第3話 朝礼
「つまりね、潜在魔力が高い奴は何故か性欲がめちゃ強いって訳よ。これマジで鉄板だから」
到着して一夜明け、改めて自己紹介を済ませた後、学園での本拠地となる旧研究棟に食料や寝具を持ち込みまずは生活基盤を作った。学園内を自由に歩けるのは処刑されていないライカと、事情を知っているミスティさんだけなので、僕達はここでも基本的には引きこもり生活となる。
正午を過ぎ、ミスティさん、クラウ様、ライカ、僕の4人で一緒に昼食を取る事になった。
クラウ様が作ったのは牛肉を煮込んだスープとキャベツのサラダ。この地方のパンは僕がいた場所よりは固めだけどスープに合わせて食べるとちょうど良い感じになる。
レインさんは棟内の別部屋で師匠の検査を受けている。例の魔石心臓(師匠が命名した)を徹底的に調べるのもここに来た目的の1つだ。
「だから、ランドちゃんの性欲は半端ないと思うんだわ。自覚はないみたいだけど、あたしより潜在魔力の高い奴なんて今まで会った事ねえし」
ミスティさんはぱくぱくと昼食を口に運びながら、よく分からない持論を喋り続けた。
潜在魔力と性欲には相関があるという眉唾物の話だ。
「7人も嫁にするなんて最初聞いた時は贅沢な話だと思ったけど、あたし以上の性欲魔人ならむしろ7人で足りんのかって感じだわ。ウケる」
ここにくる前に師匠から聞いた限りでは、師匠の1番弟子であり、あらゆる魔術のエキスパートで、頭も器量もとても良く、最年少で教授になった人だという話だったが、目の前にいるミスティさんはかなりそのイメージとは違う。
顔とスタイルはたしかに良いが、頭の良さと魔術のエキスパートという所はまだ信用出来ていない。
「つかみんな暗くね? もっと楽しく食べようよ。あたし達いずれ竿姉妹になるんだし」
「……竿姉妹って何ですか?」
ライカが尋ねる。
「え? あ、子供にはまだ早かったか」
「……は、早くないです。……なります、竿姉妹」
意味も分からない物になるんじゃないと注意しようかと思ったが、この話を広げるのは悪手だ。
「……あの、すいません。ミスティさんは本当に師匠の弟子だったんですか?」
「だったってか今でもそうだと思ってるケド」
「そうなんですか? でも1回も師匠の所に来た事ありませんよね?」
実際、僕とミスティさんは初対面だ。というか今まで師匠から名前を聞いた事すら無かった。
「そりゃ出禁にされてっからね」
「出入り禁止ですか? 一体なぜ……?」
「いやちょっとね、サニサニにもエッチな事を経験して欲しくて寝込みを襲ったの。めちゃくちゃ怒られたケド」
「はぁ!?」3人の声が揃った。
「だからさ、ほら、性欲と潜在魔力が比例するって訳」
一体全体、どういう結論なのか。どこの世界に師匠をレイプしかける弟子がいるのか。しかも同性。
「いやでもあれだよ? あたしが我慢出来なかったってのもあるけど、サニサニも全然そういう経験無いらしいからさ、魔術を教えてもらった代わりにこっちからはエッチを教えるって事でウィンウィンにしようと思ってさ……」
「え? サニリアってそういう経験ないの?」クラウ様が余計な事を訊く。
「無いらいしよ。あんな悪女みたいな見た目してる癖にウケるよね」
「うう……会話が下品すぎるよ……」
今だけはライカに全面同意だ。
「おい」
案の定、いつのまにか部屋に師匠が戻ってきていた。
「ミスティ。殺されたくないなら黙れ」
「……うっス」
どうやら師匠の弟子という所は真実らしい。
「ランド、それを食べ終わったらレインの所に来い」
師匠に呼ばれ、僕は慌ててパンを口の中に突っ込んで立ち上がる。当たり前のようにクラウ様とライカもついて来ようとしたが、師匠が止めてくれた。
「私の知らない所で何かしたら許しませんからね!」とクラウ様。ライカは無言で僕を睨む。
研究室に移動すると、ベッドでレインさんが寝ていた。身体に管が取り付けられていて、少し痛々しい。僕に気づくと上半身を起こし、開いた胸元をさりげなく整えた。
