第3話 宿屋にて

 アビンダの街で宿を取り、そこを拠点として『銀翼の運命団』に探りを入れる事になった。

 幸い、僕達のパーティーには元王女がいるので路銀には困らない。馬車の手配から何からクラウ様には世話になりっぱなしだ。


 ライカの事は心配だが、すぐに殺される事は無いという。その理由も改めてレインさんが説明してくれた。


 『銀翼の運命団』の歴史はかなり古く、200年ほど前から存在しているらしい。

 その教えを簡単に説明すれば、よくある終末論という奴である。

 崇めている神自体はこの国の正教と同じだが、教団はその神がいつかこの世に現れ、人間達を滅ぼすと主張している。


 教団に入信して新たな教えを守れば、裁きの時に神から許しをもらえのだという。


 それを教団の言葉では「選ばれた者」と呼び、教団に入らなかった者や教団を裏切った者を「選ばれなかった者」と呼ぶ。宿屋で見た烙印は、「選ばれなかった者」を表すマークという訳だ。


 これまでは、『銀翼の運命団』を結成した教祖が残した預言書により、正教が使っている聖典に歪んだ解釈を加え地道に信者を増やしていた。だが、大抵の人にとってはその突飛な主張は受け入れられず、燻っているような状態が続いていた。


 だが、ここ最近で急速に教団はその勢力を増やした。原因は明らか。


 『亀裂』の出現だ。

 『亀裂』が現れた事により、彼らの主張してきた終末論が信憑性を帯びてきたのである。


 『亀裂』の向こう側にいるのは神であり、「選ばれなかった者」を滅するべくこちらに攻めて来る。人間に抗う術は無い。だが教団に入れば助かる。シンプルだが精神的に弱った人には突き刺さる謳い文句でもある。


 そういえば、王都での嫁オーディションの際、暗殺者の1つ前に僕と面談した女性がこんな事を言っていた。


『怪物は神であり、驕り高ぶった人間に制裁を加える為に現れた』


 これはまさに『銀翼の運命団』の主張その物であり、ひょっとするとあの美人の方は教徒の1人だったのかもしれない。知らず知らずの内に布教されていたのだろうか。

 少し話が逸れた。


 とにかく、『亀裂』の出現により「それ見た事か」と勢いを得た教団は一気に教徒を獲得し、影響力を高めた。だが急速な組織の拡大は予想外の事態を引き起こす。

 そもそも(彼らの表現で言う)「許されなかった者」を殺害までするのは以前の教団の方針からは外れた事らしい。


 何せその時が来ればどの道「選ばれた者」以外は死ぬのだから、放っておけば良いのだ。

 おそらく一気に信者が増えた事によって教団幹部の権力ではコントロール出来ない暴走状態となり、こんな事が起きたのではないか、とレインさんは言っていた。


 どの道死ぬのだから、今殺して金品や食料を奪っても許される。「選ばれた者」は何をしても生き残れる。そんな滅茶苦茶な主張をしだした者がおそらくいたのだろう。

 そして肝心のライカが殺されない理由についてはこうだ。


 それは、彼らの教義の1つに、「処女の血には特別な力が宿り、神はそれを好む」というのがあるらしいのだ。「選ばれし者」を増やすには、処女の血を使った儀式的魔術を行う必要がある。即ち、処女の数が必要となる。


 これも開祖の残した迷惑な預言書による自分勝手な解釈であるが、今でも信者達は教えを守り、信者の家族の中に処女がいるとその血を採取し特別な儀式魔術を行うというのだ。


「うげ、気持ち悪ぅ」

 そこまで大人しく聞いていたクラウ様が思わず口に出した。

「それなら、血は取られているが無事ではあるだろうな」

 師匠のお墨付きも得た。それを無事と呼ぶかどうかは微妙だし、早く助け出してあげたいのに変わりは無い。


「ではでは、教団の本部に我々で赴いてライカを救出するという事でいいのかな?」

 レインさんがそう言って、僕はすぐ同意した。遅れて師匠が頷く。

「お前はどうする?」


 尋ねられたのは僕ではない。僕の隣に座ったネッドさんだ。ネッドさんは黙って話を聞いていた。

「……もしもお邪魔でなければ、ライカさんの救出をお手伝いしたいです」


 ネッドさんは申し訳なさそうに続ける。

「仲間の復讐という訳ではありませんが、ライカさんを奪われたのには僕達にも責任があります。サニリア様のスクロールが効かなかった謎も答えが出ないとすっきりしませんし、少しくらいなら僕にも魔術の心得があります」


 良い人だなぁと思いつつ、周りを見ると微妙な反応。

 このパーティーの本来の目的を考えると、僕以外の男が同行するのはバフ倍率的な意味で望ましくないとうのは分かる。


「……まあ、良いだろう。教団本部の規模は2、30人と言っていたな?」


「詳しくは改めて調査してみないと分からないが、場所は変わってないからその辺が中にいる限界だろうな」

「あら? 本部なのにそれだけしかいないの?」


「一応はおおっぴらに明かせるような宗教じゃないからな。大抵の人は邪教だと判断している。秘密の信者がどれくらいいるかは分からんが、教団に常駐しているようなのはそこまでの人数いないだろう」


「ふーん。まあ、何人が相手だろうが問題ないけどね」


「では、明日1日で準備をしよう。レインは教団本部の調査を。クラウ様はここに残ってランドの護衛を」

「やった!」

「ネッドもいるぞ」

「えぇ~。2人きりの方が良いのに」


 失礼すぎる元王女様の発言に、僕はネッドさんの顔色を伺ったが、どうやら問題ないようだ。

「そういえば、部屋割りはどうします?」

 宿にはちょうど、2人部屋2つと1人部屋1つの合計3部屋が空いていた。


「僕とネッドさんで1部屋、女性3人は希望で分けたらいいんじゃないですか?」

 僕はそう提案した。


 師匠とレインさんを一緒の部屋にすると喧嘩が起きそうなので分けたいが、クラウ様は王族だし1人部屋を割り当てた方が良いような気もする。


 3人は顔を見合わせている。

「宿泊は仲を深める良い機会だと言える」

 そう切り出したのは師匠だった。


「ライカって娘を助けるのも大事だけど、私達だってまだ全然バフ倍率足りてないんだから、時間は無駄には出来ないわよね」

 クラウ様の発言に警戒する。

「ふむふむ。という事はネッドさんには1人部屋に入って頂くとして……」


 レインさんがぺろっと舌なめずりをした。

「この3人の内1人がランドと相部屋という事になる」


 師匠の下した決定は絶対だ。

 なるべく平和的な解決を祈る事しか僕には出来ない。

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