第9話 すとん

 1人目の子は、宮廷魔術師会の偉い人の娘さんで、今年学校を卒業したばかりの17歳だった。


 名前を名乗った後は、ひたすら魔術の知識について質問をされて、僕はその2割もまともに答えられず沈黙が目立った。


 特にバフ呪文に関しての理論などを根掘り葉掘り聞かれたが、ごめんなさい。分からない。専門的過ぎます。


「……こう言うのは失礼かもしれませんが、この程度の初歩的な事も分からない方に父が否定されたのを不快に思います」


 と最後に言われた。どうやら、前回の測定時に門前払いされた人の中に彼女のお父さんがいたらしい。


 バフ倍率測定。

 121%。


 去り際、ものすごい顔で睨まれ、僕は萎縮する。


 これをあと14人も……?


 2人目は僕より若い、14歳の学生さんだった。


 彼女にもバフ呪文の術式に関する質問を最初はされたが、こいつと話しても埒があかないと思われたのか途中で打ち切られた。


 それからは、出身とか好きな食べ物とか当たり障りの無い話が続いた。


「あらまあ、山で暮らされていたのですか? そういう方達って土とか犬とか何でも食べるって聞いた事がありますけど、本当なんですか?」


 土とか犬とかは食べないよ、と僕は答えた。


 天然なのか分からないが、物凄く馬鹿にされた気がした。


 彼女は貴族の出身らしく、何か喋るたびに「一般の方は……」とつけるのが気になった。


 バフ倍率測定。

 134%。


「仕方ないですわね。一般の方と私達では趣味も意見も合わないでしょうし」


 と捨て台詞を吐かれ終了。2人目にして精神崩壊寸前である。


 容赦なく3人目。


 物凄く美しい人だった。


 前の2人も顔立ちは整っていたが、この人は頭1つ抜けている。


 透き通るような肌に整った顔立ち。ちょうど師匠を10歳くら若くしたような感じの、クールな麗しさがある。


 彼女からは魔術に関する質問は一切されなかった。話した内容としては、今回の『亀裂』に関してどう思っているか、というのが中心だった。


「ランド様は『亀裂』の正体を一体何と考えますか?」


「しょ、正体、ですか。うーん……」


「巷では『怪物は神であり、驕り高ぶった人間に制裁を加える為に現れた』とか『来たる戦争を経て生き残った者は福音を得る』など様々な意見が飛び交っていますが」


「そ、そうなんですか。はぁ……」


 1人目の子とは別の方向で話しが専門的過ぎて、会話についていけない感じだった。


 彼女は態度に出していないが、あまりに考え無しな僕への失望は容易に想像がつく。


「計測する前に、言っておきます。私が選ばれる可能性は低いと思われますが、私はこれからも『亀裂』に関して自分の出来る限りのアプローチをしていきますので」


 という宣言で終了。


 独自の世界がある真面目な人だな、と思った。


 バフ倍率測定。

 182%。


 ここまでで1番惜しい数字が出た。


 性格的には全く合わなそうだが、その美しさだけでも結構数字が出てしまったという事実がちょっと恥ずかしい。


 レインさんにもしっかり見られた。


 4人目。


 とてもかわいらしい子だった。年は同じで、今日はは隣国から来ている使者の方の紹介で参加したらしい。


「訓練場のあの穴って、ランド様が魔術であけたんですよね? 本当にすごいです! 尊敬します!」


 開幕僕を持ち上げる彼女に、思わず頬が緩む。


 しっかりしろ! レインさんが見ている!


