第4話 突入
360度、どこまでも広がる地平線。遥か下にある村や畑。緑の絨毯のように見えるのは大きな森で、上から眺める渓谷は大地に出来た隙間のようだ。今、僕達4人は空を飛んでいる。僕にとっては2回目の飛行となるが、いくらかマシになったとはいえまだ恐怖心はある。
飛空船「ハネムーン号」
名付け親はミスティとクラウの2人。彼女達にとってはどうやら『亀裂』への突入も新婚旅行の一種らしい。相変わらずライカはこの重婚計画に反対のようだが、船で空を飛ぶ事自体にはわくわくしているようだった。まともに命の心配をしているのは残念ながら僕だけのようだ。
「すごい景色。これがあと10隻くらいあれば世界征服も夢じゃないわね」
「今の所飛ばせるのはあたしとランドだけだけどね。本気で探しゃ10人くらいは見つけられるかも」
クラウの発言はかなり本気っぽく、それに答えるミスティも同じく本気っぽい。
「まあ、世界征服よりまずは『亀裂』を何とかしないとだけどね」
今、僕達は『亀裂』に向けて船を進めている。
現在の『亀裂』周辺の状況はというと、周囲20kmは国が定めた立ち入り禁止区域となっている。その中には2つの村が含まれ、最初に潰されたのを入れれば3つの村の住人が生活を失った事になる。
ダビドから聞き出した所によれば、現在その禁止区域に駐留している軍は我が国が約1万。他国からの応援で更に1万おり、魔術師はその中に700人程が含まれている。本来なら一国を易々と落とせる程の戦力ではあるが、それでも人が足りていないのが現状のようだ。
特に『亀裂』を中心にした半径500mは、ただそこにいるだけでいつ死んでもおかしくない危険領域となっている。それでも使命感からか好奇心からか功名心からか調査に行くパーティーが時折いるらしいが、そのほとんどが『亀裂』にすら辿り着けずに死ぬ。
そんな中、僕達が取る作戦は至ってシンプルだ。
「あ、そろそろ見えてきたわ」
クラウが指差した方向を見ると、確かにそれが見えた。数多の軍勢が円形に取り囲み、その中心点には不気味な紫の光。段々と近づいていくと、それが肩から先の腕だと分かった。以前に見た映像よりも『亀裂』は広がっているらしい。
「ちょっと高度上げよっか。雲の中入るよ」
ミスティさんがそう言って、操舵輪を回す。ハネムーン号が白に囲まれる。冷たいし身体が濡れたが、ギリギリまで人の目に付かない方が重要だ。
「さて、そろそろ準備出来た?」
学園を出発してから1日。途中で眠りはしたものの、12時間は
だが果たして上手くいくのだろうか。僕がそう不安に思っていると、クラウがこう言った。
「そんなに気負わなくて平気よ。失敗したら1回引き返せば良いんだし」
バフの測定以来、クラウは明らかに僕に対する態度を変えている。以前は表面的には従順でも、時折暴力的だったり高圧的だったりしたが、今はただただ優しい言葉をかけてくれる。
「……ランドは失敗なんてしない」
ライカは相変わらず、狂信的と言えるくらいに僕にべったりだ。バフ測定後に命乞いをして許してもらったら、もし最下位になったら殺すとのありがたいお言葉を頂いた。前はこういうライカの態度を見るとクラウが皮肉や嘲笑を口にしたが、今はそれもなく、ただニコニコ見守っている。
それがむしろ恐ろしい
。
「そろそろ『亀裂』の真上っスよ。高度下げるんで発射準備よろ」
ミスティさんがそう言うと、すぐに雲の下に出た。さっきまで遠くでぼんやり見えていた腕が今ははっきり見える。もちろん映像でも何度か見たが、その大きさを間近で実感すると、確かにこんな腕の持ち主がこちらに来たら世界が滅びるのは当然のような気がしてきた。
僕は手を構え、狙いを定める。3人が順番に
さあ、もう逃げる事は出来ない。
「……解放!」
巨大な腕に向かって真っ直ぐに光が伸びた。
続けて爆発。見るのは3度目だが未だに僕がこれを起こしている事に実感がない。
地上にいる兵士や魔術師達は突然の衝撃に驚いて空を見上げているだろう。爆発は彼らのいる所までは届いていないので、怪我人は無いと思うが、一応無事を祈っておく。
土煙が段々と晴れていき、『亀裂』が僅かに見えた。僕達は全員目を凝らしていたが、最初にクラウが声をあげた。
「……開いた!」
ミスティさんが続けて叫ぶ。
「掴まって!」
僕は柱に捕まる。
猛スピードで重力に引っ張られていく。落ちる感覚と同時に身体が浮く感覚。もう片方の手は怯えるライカと繋ぎ、握りしめる。段々と近づいていく『亀裂』。その近くに、先程までそこから伸びていた腕が肉片となって散らばっており、緑色の血液が大地を染めていた。
「このまま突っ込むよ!」
『亀裂』の大きさは船の直径よりも少し広いくらいで、舵取りに失敗すればそのまま地面に叩きつけられる可能性すらあった。あるいは『亀裂』から再び別の腕が伸びて来ないとも限らない。
恐怖心が最高に達したその瞬間、僕達は『亀裂』を潜り抜けた。
周囲の景色ががらりと変わった。早すぎてどう変わったのかは確認出来ないが、入った瞬間にもういつもの世界ではない事は分かった。ハネムーン号は急上昇し、身体には別方向の圧力がかかる。まずい、気持ち悪くて吐きそうだ。
振り返ると、腕を失った巨人がいた。その周囲にも他の形をした巨大な怪物がおり、今更ながら最初に『亀裂』を偵察した兵士の証言が嘘ではない事が分かる。片腕の巨人は何が起こったのか分からない様子で、喪失した肩から先を見ていた。何匹かの怪物が『亀裂』を通り抜けてきた僕達の存在に気づき、こちらを見つめる。
「とりまここから離れるよ!」
上空に向かってもう1度加速する。視線を空に向けると、そこには一面の赤が広がり、遠くに黒い月が見えた。
その時、何故か僕は無性に、この光景を懐かしく感じた。1度も見た事などあるはず無いのに、それは奇妙な感覚だった。
「……『黄泉』の空は赤く、月は黒い。土は熱く、水は苦い」
突然、ライカがそう言った。僕がそれに気づくと、ライカは俯きながら補足した。
「……あ、あれから例の本をくまなく調べたの。『黄泉』に関する記述は全部覚えてきたよ」
僕に授業する傍でそんな仕事をしていたらしい。単純な興味からなのか、僕に対する好意の表れなのかは分からないが、少しでも情報があるのは何かの役に立つかもしれない。
「なら、飲み水は魔術で確保しないと駄目そうね」と、クラウ。
「雨とか降んのかな、ここ。まあ微妙に湿気あるし呼吸も出来てるから、空気中の水を固めりゃいけっかな」
「それより食料が心配ですわ」
「一応1ヶ月分は圧縮して持ってきたけど、それ以上長くなるならあいつら倒して食うか」
「……私は遠慮しておきます」
既にこの場所に適応し始めている2人とは違い、僕はただただ目の前の光景に言葉を失っていた。
ここが『黄泉』。怪物の国。僕達はここでやる事がある。
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