第4話 胸の中と外

 じゃんけんの結果、僕と相部屋はレインさんという事になった。

 この結果にクラウ様は当然のように異議を唱えたが、レインさんは決して譲らなかった。


「……もういいわ。とりあえず今日はあんたに譲ってあげる。ただこれだけは約束して?」

「何でしょう」

「ランドには指一本触れないで」


 こういう台詞は普通男側が女側に言われる台詞のような気もするが、レインさんはそれを了承した。


「もちろん。私は分を弁えていますから」

「あんたのその笑顔、全然信用ならないから」

 そこに師匠が横槍を入れる。

「分を弁えるのは結構だが、賭けは覚えてるだろうな? 私のスクロールに欠陥が無かった事が証明され次第、ランドとセックスしてもらうぞ」


 やはりまだ覚えてた。師匠の執念深さは尋常ではない。

「……まあまあ、その話はおいおいという事で」

 レインさんが困ったように笑う。


 隣に座っていたネッドさんが小声で「……事情は知りませんが、何だか大変そうですね」と僕に同情してくれた。


 気づけば日も暮れすっかり夜。宿屋の広間で夕食を取った僕達は、それぞれの部屋に戻った。

「ランド様、レインに襲われたらすぐこっちの部屋に逃げて来て下さいね」

 とクラウ様に言われ、僕は苦笑する。


「賭けの事を忘れるなよ。私たちの前でしてもらうからな」

 いつのまにか師匠がえげつない条件を上に乗せていた。それは僕も承服しかねる。

 部屋にはベッドが2つあったが、距離はランプの置き台1つ分しか離れていなかった。


 すぐに隣のベッドに移動出来る距離だ。

「今日は疲れたね」

 毛布をかぶった時、レインさんにそう話しかけられた。


 王都脱出から始まりここまで、たった1日の間に起きた事とは思えないほど色々とあった。確かに疲れている。

「そう、ですね」

 僕が答えると沈黙が生まれた。ランプの仄かな明かりが天井を照らしている。


 1分くらいの間があいて、レインさんがこう切り出す。

「ランド君が私を怖がっているのは分かる」

「えっと……」


 王都での事。暗殺を未然に防ぎ、僕の命を助けてくれたレインさんには感謝してもしきれないが、それとは別に、やはり恐怖はある。あんなに簡単に人を殺せる人が、いつも側にいるというのは何と言うか、変な感じだ。


 僕の今までの人生が平和だったという事でもある。思えば血なまぐさい事とは無縁だった。

 答えに窮していると、レインさんが話を変える。


「教団の事、聞きたがっていたろ?」


 昼間の事。確かに僕はレインさんと教団の関係が気になっていた。教義や規模にやけに詳しいし、何よりここはレインさんの生まれた街だと言う。何があったのか、興味はある。


 だが、人には話したくない事の1つや2つあるものだし、無理に問い詰めようとは思わない。だから空気を読んだつもりで何も言わなかった。


「聞きたい事があるなら遠慮せずに聞いていいよ」

「は、はい……」

 そこまで言ってもらえたなら、何も尋ねないのは無礼かもしれない。


「……あの、レインさんと教団はどういう関係なんですか?」


「元信者、かな。正確には、私の両親が教団の幹部だった」

 もちろん僕は驚いた。だが声をあげはしなかった。この答えを何となく予想していたかもしれない。


「私も10歳までは教団に属していた。それから色々あって家を出て、王都で剣の師匠に拾われた。ほら、前に言っていたクラウ様と同じ師だよ」

 王都でレインさんとクラウ様の関係を尋ねた時、同じ師を持つ姉妹弟子だと答えていたのを思い出す。

「幸い、剣の才能には恵まれてね。師の推薦もあって軍では出世した。最近失業したけどね」


 そう明るく語るレインさんだったが、きっと軍を抜けて国を出るのは並大抵の決断ではなかっただろう。笑っていいのか分からず、僕は言葉に困った。


「……私は、サニリア殿とランドを信頼しているよ。だからこの作戦に乗ったし、私達なら『亀裂』を何とか出来るとも思ってる。……まあ、残念ながら私は嫌われてしまったようだが」

 レインさんはとても美しい声をしている。


「そ、そんな事ないですよ。レインさんがいなければ僕は死んでいました。本当に感謝してます」

 それは僕の正直な言葉だったが、レインさんまで届いているかは分からない。

「そっち、行ってもいいかな?」

「え……」


 僕が返事をする前にレインさんは自分のベッドを抜け出て、僕の方に入ってきた。ランプの明かりが、気持ち強くなった気がした。

「いやあの、指一本触れないって、さっき……」

 クラウ様と約束をしていたのを確かに見た。


「君から触れる分には問題ない」

 素敵で魅力的な解釈だ。


 躊躇っている僕をよそに、レインさんは何の躊躇もなく寝間着の上を脱いだ。明かりがより強くなった気がする。薄暗闇の中、レインさんの胸が下から照らされている。


「さて、どうする?」


 僕の目の前には2つの乳房があった。色黒なレインさんだが、その乳首は薄く淡白いピンクだった。胸全体のサイズは師匠に比べれば控えめだが形の良い膨らみが確かにそこにある。


 そして、僕は気づいた。レインさんの左胸から鎖骨の中間あたりに、昼間に死体で見た翼をモチーフにした烙印があった。元信者の証。


『選ばれなかった者の烙印』


「ど、どうするって……」


 僕は体を起こし、レインさんも同じく起き上がり、2人で対峙する。レインさんは胸を曝け出したまま、じっとこちらを見て次の行動を待っていた。

「触っても……大丈夫ですか?」

 レインさんがこくりと頷く。

 僕はそっと手を伸ばして、なるべく優しく『選ばれなかった者の烙印』に触れた。


「あ、そっちなのか」

 レインさんは意外そうだった。


 気づくと、僕の目には涙が溜まっていた。傷跡自体は10年以上前の物という事もあり、色素が落ち着いている。だがその生々しさは、たった今さっき受けた傷のように鮮明だった。


「6歳から10歳まで、両親は毎週必ず私を教団に連れて行って血を抜いた。最初は私も『銀翼の運命団』の教えを信じていたよ。だけどある時気づいてしまった。儀式の術式はめちゃくちゃで何の効果もなく、両親は教団内での出世の為なら娘を平気で売る人達だって事に」


 落ち着いた口調のレインさん。そこには乾いた憎しみの跡があった。


「彼らの信仰では、信者ではない者が間違って選ばれないようにこの烙印を押す。死体に押してあったのは、殺してしまった事を正当化する為だ。『選ばれなかった者』なら死んでも仕方ないってね」


 僕はレインさんの傷を撫で、ポロポロと泣いていた。両親に裏切られ、傷つけられた10代の女の子がその時何を思ったのか、僕には途方もなく想像がつかない。

 今はただ、触れた指先の更に先にある鼓動が、彼女の強さを主張している。

 僕は耳を済まし、レインさんの身体を純粋で綺麗な物が巡るのを想像していた。


「君の優しさは好きだ。でも……」

 レインさんが悪戯っぽく笑った。

「もうちょっと積極的になっていいと思うよ」


 言い終わると同時に、レインさんは僕の両腕を掴んで自分の胸、というかおっぱいに無理やり当てた。


「ゆ、指一本触れないって、さっき……」

「バレやしないさ」


 強く押し付けられ、僕は反射的にレインさんのおっぱいを揉んだ。

 指の隙間から柔らかさが溢れた。

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