第3章 学園編

第1話 マーブック魔術学園

 マーブック魔術学園。


 次の目的地はそこに決定した。


 理由は複数ある。


 1つ。そこが師匠の卒業した学園であり、僕が魔術師としての資格を取得する為。

 この国では、マーブックの試験に合格して卒業しなければ正式な魔術師とは認められない。卒業には通常3年かかり、正式な魔術師でないと魔法の戦術的行使は認められていないが、流石に『亀裂』は3年も待ってくれない為、そこは「交渉次第」だと師匠は言っている。


 1つ。『銀翼の運命団』に所属していた女魔術師の素性を調べる為。

 襲撃の翌日から彼女は完全な黙秘を貫いており、クラウ様はすぐに拷問を提案したが残酷過ぎるので良くないと僕が拒否した。ただ、魔法陣の出来からしてマーブックの卒業生、最低でも所属していた事は明らかなので、同行して確認する事にした。


 1つ。僕がレインさんに施した『移植』の魔術の詳細を調べる為。

 あれから師匠がレインさんの身体をくまなく調べたが、どうなっているのかはさっぱり分からなかった。マーブックに行けば専用の研究機材が揃っているし、より詳細な検査が出来る。上手く行けば、レインさんを殺さずに魔石を取り外す事も可能かもしれない。


 1つ。師匠から僕に紹介したい人がいる為。


「ミスティというかつての弟子が、教授としてマーブックにいる。魔術のセンスがあって容姿も優れている。ランド次第ではあるが、もし気に入ったら結婚するといい」


 僕が師匠に引き取られ、弟子入りしたのは5年前。という事は、そのミスティーさんという方はそれ以前に弟子入りしていたという事になる。もちろん初対面だ。


「……ランドは、会った事もない人と結婚の約束するの?」


 ライカが僕の手を握りしめながら問う。女の子とは思えない力で、痛い。


「いや、僕も今初めて聞いた話だから分からないよ。ちょ、手離して。折れる」


「ライカとか言ったわね。ランド様を傷つけたらただじゃおかないから」


 クラウ様がそう言ってライカを睨む。


 馬車の中はアビンダの街に来た時よりも更に最悪な状況に陥っていた。


「ちなみにだが、こいつはランドとしてはどうなんだ?」


 師匠が拘束された女魔術師を指す。


 年齢は30代半ばくらいで、あまり美人とは言えないが、そんな事よりまず物凄く怖い目で僕を睨んでいる。名前も分からなければ一言も喋らないので、恋愛対象とかそういったジャンル以前の問題に思えた。


「……うーん、どうなんでしょう」

「あはは、曖昧な返事をしていると碌な事にならないよ」


 今回も馬車の御者を務めるレインさんがそう言ったので、僕は反省した。


「あ、すいません。あの、恋愛対象ではないです」

「ふむ、そうか」


 師匠はまあ納得した様子だった。ライカが僕の手を握りしめる力も少しだが弱まった。


「まあ、これでミスティを含めて花嫁は5人。ここからは多少厳選していった方が良いかもしれんな」


 そのミスティという方の了承は得たのだろうかと疑問に思ったが、訊くのはやめた。師匠がそんな気の利いた事をしているはずがない。


 という訳で、僕の資格取得、女魔術師の素性捜査、レインさんの検査、ミスティさんの紹介という4つの理由でマーブック魔術学園へと向かう。


 学園は王都からは北西の方角にあり、馬車なら約5日間の道のりになる。


 1日目。


 ライカからの追求が激しさを増す。何度も同じ説明をしたが通じない。師匠から「パーティーに参加しないのであれば次の街で置いて行く」と言われ、何とか同行には納得してくれた。


 2日目。


 ライカがバフの講習を始める。レインさんやクラウ様のような魔術の心得は無いが、魔術に関する本はある程度読んでいた為、3日程で習得が出来そうだと師匠は言った。


 3日目。


 道中で立ち寄った街で偶然お祭りが開かれていた。出店が沢山出て、動物に仮装した住民のパレードをクラウ様とライカと一緒に見た。師匠は人混みが嫌いなので参加せず、レインさんはバフ倍率の高さを理由に馬車の番をクラウ様から命じられた。


