第8話 ポリモドール

 おおよそ魔術に関する事ならば、僕が今まで見てきた誰よりも深い知識を有し、高いレベルでの実行も可能な師匠。

 中でも得意分野、主な研究テーマは「物質を介した魔力の流動と性質の変化」についてだ。


 ある物質の中に魔力を流し、本来その物質が持ち得ない性質を持たせたり、通常ならば起こりえない挙動を可能にする事が出来る魔術。

 具体例を挙げるならば、鉄をぐにゃぐにゃに変形して加工を可能にするとか、水同士にお互いを反発する性質を持たせて破裂させるとか。


 この辺りはまだ初歩的で、時間はかかるが僕にだって出来る。師匠はこれに加えて植物と金属を混ぜ合わせたり、人体を物質と解釈し治癒力を高めたりなどもする。かなりの高等技術だ。


 バフ倍率を測定する機械をここに到着してからあっという間に作ってこれたのもこの力による所が大きい。


 この分野は所謂五感を超越する事を目的とする儀式的な魔術や、戦略的に有効な手段を追求する旧来の魔術とは違い、人、物、命そのものといった、存在のあり方を問うような挑戦的な試みを多く含む為、理解を得られにくいという側面がある。


 と、ここまでが僕の主観混じりの受け売りだ。僕も一所懸命学んではいるが、何せ難しい。


 師匠の出す課題を1つ1つクリアしていくだけでも大変だというのに、今は『亀裂』問題の解決に向けて働かなくてはならない。


 少なくとも後4人の嫁が必要な状況にある。

 そんな深刻な状況だというのに、僕は今、物凄く情けない状態にある。


 我ながら何故こんな事になったのか。


 みじめだ。


 ベッドの中。僕の隣では裸のクラウ王女が目を閉じて呼吸している。

 長い睫毛が印象的で、唇はぷるんと潤い、白い肌が夜の薄闇に映える。


 一糸纏わぬ少女と寝床を共にしておいて、何をもって情けなくみじめな状態なのか? 答えは簡単。彼女は「偽物」なのだ。


 師匠の魔術の特殊性は先にも述べた通りだが、物質特性の変化を応用した高等魔術の1つに、師匠が「ポリモドール」と名付けた魔術がある。


 これは、個人の容姿を模写した人形を作るという物だ。つまりは人体のコピー。

 髪の毛や皮膚などの素材は必要だが、表面上はもちろん内臓まで完璧に複製する。


 ポリモドールは生命を持たない。魔力によって心臓を動かし、血液を体内に循環させ、肺を使って呼吸するが、脳が機能していない為目覚める事はない。


 傍から見るだけなら本物にしか見えないが、喋り出したり自ら動いたりは決してしない。あくまで人形。しかも3、4日で形状も保てなくなる。


 師匠が作った精巧なクラウ王女の人形と僕が何故裸になって添い寝しているかというと、こういう命令が下ったからだ。


「ランド。君はもっと女の子の身体に慣れるべきだ」


 クラウ王女の過剰なスキンシップによりバフ倍率が減るや否や、師匠に童貞をバラされた僕に拒否権は無かった。

 情けない状態とはつまりこの事。僕は今、女の子の身体に慣れる為という目的で人形をあてがわれて、しかもしっかり緊張してしまっている。


 師匠の「ポリモドール」があまりにも精巧過ぎるのが1つの原因だ。

 何ら遜色なく、見た目だけは本物の人間に見える。現にもしこれが女王陛下にバレたら、僕は処刑されるかもしれない。


 一応、乳首と局部だけは再現せずに作られているが、それでも腕に当たる胸の膨らみや柔らかさは昼間に触れた本物と寸分違わず同じであり、それを思い出すと更に興奮する。いや、興奮するな。


 はぁ。

 眠れない。

 眠れる訳がない。


 翌日。


 女王陛下からの呼び出しを受け、眠い目を擦りながら広間にやってきた。

 既に師匠は来ており、バフ呪文の講習を行なっている。それを聞いているのは、15名程の若い女の子達だった。


「おはよう。眠そうだな」

 師匠が僕に気づいてそう声をかけると、一斉に女の子達が振り返って僕を見た。ざっくりと見る限り、みんな若くて綺麗で頭が良さそうな顔立ちをしている。


「あ、お、おはようございます」

 挨拶すると、女の子達の何人かは「おはようございます」と返してくれたが、何人かはひそひそと何やら内緒話をしていた。


「術式の解説に戻る。ランドはそこでしばらく待っていろ」

 師匠にそう指示され、僕は集団から距離を取って座った。

 講習中も、ちらちらとこちらを見る視線が気になって、何とも落ち着かない雰囲気だった。


 それから30分程して講習が終わると、師匠が朝食を食べている僕に近づいてきた。女の子達もそれに従ってぞろぞろとついてくる。


「これから1人ずつ、ここにいるランドと自己紹介兼軽い雑談をしてもらう。話す内容は自由だが、持ち時間は1人につき10分。その後バフの測定を行い、200%以上の倍率を出した者のみ残ってもらう」


 僕にとっても初耳だ。思わず飲み物を吹き出しそうになったが何とか堪える。


「ど、どういう事ですか師匠」

「君は何もせず普通にしていれば良い」

 そう言われても、今からここにいる全員と10分ずつ話すという事は、必然これから3時間近く色んな女の子と話さなくてはならない訳だ。


 人形相手に興奮する糞童貞の僕が「何もせず普通に」なんていられないのは目に見えていた。

「時間が惜しい。さっさと始めよう。私は用事があるのでこれで。また後で戻る」

「サニリア様、順番はどうしましょう?」


 女の子の中の1人がそう尋ねると、師匠は面倒そうに答えた。

「そこにいる兵士が決める」


 振り向くと、レインさんが立っていた。いつの間にという感じだが、ここにいるという事は必然的に……。


「ん、じゃあクジで適当に決めようか。公平性を期すために自分の回が来るまで他の子は別室で待機で。あっと、安心してくれ。護衛として私がいるから完全に2人きりにはならない」


 どうやらレインさんは同席するらしい。他の女の子と話す所を見られ、その内容も聞かれる。何故かは分からないが、妙に恥ずかしい。気づくと師匠はもういなくなっていた。


「では、始めよう」

 こうして、突然の嫁オーディションが開催される事になった。

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