第3話 距離

 人は汚れを知って大人になる。


 田舎で暮らしていた時分、誰だったか、そんな事を言っていたのを思い出した。世の中は子供が思っている程単純じゃなく、欲望は無尽蔵に湧いて人と人の隙間を埋める。その溝には目を覆いたくなるような汚い物が挟まっている事もあって、それを否定するとこの世界はバラバラになる。


 師匠は僕を手で射精に導いた。


 行為の最中、何故か僕は師匠の所に来た初めての夜を思い出していた。山道を歩いて身体は疲れていたが、妙に頭が冴えていて眠れない。これからこんな山の中であんな美人と一緒に暮らすと思うと、妙に心がむず痒くなった。もちろん、立派な魔術師になるという目標はあったし、師匠は僕みたいな子供に興味はないだろうと思っていた。ただ、僕は潜在魔力という幸運に恵まれただけであって、僕の想像するような関係はもっと人間同士の深い所で繋がる事が必要だと思ったのだ。


 とても気持ちよかった。


 師匠の指は滑らかで、元々が器用なのだ。僕の表情や声から反応をつぶさに読み取り、緩急を交えたストロークで魔法の杖を素早くしごいた。されているという感情に、されている所を見られているという感情が覆い被さり、逃げ場のなくなった快感が出口を求めて渦巻いていた。僕の目には師匠の美しい横顔が映り、鼻先をくすぐる師匠の匂いには甘さすら伴っているようだった。


 あ。


 かくして絶頂を迎えた僕の精液を師匠は素手で受け取り、牢の中に入ると、トレイスの身体を借りた謎の存在にそれを渡した。出たばかりのそれを一口舐めると明らかに表情が変わった。口角は限界まで釣り上がり、目を大きく見開いてこちらを見ている。


「素晴らしい。実に素晴らしい。もっと欲しい。これを私の物にしたい」


 トレイスの中のそれは、何度も何度も同じ事を呟いていた。全て舐めさせた後、師匠はハンカチで手を拭いて、僕の所に戻ってきた。


「ご苦労。自力で立てるか?」


 どうやら僕は気付かぬ内に腰砕けになっていたようだ。膝に手をついて身体を起こそうとしたが、足に力が入らずにヨロヨロと倒れそうになった。


「手を貸そう」


 今さっきまで僕のをしごいていた手で、肩に手を回す。


「……初めてしたが、上手く出来ていたなら何よりだ」


 師匠は僕にそう言った。僕は何も言えず、師匠の肩を借りて階段を上っていた。半泣きだった。


「……何かあった?」


 自室に戻り、今日の分の勉強を始めるとライカが僕の顔を覗き込んできた。


「ん? んんん?」

 隣にいたクラウも僕の顔をまじまじと見つめる。


「な、何もないよ」

 そう答えたが、2人の疑いの眼差しは変わらなかった。


「いや絶対何かあったわ。その表情。何よ。言いなさいよ」


 捻り寄られ、胸ぐらを掴まれ、決して嘘をついて誤魔化せる雰囲気では無くなってしまった。


「……言って。ランド」

 仕方なく、僕は地下で起こった事の一部始終を話した。


 2人は僕が話している最中は黙って聞いていたが、話が終わると同時に2人合わせてこう言った。


「今すぐちんこを出しなさい」「……おちんちん出して」


 何となく、こうなる事は分かっていた。


 最早これはいじめだ。深刻な人権問題が発生している。


「はいはいそこまで、2人とも」


 そこにミスティが現れた。助かったのか、更に窮地に追い込まれたのかはまだ分からない。


「明日はいよいよ『亀裂』に出発っスからね、勉強も程々にして休みましょうねえ」


 どうやら前者だったようだが、2人は決して納得していない。


「こんなのどう考えたって眠れる訳ないでしょう」

「……嫌だ。私もランドの抜く」

「ミスティ、大体ポッと出のあんただってまだ始末はついてないんだからね。何勝手に私の夫の魔力使ってオナニーしてんのよ。この変態女」

「ちょ、それは心外っスよ。あたしはただ魔導工学研究の一環として新たな技術を自分の身体を使って試してみただけであって……」

「……魔術史、たくさんの人が世代を超えて繋いできた。子孫繁栄、絶対……」

「あんたは何抜け駆けしようとしてんのよ。てか待って。まさか童貞まで失ってないでしょうね!?」

「いやーそれは流石の師匠でも無いんじゃないっスか? 高齢処女のガードはなかなか硬いって聞くし」

「何の話してんのよ。いやもう何も信じられない。どうして私に無断でちんぽ使ってんのよ」

「……ランドの物、私の物……私の物、ランドの物……」


 もう何が何だか分からない。好き勝手に喋る3人の前で、僕は意識が飛びそうになる。


「分かったわ。久々に計りましょう。はっきりさせるにはそれしかない」


「あ、それは良いっスね。何気にあたしまだ1回もバフ倍率測ってないんスよ。まあかなり高いのは分かってるんスけど」

「……ランド、私が1番。証明して……」


 どういう訳だか、話の流れでバフ倍率の計測を行う事になってしまったらしい。

 まあ、それに関しては僕も気になってはいた。ここの所ずっと勉強を教えてもらっていて、少しずつだが気軽に話も出来るようになってきた。以前より壁が無くなったのを感じる。


 4人で師匠とレインさんの所に行き、バフ倍率の計測を提案すると快く受け入れてくれた。どうやら師匠としても出発前に1度は測っておこうと思っていたらしい。


 師匠    304%→412%

 レインさん 399%→405%

 ミスティ  NEW  348%

 ライカ   261%→329%

 クラウ   295%→302%


 今まで独走態勢だったレインさんを抜いてトップに躍り出たのは師匠だった。これには師匠も珍しく驚いていたが、気のせいでなければいつもより僅かに頬がゆるんでいた。


「いやこれ、完全に手コキ効果っしょ」

 ミスティの指摘を否定出来ない僕がいた。


 レインさんは前回とほぼ変わらず。それも仕方ない。心臓の検査でほとんど会えなかったし、それでも1日1回は様子を見に行っていたが、あまり一緒に過ごす時間は取れなかった。というより、前回の結果から最下位の人が意図的に僕とレインさんを離していた疑惑がある。

「ふむふむ、ちょっと残念かな。もう1回おっぱいを触らせれば復活する?」


 そして初登場で3位に入ってきたミスティ。おそらくだが、ダビドに襲われた時の事が強烈に印象に残っているというのはある。あの時、本当に何も起きなくて(ダビド自身は大変な事になったが)心から良かったと思った。あとぶっちゃけた話、このメンバーの中で1番気兼ねなく話せるのはミスティだったりする。

「ん〜もうちょっと上げてえな。やっぱり手コキしか……」

「ミスティ、しつこいぞ」

「……うっス」


 4位のライカは僕を殺す為の凶器を探しに行った。


 そして最下位のクラウ。


 バフ倍率が出てからというもの一言も喋っていない。ただ無言でじっと僕の事を見ている。睨むでもなく軽蔑するでもなく、ほとんど無感情な視線が、逆に恐ろしい。


「……あ、あの」

「……何?」

 明らかにいつものクラウではない。

「前より、クラウの事も知れて、少しずつだけど倍率も上がってるよ」

「……そうね」

「だからその、えっと……上手く言えないんだけど……」

「……うん」

「このまま勉強とか教えてくれると、嬉しいかな」

「……うん」


 そう言うと、クラウは重い足取りで自分の部屋に戻って行った。

「やっちゃったね」

「フォロー下手すぎません?」

「それはある」

 ミスティとレインさんがそう話していたが、僕には意味がわからなかった。

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