関わる問題だ。

「起きてしまった事はとにかく、これからどうするの?」


 そう発言したのはクラウ様。師匠はいまいち納得していない様子で答える。

「ライカを攫った連中を追う他あるまい」

「追うったって犯人の正体分かってんの?」


 クラウ様は怯えるネッドに視線を送ったが、それに答えたのは意外にも手綱を持ったレインさんだった。


「『銀翼の運命団』。昔からあるカルティストの集団。犯人はそいつらだよ」

 これにネッドが同意する。

「そ、そうです。奴らは皆黒いローブを着て、首から銀の羽飾りをぶら下げてました」


 カルティスト。狂信者という事は、宗教団体という事だろうか。僕は詳しくないが、そういった教団があるのはなんとなく聞いた事がある。

「本拠地がどこにあるかは私が知ってる。だから今はそこに向かっている。ここからなら2、3時間かな」


 レインさんの口調がやや重い。僕が無知なだけかもしれないが、あの烙印を見た時の表情といい何故そんなカルト教団に詳しいのかは少し気になった。


「とりあえず、犯人が『銀翼の運命団』ならそのライカという娘は無事はまだ生きている。奴らは若い女を殺さない」

「そうなんですか?」

「教義が変わってなければ、だけどね」

 やっぱり気になる。改めて訊くタイミングを伺っていると師匠が言った。


「奴らが犯人なら『誘眠の魔法陣』を扱えたのにも納得が行く。だが、耐魔スクロールを貫通したのは奇妙だ。納得がいかん」

「欠陥品だったのでは?」と、レインさん。

「何だと?」

 途端に空気が張り詰める。


「失礼。ま、ネッドさんには申し訳ないですが、しばらくついて来てもらいましょう」

 ネッドさんは頷く。仲間を殺されて荷物も奪われているのだから、当然何とかしたいという気持ちはあるだろう。ライカの護衛が失敗したという負い目も少しはあるのかもしれない。

 レインさんが続ける。


「その耐魔スクロールがきちんと機能していたかどうかは、『銀翼の運命団』の奴らに聞けば分かる話だと思いますよ。もしサニリア殿のスクロールを無効化する方法を彼らが知っていればサニリア殿は無罪ですし、知らなければネッドさんがサニリア殿に被害額を請求して行商人の遺族に配ったら良い」


「ふ、面白い。ならば私の耐魔スクロールに欠陥が無い事が証明された場合、お前は何を払う?」

 師匠がレインさんに噛み付く。

「いやいや? 私は関係ないんじゃ……」

「私の作った商品を欠陥品呼ばわりしたのだから、それが間違っていれば対価は払ってもらうぞ」

「えぇ……」


 何故こうも師匠は他人と敵対するのが上手いのか、僕には全く分からない。

「セックスだな」

 師匠が断言する。


「え?」

 僕とレインさんの声が重なった。


「罰としてランドとセックスしてもらう。バフ倍率のデータが欲しい」

 急に巻き込まれた!

「し、師匠。ちょっと待って下さい!」


 馬車が大きく揺れて舌を噛みそうになった。レインさんも動揺しているようだ。

「そ、そんな事約束出来るはずが……」

「私を侮辱した罪はお前の貞操より重い」

「いやちょっと待ちなさいよあんた達。ランドの童貞は私が貰うわよ。レインはその後にしなさい」


 僕は頭を抱える。何が何やら分からないという様子のネッドさん。当事者の僕からしても奇妙極まりないのだから、第三者である彼から見れば言わずもがなだ。


 とにかく、これで目的は決まった。『銀翼の運命団』の本拠地に行き、ライカを探して取り戻す。まあライカがこのパーティーに参加してくれるかどうかは分からないが、それは別にして必ず助ける。師匠とレインさん2人の賭けについては気にしないでおこう。その内忘れてくれるかもしれない。


 それにしても、城を出てからたった1日で集団殺人に少女誘拐に狂信者集団に仲間割れとは、幸先が悪いにも程がある。


 最終目的はあくまでも『亀裂』の討伐、戦争における勝利だが、それがどれだけ険しい道のりなのか、身を持って分からされた気分だった。

「ところでレイン、その『銀翼の運命団』の本拠地というのはどこなのよ?」


 クラウ様の質問に、僅かな間を置いてレインさんが答える。

「アビンダという国境沿いにある街です。……私の故郷でもあります」

 いつも明るいレインさんの口ぶりが曇っていた。微かに不吉な予感がして、僕は口をつぐんだ。

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