第11話 ドン引き

 ライカは、本を読むのが好きで、大人しい女の子だ。

 僕も同じく内気な方なので、子供の頃から遊ぶときはいつもどちらかの家の部屋の中だった。


 赤毛のショートカット。肌は白くて背は低い。そしてこれまた僕と同じく、人の目を見て話せないのでよく両親から注意されている。ただ、それが僕からすると他の友だちよりも話しやすく、いつも僕は出来るだけライカの目を見て話す。


 年は一つ上だが小柄なので、ちょっと妹のような感覚を持って接している部分はある。魔術の心得は無いが、僕が師匠に引き取られてからはよく魔術関係の本を読んでいるようだ。


 同郷で幼馴染という事もあり、何でも素直に話せるし、僕にとっては心を許せる相手だ。


「……ランドの嘘つき」


 突如、ライカからの非難が僕を襲う。


「え? う、嘘なんてついてないよ」


 僕はここまでの経緯をざっくりとだが説明しただけだ。


 師匠の開発した2つの魔法で『亀裂』の向こう側を破壊する。その為には7人の女性と結婚しなければならない。世間的には僕達はクーデターのついでに処刑されている。カルト教団の本部を潰してライカを助けた。この中に1つとして偽りはない。


「……嘘つき。ランドは約束した」


「な、何を?」


 ライカはじっとりとした目つきで僕を睨んでいる。


「……私の事が1番好きだって言った」


 ぎゅっと握り拳を作る。


 なんとなく、思い出す。もう10年くらい前。おままごとで遊んでいた時に、「誰が1番好き?」と訊かれてそう答えた気がする。でもまだ僕もライカも5歳の時の話だ。今の好きとは意味が違う。


「……私の事が1番好きなのに、どうして7人と結婚するの……?」


「えっとそれは……『亀裂』を何とかするには必要なんだよ。僕達が破壊出来なかったら、怪物がこっちに来ちゃう。沢山人が死ぬんだ」


「でも私の事好きだって言った。……ランドは言った。なのに何で他の女と結婚するの?」


「ん? いや、あの、だから、破壊魔法の威力を高める為には、どうしても7人バフを使える人が必要なんだよ?」


「……それは分かった」


 良かった。分かってくれた。


「でも分からない。何で他の女なんかと結婚するの? 私が1番だって前に言ってくれたのに……」


「んんん? えっと、その、何度も言ってるんだけど、そうしないと大変な事になるから、仕方なく……」


「あらあら、ランドは仕方ないから私達と結婚するのか、残念だなぁ」


 横からレインさんが茶々を入れてきた。今はやめてください。


「……おかしい。どう考えてもおかしいよ。ランドは私の事だけ好きなはずなのに、どうして他の女なんかと結婚しなくちゃいけないの……? おかしいよ」


 ……。

 た……助けて……。


 ライカとは10年以上の付き合いになるが、どうやら僕は今までこの女の子の事を勘違いしていたらしい。

 泳ぐ視線で周囲に救いを求める。


 師匠は何か考え事をしているようで、口元に手をあてて心ここにあらず。


 クラウ様は珍妙な生物でも見るような視線を僕とライカに投げかけている。


 レインさんはどうからかってやろうかと企みながらにこにこ笑ってる。


 味方がいない。


「……ねえ、ランド。答えてよ。どうして私が1番好きだって言ってくれたのに、他の女と結婚しなくちゃいけないの?」


 無間地獄。そう呼ぶしか無い状況。


 仕方なく、僕は1番頼りになる人に直接助けを求める。


「師匠! 師匠! あの、僕の代わりにライカに事情を説明してくれませんか?」

「あ、逃げた」と、レインさん。


 師匠はやっと現世に戻ってきてくれたようで、僕とライカを交互に見る。


「ん、どうした?」


「あ、その、破壊魔法とバフ呪文の説明をライカにしてもらいたくてですね……」

「そんな事より」

 そんな事より?

