第4話 1限:魔術史
本来、マーブック魔術学園で魔術師資格を取る為には、最低3年間の在籍期間、必須科目の単位修得、実地研修、そして筆記試験と卒業課題の提出が必要になるのだが、今回僕は学園長の計らいで前2つを「後回し」にしてもらう事で仮資格を得られるようになった。
つまり、今回の『亀裂』消滅作戦が上手くいった後、僕はこの学園に戻ってきて3年在籍し、単位を修得しなければならない。もちろん、その時までこの世界があればの話だが。
実地研修は師匠の指導の下でパーティーに参加する事で達成されるので問題なし。となると、あと達成しなければならないのは試験と課題という事になる。
そもそも、世界を救うにあたって資格の有無など関係無いのではないか、というのはクラウ様の指摘で、それはごもっともだと思ったが事情はそう単純ではない。
「『亀裂』はあれからも拡大を続けている。
師匠は退屈そうに続ける。
「自身の死にさえどの法律が適用されるのかを気にする者がいる」
「まあ、それもそうね。いざ『亀裂』を解決して王位を奪還する時に、いちゃもんを付けられる隙は無くしておきたいわ」
クラウ様はかなり先の事を考えた上で納得したようだった。
それから、僕の勉強会が始まった。
何せ3年間で学ぶ内容をぎゅっと圧縮しようと言うのだから超スパルタになるのは分かっていた。
うず高く積まれた本、穴埋め式の課題スクロール、集中力を上げるポーション。
師匠の所で学んだ基礎があるとはいえ、学習が必要な範囲も密度も圧倒的な差がある。元々僕は頭が良い方ではないし、飲み込みも悪い。でも師匠の期待には答えたいし、『亀裂』を何とかしなければならないという圧もある。
それに、もしかしたらレインさんの問題を解決する糸口が学びによって見つかるかもしれない。
思いながら一所懸命に文字を追い、ペンを走らせる。
本番の試験は、28種類ある科目の中から選択した5科目で行われる。その中から比較的点数を取るのが簡単で、なおかつ僕が苦手ではない物、そして得意な科目を持つ人がパーティーにいる物を選択した。
学園にいるとはいえ、一般の学生に混じって授業を受ける訳にはいかないし、そもそも普通の授業ペースじゃ間に合わない。だからマンツーマンで教える事が出来る人間が必要になるという訳だ。
選択科目その1「魔術史」。
魔術という概念がこの世に生まれてから約1200年の間に起こった主要な出来事を学ぶ科目だ。範囲は広いが試験自体は暗記が主であり、いわゆる応用問題がほとんど無いので努力した分だけ点数は安定する。
そしてこの科目を受け持つのは、なんとライカだ。
「正直言って、驚いている」
師匠は魔術史を選択した事を伝える際にこう言っていた。
「魔術師志望でも無い者が、ただ本を読んだだけでここまで詳しくなるとはな。記憶力自体が良くて、それを頭の中で整理する術にも優れているのだろう」
師匠に褒められ、ライカは困ったように俯いていた。ぼそぼそと何かを喋っているが、聞き取るのは怖いのであえて耳を澄まさなかったが、ちょっとだけ聞こえた。「……ランドの言った事も全部覚えてるよ……」
「831年、戦時の魔術行使における遵守すべき義務を定めたトレイトン条約の中で、第23条では何を禁止している?」
「……本人の合意がない人体実験です。……ただし「合意」の解釈を独自に変えて実験を行う国が多数出た為、842年には国際会議において第23条修正が可決され、それをエヅール、ドリメアを除く全ての国が受諾しました。修正項では人体実験を行う前に動物による実験とその結果の検討、得られたデータの全面的公開が義務付けられていますが、これには強制力が伴いません」
「な?」
もう後半何言ってるか分からなかったレベルだったが、師匠がライカを根拠に選択科目として魔術史を推した理由は分かった。彼女が本で得た知識は確かに本物のようだ。
「うう……」
一気に喋って酷く疲れたようだった。
ここは僕からちゃんと伝えた方が良いだろう。
「ライカ、その知識量で僕の勉強を助けてもらえると凄く助かるんだけど、どうかな?」
「……うう」
ライカの目が泳いでいる。いやむしろ照れているのだろうか。僕は黙って返事を待つ。
「……て」
ぽつりと一文字がライカの口から溢れて僕はそれを拾う。
「て?」
「……うん。ランドの手……握ってもいい?」
「え? ああ。べ、別に良いけど……」
僕は右手を差し出す。ライカは恐る恐る両手で僕の手を掴む。ほんの僅かに頬が綻ぶ。
「……ふひっ、ランドの手だぁ」
何だかよく分からないが魔術史を教えるのは了承してくれたようだ。
「……気持ち悪」
一連の光景を見ていたクラウ様がぽつりと呟いたが、ライカは別に気にしていないようだった。
魔術史の授業は「儀式的魔術」の誕生から始まる。
最近では「儀式的魔術」というと何の意味も持たないおまじない、効果の証明が出来ない怪しげな呪術という意味の言葉として囚われているが、1200年前の人にとっては「儀式的魔術」こそが唯一無二の「魔術」だった。
代表的なのが「雨乞い」だ。渇水に喘ぎ雨を求める農民達の前に魔術師が颯爽と現れ、色々な物を燃やし、デタラメな呪文を唱え、天を仰いで祈りを捧げる。
実際に雨が降れば雨乞いの効果があったと言い張り、降らなければ農民達の神への信仰心が足りないと言い張るので無敵だ。
今現在においてさえ、天候を操る魔術など存在しないというのに、その時代の人々はこのインチキ魔術師の事を心の底から信じていた。
「銀翼の運命団」の事を思い出す。彼らも、処女の血を使ってこの「儀式的魔術」に興じ、人間を「選ばれた者」「選ばれなかった者」の2つに分けていた。そこに明確な根拠はなく、終末論を保証する何かもない。
だが、『亀裂』の登場が彼らの教えを補強したように、何らかの外的要因によってうっかり市民権を得てしまう事が歴史上でも多々ある。
「儀式的魔術」の効果は曖昧であればある程良い。
客観的事実に基づく結果なんて誰も求めておらず、必要なのは主観的な利益だからだ。
だが、これら「儀式的魔術」が魔術史において全くの意味を持っていなかったかというとそうではない。試行錯誤、紆余曲折、適者生存の繰り返しによって、真に効果のある魔術という物があぶり出されていったという過程がある。
それらは時おり時代に現れる偉人達によって体系化され、今はこうして歴とした魔術となり我々の生活を支えている。始まりは闇の中についた正体不明の光だった。それに触れて火傷を負う事によって、人はそれを炎だと認識したのだ。
「……一緒に勉強、楽しいなぁ」
ライカは上機嫌になりながら次々と時代を重ねていく。
それにしても、ライカが魔術書を読んでいる事は知っていたが、ここまで博識だとは思っていなかった。
「どうしてそんなに勉強したんだ? ライカも魔術師になりたいのか?」
ライカの瞳はこちらを向かず、うるうると潤んでいる。
「……ランドがあの女に引き取られてから……ライカ沢山勉強したよ? 嫌だったけどあの女から本を借りて、街の図書館まで毎日歩いて……いつか役に立てるって思ったから……」
「そ、そっか……」
師匠を「あの女」呼ばわりしている所は少し気になったが、だが事実、ライカの知識は今こうして僕を助けてくれている。
「……ねえランド、だから他の女とは別れて?」
「いや、だからそれは……」
不要な問答がたまに挟まるが、それでもライカ先生のおかげで魔術史の勉強は捗った。
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