第5話 課題、脅迫、2人きり

 バフ倍率。

 301%。


 ついに300越えを叩き出したのは、他でもないレインさんだった。

 昨日の夜、レインさんの胸を10分ほど揉んだ後、僕は驚くほどぐっすりと眠れた。


 朝になり、師匠は「必要な物がある」と言って買い物に出かけ、僕にはレインさんとのバフ倍率を計測しておくように指示した。


 結果、僕はまた殺されかけている。

「言、い、な、さ、い、よ〜」

 問われても、首を絞められている今の状態ではろくに弁明も出来ない。


「まあまあ、落ち着いて。バフ倍率が高まったのは良い事じゃないか。クラウも私に負けないように頑張ると良い」

 レインさんの挑発によって僕を絞める手に更なる力が込められる。クラウ様の目が血走っている。


「レイン! あんた約束したでしょ!? 指1本触れないって。一体何をしたらこんな一気にバフ倍率が上がるっての。答えなさいよ!」

「いやいや、ははは」

 レインさんがやけにすっきりした顔で笑っている。そろそろ僕は死ぬ。


 意識が飛ぶ寸前で僕はようやく解放された。


「ただでさえ幼馴染の登場で厄介なのに、脱落したレインがこんなに早く復活するとは思わなかったわ……」

 ぶつぶつとそう呟くクラウ様。


「ごほっ、けほっ。ど、どうしてそんなに1番にこだわるんです?」

 僕の必死の質問にクラウ様が堂々と答える。


「こだわって当たり前ですわ。『亀裂』の件を解決したら私とママは必ずこの国を取り戻します。その時、『討伐パーティーには参加していましたが2番目の妻でした』なんてのは私のプライドが許しませんもの」


 プライド。クラウ様にとって重要なのはやはりそこのようだ。

 測ってはいないが、クラウ様のバフ倍率がちょっと落ちた気がした。


「……で、結局昨日の夜は何をした訳?」

「うふふ」

 レインさんが意味深に笑う。せめて何か適当に嘘をついてくれても良いのに、これではまた僕に矛先が向いてしまう。というかそれを想像して笑ってるんじゃないかという疑いがある。


 案の定、胸ぐらが掴まれた。クラウ様の引きつった笑顔。


「今日はじっくり聞かせてもらいますわね、ランド様」

 前から思っていたが、クラウ様は僕を様付けで呼ぶ割にあまり大事に扱ってくれていない。


 そうこうしている内に、師匠が両手に荷物を抱えながら買い物から帰ってきた。入れ替わりで、レインさんが教団の調査に出発する。


「今日の夜も一緒の部屋だと良いね」

 去り際に火薬をポンと置いていったので、僕は咄嗟にクラウ様の追撃に備えたが、今回は扉から出て行くレインさんを睨んでいるだけだった。


 師匠が机の上に広げた材料は、何種類かの粘土、何色かの布と糸、バラついた木の破片、ラベルの貼られた粉末、そして魔術専門店で売っている魔石。魔力を留める事が出来る特殊な宝石だ。


「これを使ってどうやって教団を制圧するんですか?」

 ネッドさんが尋ねると、師匠は首を横に振った。

「これはランドへの課題だ」


 課題。実の所、材料を見て僕もピンと来ていた。師匠の家にいた時、これらの物を使った記憶があったからだ。


「ランド、『移植』のやり方は覚えているな?」

「は、はい。覚えています」

「よし。ならば今日中に、これらの素材を使ってこのバフ測定器の機能を『移植』しなさい」


 今さっき使ったバフ測定器は、城にいた時に師匠が作った物だ。

 以前にも少し触れたが、師匠の専門は「物質を介した魔力の流動と性質の変化」である。

 必然、弟子である僕も、それを中心に教わってきた。


 そして先ほど師匠が言った『移植』とは、簡単に言うと「ある物質の性質を、ある物質に移植する事」であり、これに関しては僕も少しばかり心得がある。


 例えば、炎には「熱を発する」「光を発する」「煙を発する」といった複数の性質がある。ここから「光を発する」部分だけを抽出し、その辺の石ころに移植すれば「炎のように光る石」が出来上がる。


 こう聞くと結構色々出来て凄い事のように思えるが、移植する性質というのは複雑過ぎると難しく、また複数の性質を持っていると抽出が難しくなる。例に出しておいて難だが、炎のような捉えどころが無い物から「光を発する」性質のみを移植するなんて事、師匠には出来ても僕には出来ない。移植先の物質にも制限があるし、1つの移植を完了するにも時間がかかる。


 マスターすれば応用の効く便利な魔術ではあるが、単純な破壊魔法に比べてもかなり難易度が高く、即時性もない。だからこそ勉強のしがいがあるとも言えるし、出された課題には真剣に取り組む必要がある。


