第2話 真夜中の実験場

 学園実験場には防衛訓練用の砦が建っており、それが老朽化して取り壊しを必要としていた為、ちょうど良いので破壊してみようという話だった。


 王都についた日は、3日間かけてチャージした威力を放って訓練場の地面に大きな穴が開いたが、今回は2時間チャージした物を、約93倍のバフをかけて吹き飛ばす。師匠の計算によると、王都での威力とおおよそ同じ程度になるという事だったので、僕はチャージ詠唱を開始した。


 詠唱中は他の4人は暇なので、師匠が蓄積型極大破壊魔法ルイナスカタクリストの仕組みについて学園長も含めて改めて説明していた。


 そもそも人間の魔力には、肉体の内から湧く魔力(潜在魔力)と実際に出力可能な魔力(顕在魔力)の2種類がある。

 顕在魔力の方は訓練によってある程度改善が可能であり、例えば最初は指先に灯せる程度の炎しか出せなかった者が、たゆまぬ努力によって自分の身体より大きな炎を纏う事が出来るようになったりする。


 一方で潜在魔力は生まれつきの物であり、毎秒生み出される魔力の量はいくら訓練しようが増加しない。先ほどの例で言えば、訓練によって大きな炎を出力出来るようになっても、それを維持出来る時間は潜在魔力によって決定される為、同程度の訓練をした者でも戦力に差があるという事だ。


 よく使われる例えで、顕在魔力は「筋肉」潜在魔力は「内臓」だと言われている。

 トレーニングによって筋力量は肥大化し、力を増す事が出来るが、それを維持出来る内臓は鍛える事が出来ず、むしろ酷使される事によってダメージを負ったりする。


 蓄積型極大破壊魔法ルイナスカタクリストは、破壊魔法と名前がついているものの、正確にはこの潜在魔力を長時間顕在魔力として保持する為の術式である。普通、魔法という物は数秒から数十秒の詠唱を持って潜在魔力から顕在魔力に性質を変換し、何らかの効力を発揮する。


 詠唱時間がその程度なのは、顕在魔力は時間経過と共に消滅してしまうからだ。だが蓄積型極大破壊魔法ルイナスカタクリストは、3日間という長時間に渡って顕在魔力を保持する事が出来る超特殊な手法を師匠が織り込んでおり、これを最後に威力へと変換する「解放」を持って魔法を行使する。


 このアイデア自体は師匠が学生時代から持っていた物だそうだが、師匠は潜在魔力の値が普通の人と比べても若干低く、良い活用法が無かったらしい。専門としている性質変化は、潜在魔力があまり必要のないジャンルであり、その道において師匠は才能を発揮し、その応用で蓄積型極大破壊魔法ルイナスカタクリストに行き着いた。


 そしてそれを最大限活用出来る人間、つまり僕を見つけたという訳だ。

 僕の潜在魔力の値は一般的な魔術師の20倍程度あるらしく、これは常識外れの異常な値らしい。つまりルイナスとの相性は抜群、『亀裂』の討伐にはうってつけという訳だった。


「さて、そろそろチャージは十分だろう。実験場に向かおう」

 深夜、4人に学園長も連れて移動を開始する。学園内だというのに、馬車での移動が基本なのが敷地の広さを物語っている。ちなみに例の女魔術師は既に学園に引き渡し、明日から取り調べをしてもらう手筈となっている。


 当然ながら実験場に人はない。誰かに危害を加える事は無いだろう。だだっ広い荒地にぽつんと砦が建っている。教団の屋敷よりも大きいっぽいが、2km程先にある為正確には分からない。


