第7話 3匹の女豹

 左腕に感じる膨らみは、本来なら国を作る為の物だ。

 会議を終え、自室に戻ろうとした所をクラウ王女に捕まり、連れてこられたのはクラウ王女の私室。


 来賓用の寝室もかなり豪華だが、王女の部屋はそれに輪をかけて凄い。

 天蓋付きのベッドにシルクのカーテン。化粧台は何故か3つもある。必要なんだろうか。


 されるがままソファーに座らされた僕の二の腕を、クラウ王女がぎゅっと掴んで身体を寄せた。

 不敬な言い方になるが、胸を押し付けている状態だと言える。

 更に不敬な言い方にすれば、「誘っている」感じだ。


「ねぇランド様、私はね、あなたの事が気に入っているからこうして部屋に呼んだのよ?」

 クラウ王女が耳元で囁く。吐息があたり、僕の身体は更に硬直した。


「あなたもこれから大変だと思うけど、誓って欲しいなって思ってる訳」

「ち、誓う?」

 何を?


「そう。これから先、誰が現れても私が1番だとここで言い切って欲しいのよ。そうじゃないと、不安で不安で私泣いちゃいそうになるの」

 クラウ王女は感情を込めてそう言っていたが、申し訳ないが僕もそこまで馬鹿ではない。


 師匠譲りの観察によれば、嘘とまでは言わなくても大袈裟だ。

「いやあの、まだ僕自身恋愛とか結婚とかピンと来てなくてですね……。だからその、なんというか……」


 我ながら煮え切らない態度だと自負するが、ここで言われるがままに宣言すれば、後々大変な事になる予感がする。それに、僕を見つめる2つの視線もある。

「どうした? こっちを見て」

「ふむふむ。助けて欲しそうですね」


 師匠とレインさんも当然のように同行している。

「ていうか何であなた達がいるのよ。誘ってないんだけど」


 僕の腕にしがみついたまま、クラウ王女がそう言うと、レインさんは「護衛ですよ」と短く答え、師匠は「倍率を上げる為の情報収集といった所だ」と僕をじっと見ながら言った。

「ねぇランド様、2人きりになりたくない?」


 クラウ王女の攻めは続く。とんでもなく積極的だが、僕は分かっている。

 これは彼女の本心からの行動というよりは、少しでも優位に立とうという策略だ。彼女は何よりも序列を気にしている。


 困る僕に師匠が助け舟を出してくれた。

「ところでランド、いくつか確認しておきたい事がある」


「な、何ですか?」

「君は年上と年下どっちが好きだ?」

「え!?」


 ストレートな質問だが、師匠は至って真剣だ。嫁候補を探す為のヒントにするのだろう。

「わ、分かりませんよそんなの」

「ふむ」


 というか、僕より年下となるともうそれは完全に子供なのではと思う。

 恋愛対象以前の問題というやつだ。

「仮に年上好きだとしても限度はあるだろうけどね」


 レインさんが何気なくそう言うと、師匠が横目でレインさんを見た。

 クラウ王女の参戦によって曖昧になっていたが、この2人の敵対関係は解消されていないようだ。


「ていうかまず年上好きっていう前提が無いでしょ。だって私が1番だし」

 クラウ王女が割って入る。


「そうですかね? 第一印象では私の方が倍率は上でしたよ?」

 初対面の計測時は確かにクラウ王女の倍率は198%で、レインさんは225%だった。そこだけ見れば年上好きと判断されてもおかしくはない。


「それはえっと……たまたまよ」

「私の作った装置にたまたまはありません」と、師匠。

「じゃあどうせレインが色仕掛けか何かしたんでしょ?」


 それをあなたが言いますか、という感じでレインさんが首を横に振る。

「……ムカつく。分かったわ。もう1度測りましょう。もうそろそろ300%を超えてるはずだし、ぶっちぎりで分からせてやるわ」


 クラウ王女が言うと、その提案に師匠も乗った。「そろそろ追加計測しようと思っていた」と言って測定器を取りに部屋を出て行く。

「それなら、改めて測る前に……」

 レインさんがずいと近づき、顔を寄せてきた。


「私の不利を無くしておこうかな?」


「駄目ーーー!!!」

 耳元で大声がして僕は飛び跳ねそうになったが、腕を押さえつけられていた。クラウ王女が更に力を込める。


「勝手にキスしたら絶対許さないから!」

 レインさんはふふふ、と意味ありげに笑って、元の体勢に戻る。


「冗談ですよ。無許可で人の唇を奪うほど私は行儀悪くありませんから」

 2度目の測定。クラウ王女だけは3度目。


 かなりまずい結果が出た。


 レインさん  278%。

 師匠     280%。

 クラウ王女  232%。


「ちょ、ちょっとこれどういう事なのよ!!」

 クラウ王女が僕の襟首を掴んで激しく揺らした。


「おやおや? これは嬉しいね。キスもまだなのにここまで上がるなんて」

 前回から53%アップしたレインさんは余裕の表情。

 一方、更に上昇しトップに立った師匠はむしろ訝しんでいる様子だ。


「まさかここまで簡単に上下するとは思わなかった。想定していた振り幅より遥かに大きい」


「あんたねえ、私の唇を奪っておきながら、何速攻で飽きてんのよ! もう! 信じられない!」

 明らかな憎しみを込めて、僕の首を絞めるクラウ王女。殺意がある。死ぬ。


「それだよそれ」と、レインさん。「どうやらランド君は控えめな女の子が好きなようだね。クラウ様が迫れば迫るほど、倍率は下がりそうだ」


 僕の心拍数も下がりそうだ。レインさんの言葉を聞いてようやくクラウ王女は僕を解放してくれた。

「……ふむ。おそらくこの上昇は、前回のやりとりの後でランドが私の事を恋愛対象として見始めたという事かな?」


 師匠の冷静な分析も、今は火に油だ。クラウ王女は行き場を失った怒りをソファーに向かって拳でぶつけている。

「あんた達見てなさいよ! 次は必ず追い越してやるんだから!」


「ふふふ」レインさんは笑いながら「なら、その態度を何とかしなくてはね」


 一方で師匠は更に考察を続ける。

「あるいは、身体的接触が裏目に出た可能性もある。キスした直後一時的に上昇したのは確かだが、冷静になってからは後悔や後ろめたさといった感情が湧き上がったのだろう。ランドは童貞だし、あり得る話だ」


 師匠によってさらりと暴露された僕の個人情報。

 スルーしてもらえるとありがたかったが、しっかり2人は食いついた。


「ほうほう、童貞ね」

「あ、やっぱり童貞なのね」

 顔が真っ赤になっているのが分かる。


「ま、まだ、じゅ、15歳ですし……は、早いですよ、そういうのは……」

 必死に言い訳をしようとするが、自分で言っていて無駄な抵抗感がすごい。


「でも真面目な話、これから倍率を上げていくには必須なんじゃないの。身体的接触」

 クラウ王女の指摘に、師匠が頷く。


「ま、それはそうでしょうね。最終的には結婚しなくてはならないのだから、キス程度の事でここまで数値を上下されると私としても困る」

「ふむふむ」


 3人が僕を見る。消えてしまいたい。

「1つ、試したい方法がある」


 師匠がそう言って魔術書を開く。嫌な予感がしたが、童貞に発言権は無い。

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