「訊きたい事がある」


 そう言うと、師匠は隣に立ったレインさんの服のボタンを開けた。あまりに唐突すぎる動きで流石のレインさんでも反応出来なかったらしく、胸元が露わになる。

 もう少しで乳首も見えそうになっていた。僕は反射的に目を逸らす。


「これはどうやってやった?」


 師匠が指差したのはレインさんの胸元に張り付いた魔石。今も血が流れ、脈打っている。


 あの時は咄嗟の行動だったし、無我夢中になって魔術を使用していた。術式も全然習った通りじゃなかった上に、魔力の流れも全くコントロール出来ていなかった。何度も言うように僕の実力ではなく、この結果はただ運が良かっただけだ。


「あの……自分でもよく分からなくて……」


 師匠が目を細くして僕を見る。睨まれているようだが、そこに乗った感情が疑いなのか怒りなのかはいまいち測れない。


「……人間のパーツ、例えば指とか目とかを魔術で再現する技術は昔から研究されてきた。それらは究極の『機能』を持っているし、失った者に対する救済にもなるからな。だが研究はどれも上手くいかなかった。高名な魔術師が緻密に再現した物であっても、本体と適応出来なかったんだ。何故か分かるか?」


「えっと……」


「人間には自分の肉体以外を異物として判断し排除する機能が備わっている。魔術で作った代替品は、肉体によって拒絶される訳だ。これを専門用語で『拒否反応』と呼ぶ」


 まだ習ってない範囲の事だったので、当然初耳だった。


「私が作った『ポリモドール』は人間の持つ器官をかなり正確に再現し、組み合わせている。だが知っての通り、そこに命が宿る訳ではないし、例えば私が指を切り落としたとして、『ポリモドール』の指を挿げ替えても機能せずにやがて腐れ落ちる」


 王都脱出の際に使った『ポリモドール』。あそこまで正確に人間を模した物を作れるのは師匠だけだが、それでも機能はしない訳だ。


「で、どういう訳だかお前は指とか耳とか簡単な物をすっ飛ばしていきなりレインの『心臓』を作った訳だ。そして問題なく機能している。何故こいつが生きているのか、はっきり言って私にも訳がわからない」


 そう言って、師匠はレインさんの胸の魔石をとんとんと指で叩いた。


「……サニリア殿、次からは事前に何をするか言ってくれると助かる。ランドに初めて見せる訳ではないが、それなりに覚悟がいるからね」


 レインさんはそう言うと、ばっくり開いたシャツを閉じてボタンを止め直した。


「何をこれくらいの事で恥ずかしがっている。約束を忘れたのか?」


 師匠の発言の意図が分からないのは僕だけじゃなくレインさんも同じようだった。


「約束……というと?」

「私の商品を欠陥品呼ばわりした際に約束しただろう。欠陥品でなかった場合はランドとセックスをしてもらうと。皆の前で。騎乗位で」


 なんか耳慣れない条件がまた増えてる。


 と言うか、あれはネッドを欺くための発言だったのではなかったのか。師匠の耐魔スクロールに問題が無い事はレインさんも当然分かっていた訳で、僕達がネッドを疑っていない事を示す為にあえて喧嘩を売るような発言をして、更にそれを師匠が買った事で丸く収めた場面だったはずだ。もちろん僕はその時気づかなかったが、振り返ってみればそうとしか解釈出来ない。


「……サニリア殿。ちょっと待ってくれ」

「何を言っている。約束は守れ」

 師匠は淡々としている。


「……まあいい。それは後だ。今は心臓の件の方が重要だ」


 師匠が僕に向き直り、じっと見る。


 でも先ほどと同じく、僕の答えは「分からない」だ。


 もう1度やれと言われても無理だし、説明しろなんて逆立ちしたって不可能だ。許して。


 ライカがぼそぼそと何かを喋ったので、僕は耳を澄ました。


「……ランド、今、セックスの約束がどうのこうのって聞こえたんだけど……しかも胸を見せた事があるとか……信じられない……」

「あ、いや、その……」

「セックスする約束したの? この人のおっぱい見たの? 何で? ランドは私の事1番好きって言ったのに……おかしいよ……」

 また無限ループが始まってしまった。


「やべぇ奴ばかりですわね……」


 あのクラウ様がドン引きしていた。

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