 だがそれからも、僕が言う事にいちいち驚いてくれて、嬉しそうに頷く。


 相槌が上手いんだろうか、すごく喋りやすい。



「あの、ちょっと勇気のいる質問なんですけどぉ……」もじもじしながら「ランド様は、結婚したら何人くらい子供が欲しいですか?」


 僕は慌てふためきながら、まだ考えられないというような事をかろうじて応えると、彼女ははにかんで「私もそうです」と言った。


 和やかなムードで会話が進行する。


 確かに相手が合わせてくれているというのもあるのだろうけど、単純に気があうような感覚もちょっとある。


 仲を深める為にも一緒に旅行に行きたいとか、その前にまずは食事をしたいとか、故郷の両親に是非とも会ってもらいたい。きっと歓迎する。みたいな話をされて、僕も満更ではなかった。


 あ、これはきっとバフ倍率200%越えるだろうな、という予感があった。


 その時、ノックの音がして一瞬扉の方を見た。


 すとん。


 振り返ると彼女の首から先が無かった。


 ごろん。


 今の今まで笑っていた彼女の顔が頭ごと床に転がり、首の骨は露出して肺から漏れた空気が僕の前髪を吹き上げた。


「いや嘘でしょ」


 と、僕は口に出した。


 その発言にほとんど意味は無い。


 目の前で何が起こっているのか、理解も出来れなければ何なら認識もしていなかった。


 だが、隣を見ると血まみれの剣を持ったレインさんがいる。


 そこにいつもの笑顔はなく、底冷えのする表情でたった今死体になった4人目の子を見下ろしている。


 僕の喉から大声が、出たつもりだったが、空気が足らずに掠れた声しか出なかった。


 呼吸がおかしい。いや、今起きているこの状況がおかしい。


「レ、レインさん。何が……え? な、何で。し、死んでないですよね?」


 それはまさしく愚問だった。彼女の首と胴体は離れてから既に数秒が経過している。


 身体は机側に寄りかかり、頭部は椅子側に転がっている。


 吹き出す血は止まる気配がない。気づくと僕も血まみれだった。


「ん? ああ。脅威を排除しました」


「きょ、脅威って……」


 僕と彼女が良い感じになっていた事を指して言っているのだろうか、そう思い、僕はようやく恐怖という感情を思い出す。


 レインさんは剣についた血を布で拭っていた。


 立ち上がろうとしたが出来なかった。膝が言う事を聞かない。


 その時、死体となった彼女の手の平から、『光の線』が血の中に落ちた。


 何だ? 糸? いや針か?


 反射的に手を伸ばそうとすると、レインさんの持った剣が僕の前に差し出された。


 僕も殺される。一瞬そう思ったが違った。


「触れないでください。その針には毒が塗られています」


「ど、毒?」


「彼女は暗殺者でした。ランド様を殺す為に近づいてきたようです」


 ノックの音が再び鳴った。


「私が出ます。ランド様はそのままで。何も触れないでください」


 言われた通り、僕は手のひらをまだ震える自分の膝の上に置いてレインさんを目で追った。


 欲を言えば死体から一刻も離れたかったが、自力での移動は無理だ。


 ノックの主は師匠だった。


 部屋に入ってくるなり僕とレインさんと死体を見ると、瞬時に状況を理解した。


「暗殺者か。思っていたより早いな」


「ええ。素性はこれから調べます。サニリア殿は?」


「少し胸騒ぎがしてな」


「ふむふむ」レインさんは何かを納得したように頷き、それから僕を見た。「……今日はこれ以上の面談は無理でしょうね。それに他の暗殺者がいないか調べる必要も出てきました」


「分かった。女王陛下への報告は私からしておこう」


「お願いします」


「あ、それとランド。ライカを呼んでおいた。彼女ならそこそこ高いバフ倍率が期待出来る」


 ライカというのは僕の幼馴染の女の子の名前だ。


 でもわざわざ今するか? その話。


 まだ目の前で起こった出来事についていっていない僕とは違い、レインさんと師匠はまるでそれが日常であるかのようにテキパキと必要な事をこなしていった。


 僕は恐る恐る手を挙げる。


「あ、あのすみません。腰が抜けて、立てないんですが……」


 その後僕はレインさんにお姫様抱っこをされて、他の女子達が見守る中、自分の部屋に戻っていくのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る