「聞きたい事がある」
師匠がそう言った。さっきのミスティさんの発言がチラつくが、考えないように努力しよう。
「お前が心臓の『移植』に使った術式をここに纏めてみたが、順番はこれで間違いないか?」
黒板に何行かに渡って書かれた文字を僕は確認する。
おおよそ間違ってはいないと思うが、あの時は必死だったので、絶対に合っているとも言い切れない。
「煮え切らんな。まあ、いずれにせよ不可解ではあるが」
レインさんはベッドに座ったままニコニコしていた。
師匠はレインさんをちらりと見た後、僕に向き直ってこう言った。
「……『移植』以降、レインの指先には痺れが残っている」
「あ、言いますか」と、レインさん。
僕はうろたえる。レインさんは困ったように笑った。
「それを隠していていざという時に役に立たなかったらパーティー全体が危険に晒される。リーダーはランドなのだから、知っておいてもらわなければならない」
師匠は強い口調でそう言った。
「……あの、痺れってどれくらいの、ですか?」
尋ねると、師匠は部屋の隅にあった箒を手にとった。それを受け取るレインさんの右手が僅かに震えている。最初はしっかり握ったように見えたが、数秒で手から零れ落ちて音を鳴らした。
「……はは、情けないな。こんな所見られたくなかったんだけど」
「おそらく、お前が『移植』した心臓の機能が完全ではなかったのだろう」
「まず」僕が師匠の言葉を受け止め切る前に、レインさんが言った。「……私はランドに感謝している。ランドがあの時蘇生を試みてくれなかったら私は死んでいたし、その後でどんな障害が残ろうが私はランドを責めるつもりは全くない」
いつになく真剣な口調に、僕だけではなく師匠も圧されていた。
「だから、ランドに原因があるかのような口ぶりはやめてもらいたい。サニリア殿」
「……ああ」
「私は魔術は専門という訳ではないが、ランドのした事、今私の身に起きている事が常識にも想定にも外れている事は理解出来る。その上で、私の口から今の状態をランドに伝えたい。……いいか?」
僕は少し考えてから頷き、レインさんの言葉を待つ。
「今見た通り、指先、具体的には肘から先にあまり力が入らない。しばらくしたら治るかと様子を見ていたが、改善もしなければ悪化もしないようだ。おそらく、私の本当の心臓よりもランドに貰った心臓の力が足りていないのが原因だと思うが、はっきりとは言い切れない」
思えば、レインさんの本物の心臓は既に止まっている。魔石心臓によって肉体を維持している状態というのは確かにかなり危険だ。
「つまり申し訳ないのだが、以前のように戦う事は出来ないと思う」
申し訳ないのはこちらの方だ。
「だからこそ、あえてお願いしたい。この魔石心臓を完全な物に改良してくれないだろうか? 私が再び剣を握れるように。ランドを守れるだけの力を取り戻せるように」
レインさんの言葉に、僕の胸の方が苦しくなった。
だが同時に、使命感のような物が湧いてきたのも事実だった。
完全に停止したレインさんの心臓を治す事は出来ないかもしれないが、魔石心臓を改善する事ならきっっと出来る。なぜなら、それは僕が作った物だからだ。
「……分かりました。一生をかけてでも、レインさんを元に戻して見せます」
僕は決意し、誓う。レインさんはにっこりと笑って頷く。
「ふむ。それまではセックスの約束は預けざるを得んな」
せっかく良かった雰囲気を師匠がぶち壊す。
「心臓に負担がかかる事はやめておいた方がいいだろう。だが覚えておけよ。魔石心臓が完全になった暁には、皆の前で、騎乗位で、セックスする所を撮影させてもらうからな」
要求が過激化している。最終的にどうなるのかは僕にも想像がつかない。
部屋に戻るとミスティさんはどこかに消えていた。クラウ様が言う。
「さあ、ランド様。食後はお勉強の時間ですよ」
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