 4日目。


 ライカが予想よりも早くバフを習得した。早速、4人のバフ倍率を測る事になった。


 師匠    285%→304%

 クラウ様  283%→295%

 レインさん 328%→399%

 ライカ    NEW 261%


「……もう殺すしかない」


 ライカがそう漏らしたのを僕は確かに聞いた。


 教団奇襲作戦の際、共に戦った師匠とクラウ様の倍率が上がるのは当然の事だが、同行したのに師匠より伸び率が悪かった事にクラウ様はご立腹だった。師匠も300%を突破したが、特に喜んでいる様子はない。むしろレインさんの叩き出した数字に興味を持ったようだ。


「レイン。なんか今すぐランドが幻滅するような事しなさい」

「ははは、何を言ってるんですか」


 クラウ様の無茶振りを、レインさんが爽やかにかわす。


「あんたが400%1番乗りなんて絶対許せないわ。豚よ。豚のものまねしなさい」

「いやいや、本当に何を言ってるんですか」


「私は本気よ。今すぐ豚のモノマネをしなかったら国を取り戻した後すぐ処刑するから」


 暴君にも程がある。『亀裂』を何とか出来ても治世に期待が持てない。


「早くしなさい」

「……え? 本気で言ってます?」

「私はいつだって本気よ。今すぐ豚のモノマネをしなさい」


 レインさんが僕をちらりと見て助けを求めたが、僕がここで何を言った所でおそらくクラウ様は前言を撤回しないだろう。


「……ぶ、ぶひぃ」

「もっと本気で!」

「ぶ、ぶ、ブヒィィィ! ぶひ! ぶひ!」

 かわいい。多分400%超えたと思う。


「……こんなブタ女のどこがいいの……?」


 ライカが深刻そうに呟いた。僕は聞かなかった事にした。


 5日目。


 夜、マーブック魔術学園に到着する。


 広大な敷地に大きな建物がいくつもあり、学園というよりも1つの街だ。寮、農園、港、商店などがある生活ブロックと、学院、研究棟、工場、天文台などがある学術ブロック。そして敷地面積の約7割を占める、実験、開拓域は湖に川から滝が流れ込む豊かな森と、反対側は何もない荒野とに分かれていた。


 マーブック魔術学園は一応この国に所属しているが、他の国からも魔術師が集い、資金もそれぞれの国から拠出されているので、学園内でも当然派閥や意見の対立がある。決して一枚岩ではない組織で、1つの国家並に複雑な関係性と魔術という武力に裏打ちされた独立性がある。


 僕達は世間的には死人の為、事前に師匠が学園の知り合いに連絡を取り、あまり目立たない出入り口からこっそりと入園する事が出来た。

 生活ブロックにある寮にいては何かと問題になる為、学術ブロックにある今は使われていない旧研究棟を丸ごと拠点としてもらえた。たった5人の為にそこまでしてもらえるなんて意外だったが、理由を聞いて納得した。


 師匠の知り合いとは、この学園の学園長だった。


「長旅ご苦労様。あなたが処刑されたと聞いた時は驚かされたけど、よく考えたら死ぬはずなかったわね、サニー」

 学園長は60歳くらいの気品があり穏やかそうなお婆様で、師匠の事を「サニー」と呼び捨てにしていた。そんな風に呼ぶ人はもちろん初めて見た。


「ご協力いただき感謝します」


 師匠が頭を下げている。それだけでも珍しい光景だ。


「いいえ、こちらこそ感謝するわ。『亀裂』を何とか出来るのはあなただけよ」

「はい。お任せください」

 どうやら破壊魔法とバフの件もすでに話が通っているようだ。


「彼がそう?」

 学園長が、僕を見て師匠に確認すると、師匠は頷く。

「そう。なんというか……意外とかわいらしい顔をしているのね」


 言葉を選んでいるのが分かった。おそらく「頼りない」と表現したかったのだろう。だが口調は優しいので嫌味は感じない。


「今のバフ倍率はいくつ?」

「304、295、399、261です。」

「そう。という事は重ねがけで9339%の倍率ね」


 学園長は少し考えた後、こんな提案をした。

「試しに何か適当に吹っ飛ばしてみましょうか」


 穏やかで優しいなんてとんでもない。

 このお婆ちゃん、流石は師匠の師匠だけあって過激派だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る