「ある程度距離を取ったとはいえ、大丈夫ですかね? こちらに破片が飛んでくるんじゃ?」

 レインさんが腕を後ろに組みながら師匠に尋ねた。

「まあ、これだけの距離なら問題はなかろう」


 バフ倍率は低い順に適応していく。

 まずライカが僕の肩に手を置き、発動。続いてクラウ様、師匠と続き、最後にレインさん。


「頑張ってね、ランド」


 耳元で囁かれ、ちょっとやる気が上がったが周囲の冷めた目ですぐに落ち着きを取り戻した。

 レインさんが僕にバフをかける。


 グローブ型バフ測定器をオフにして、両手を交差して構える。

 ちゃんと発動するのは久々だ。

 狙いを定め、集中する。


「……解放!」


 手の平から放たれた光線が、砦に向かって一直線に伸びた。

 1秒程の間があって、巨大な爆発が起きる。


「あ、まずいな」


 師匠がそう言って、瞬間詠唱で魔術防壁を展開する。レインさんの予想通り、爆風と共に瓦礫がこっちまで吹っ飛んできたが、防壁に当たって弾かれた。もし防壁が無ければ死人が出ていたかもしれない。


 土埃が舞ってしまって周囲が見えない。


「けほっ、けほっ。ちょ、ちょっとどういう事なのよ! この場所なら安全とか言ってなかった!?」


 クラウ様の訴えに、師匠が答える。


「バフをかける前にレインが一言かけただろ。あれで2、3%上がったんだ」

「そんなちょっと上がっただけで予想が変わるの!?」

「掛け算の恐ろしさだな」

「ていうかランド様もちょっとレインに色目使われたくらいで上がってんじゃないわよ」

「私は色目なんて使ったつもりないが」

「うう……もう嫌です……」


 多少埃が晴れ、ようやく空が見えてきた。

 防壁を解除し、着弾点を確認すると、砦は跡形もなくなり、というかどこにあったかすら分からないレベルで消滅していた。地面も王都の時と同じく深く抉れて消滅している。


「2時間のチャージ、4人の不完全なバフでこれですか。本番が楽しみですね」

 学園長、お言葉ですがあなたはマッド魔術師なんですか。


「いずれにせよ、『亀裂』の事を想定すると更に威力を高める必要がある。花嫁をあと3人。倍率はまだまだ上がる。努力していこう」


 師匠はそう言って、観測用の水晶を仕舞った。


 その時、遠くからキーンという高い音が聞こえてきた。

 音は段々大きくなり、こちらに近づいている。周りを見渡したが何もない。いや音のする方向はむしろ周りというより、上だ。


「ん? 何あれ?」


 クラウ様が指差した方向を見る。するとそこには猛スピードでこちらに向かってくる……船?


 船体は楕円形で木製だが、帆は畳んである。船首はライオンの形をしており、かなりの年代物だと思われる。大きさはそこまででもないが、甲板で宴会が開けるくらいはある。


 船は轟音と共に少し離れた場所に着陸した。再び土埃が舞う。


「明日会わせようと思っていたが、ちょうどいい」


 船から女の人が降りてきた。明るい茶色の長髪で、ローブを着ているから魔術師だと分かる。眼鏡、ではなくゴーグルをかけており、それを外してこちらを見ると、にやりと笑った。


「ああ、やっぱ師匠だと思ったっスよ」

「紹介する。私の弟子のミスティだ」


 師匠が僕にそう言った。ミスティさんはこちらに近づいてきて、僕をじっと見た。


「あ、こ、こんばんは。ランドと言います」

「うわ、マジか。半端ねえ~」


 軽い口調でそう言いながら、僕の周りをぐるぐると見て回る。


「……っつー事はあれとあれが完成したって事っスか? 師匠」

「ああ、見ての通りだ」と、師匠が砦のあった方を指差す。

「ぶはは、マジやべえ〜。異常数値を検知したから飛んできたけど、あれで1発か~。あっ、ていうか、そうか。私こいつと結婚すんのか」


 何かを納得したようにそう言って、僕の手を握る。


「あんた性欲強い?」


 空飛ぶ船、軽いノリ、下品な笑い方に失礼な質問。

 一体何なんだこの人。

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