「バフ測定器はこのままだと嵩張って移動するのに不便だからな。何か身につける物に移植しろ」

 布や木片はその為の物か、と気づく。

「身につける物、ですか……。杖……帽子……服……手袋とか?」


「手袋!」

 答えたのは僕でも師匠でもなくクラウ様だった。


「私、手芸も得意だしランド様の為に手袋織ってあげる!」

 さっきまで僕の首を絞めていた女の子が、急に手袋を作ると言ってきた。やはり不思議な子だ。


「まあ、何でも良いが機能はきちんと移植するように。バフ測定器の設計図も一緒に置いておく」

「わ、分かりました」

「私の方はライカ奪還の準備をしてくる。夜までには戻るから、レインが調べた情報と合わせてその時作戦会議をしよう」


 そして師匠も部屋を出て行った。

 残されたのは僕、クラウ様、ネッドさんの3人。


「うふふ、はじめての共同作業ですわね」

 クラウ様がそう言って、僕の腕をぎゅっと掴んだ。

 バフ倍率の測定機能を新しい手袋に移植する。それにはまず、バフ測定器の構造を理解しなければならない。


 僕は師匠からもらった設計図をじっくり読み始める。横に座ったクラウ様は移植先のベースとなる手袋を作り始めた。自分から立候補しただけあって、確かに手際が良い。ネッドさんはというと、手持ち無沙汰に部屋の中をうろうろしていた。


 複雑な機能を持つ物を移植するには、まずはそれぞれのパーツの役割を分けて考える必要がある。


 今回の場合、バフ測定器には、僕の発した破壊魔法を感知し(1)、それを接触面から吸収し(2)、威力の測定を行い(3)、数値として出力する(4)という大きく分けて4つの段階を経なければならない。


 1の段階においては、手袋の繊維にバフ測定器の水晶部分の機能を移植すれば良いが、水晶部分には2の段階で必要になる吸収という機能も含まれている。つまり、まずは水晶部分の機能を2つに分けて捉え、抽出する必要がある。


 3の測定部分は試験管に入った液体が関係している。これは師匠が特別に調合したポーションの一種らしく、吸収した威力を少量の空気に変換して送り出す機能がある。それを4の表示として出力する訳だ。


 比較的単純な構造だし、師匠の設計図は僕にも分かりやすいように書いてあった。もしかして、師匠はこの測定器を作った段階で僕にこの課題を出す事を想定していたのだろうか。


「出来ましたわ!」

 作業を開始して2時間もせずにクラウ様が手袋を完成させた。早い。レインさんが以前「あの子は何でも出来る」と言っていたが、どうやら本当の事らしい。


「サイズ調整をしたいので、お手を貸してくださる?」

 言われるがまま、自分の手を渡すと、クラウ様は僕の手を見た後、ゆっくり触れた。


「……さっきの話の続きですけど、結局昨日の夜はレインと何をしたのですか?」

 表情が変わった。


 何となくだが、僕はクラウ様という人間が分かってきた気がする。基本的に僕には外面良く接してくれるし、従順なフリをしているが、他人との比較となるとその限りではなく暴走気味にグイグイくる。


 1番でないと済まないという性格が強いのだろう。確かに、ほとんど初対面にも関わらず彼女が提案したのはまず序列を決める事だった。


「い、いやあの……別に何も……」

 僕の手を握る手に力が篭る。


「何もしてないのにバフ倍率が300%まで上がるはずがないですわよね?」

 にっこりと小首を傾げて笑っているが、目は獲物を追い詰めるハンターのそれだ。

「どうしても言わないというのなら、手袋ではなくギプスが必要になりますわよ」


 助けを求めようとネッドさんを探したが、気を利かしてかいつの間にかいなくなっていた。

 僕は話を逸らそうと、別の話題を探した。


「あ、そ、そういえば、クラウ様は魔法体性がある方なんですか? 耐魔スクロールの類を使っている所見ませんけど」

「元々魔法耐性はありませんが、子供の頃に魔法耐性を上げるバフは習得しましたわ。誰にも見られないタイミングでかけなおしています。バフの切れ目を他人に教えるのは悪手ですから」


 言われてみればそうだ。これも英才教育の賜物か。

「というか今、露骨に話を逸らしましたわね。一体どれだけ不埒な事をしたのか……」


 明らかに怒りが増している。どうやら答えなければならないようだ。

「わ、分かりました。言います。……む、胸を揉みました」

「生で?」

「な、生で」


 へし折られる!

 そう覚悟したが、意外にもクラウ様は僕の手を解放してくれた。そして無言のまますっと立ち上がり、くるりと背中を向けると、部屋の隅に移動して何やらごそごそと動いていた。


 自分の胸に手をあてて……サイズを測っている?

 そして戻ってくると、冷静な顔でこう言った。

「一旦勝負は預けますわ。私にはもう少し時間が必要ですので」


 クラウ様は一転して冷静な口調そう言って、作業に戻った。

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