第6話 『亀裂』対策会議

 大広間には、女王陛下を筆頭とするこの国の要人達。

 宰相、大臣、将軍、宮廷魔導師筆頭のダビド氏の姿もある。


 初日の作戦室にいたほとんどの面子で、レインさんからざっくりと誰が何の役職かを教えてもらったが、まだ名前と顔は全然一致しない。

 今回はそれら我が国の偉い方たちとは別に、同じくらいの人数の他国の使者達が卓を囲んでいた。


 周辺国のみならず遠く離れた場所からも、その国の大臣クラスの人達がわざわざ来ているのだ。

 同盟を結んだ国の人もいれば、一応停戦中という事になっている敵国の人もいる。ほとんど交流の無い国もある


 そんな方々の中に、師匠と僕が座っている事にはかなりの違和感があった。

 しかも座っているのは女王陛下のすぐ隣で、ただでさえ注目度が高い。


 席の後ろには護衛としてレインさんが立っており、女王陛下を挟んで反対側にはクラウ王女がいる。師匠はともかく僕は場違いだ。

 これだけの人が集まって話す事は1つ。『亀裂』への対処についてだ。


「さて、早速だが本題に入ろう。まずはこちらをご覧いただきたい」

 この会議の司会進行役とも言えるダビド氏がそう宣言すると、天井に空いた小さな穴から、霧状になった水が噴射された。


 同時に、その下に置いてあった水晶玉が光を発し、霧に向かって映像を映し出す。

 映像の記録と再生が出来る魔術装置の話は聞いた事があるが、実際に見るのは初めてだった。


 それは現在(正確には2日前)の『亀裂』の様子だった。


 穴からは巨大な瞳が覗き、こちらを見ている。

 焦土と化した村の残骸は痛々しく、草木は炭化し家屋はそこにあった跡だけが残っている。地面も酷く荒れていた。


 『亀裂』から50mほどの距離を置いて、魔術師達が半透明の魔術防壁を展開していた。

 更にその内側では、武装した兵士達が『亀裂』を眺めている。


「現在は常時魔術師100人体制で昼夜を問わず交代で防壁を張っております。我が国の魔術師達が中心ですが、このレベルの防壁を維持し続けるとなると人数が足りません。なので第1に、皆様方には益々の支援をお願いしたい」


 他国の方達は黙って聞いていたが、納得はしていたようだった。『亀裂』を監視する者がいなくなれば何が起こるか分からない。

 そして監視するには防壁の存在は絶対だ。仕方のない出費と言える。


「『亀裂』の向こうの怪物は時折こちらに攻撃を仕掛けてきます」

 そう言い終わると同時に、映像に変化が起きた。


 『亀裂』の向こうにある瞳が光り、ビームが放出される。

 地面を焼きつつ、防壁が揺れる。数秒照射が続き、何人もの魔術師が素早く防壁を更新して耐えるが、映像で見ているだけでも危うさを感じる。


 ダビド氏が映像を切り替える。

「さらに時折、こういう事が起きます」


 『亀裂』から瞳がいなくなったかと思うと、代わりに鋭く尖った爪が侵入し、周りの地面を引っ掻く。土が抉られて捲り上がると、大広間でもざわめきが起こった。


「次はこちらから攻撃を仕掛けている所です」

 更に映像が切り替わる。


 『亀裂』から出てきた爪に向かって、数人の兵士達が勇猛果敢に飛びかかるが、彼らの手にした武器では傷一つつけられず、逆に吹き飛ばされて手足が千切れていた。これにはほとんど全員が顔をしかめた。


 それから『亀裂』周囲の映像と、疲弊しきった魔術師と兵士の様子が映された後、映像は終わった。


 重苦しく深刻な空気が流れ、誰1人として口を開かない。


 そんな中、1人が立ち上がる。

「見ての通り、我々に勝ち目はありません」


 そう言ったのは、誰あろう女王陛下だった。

「『亀裂』は徐々に広がり、今は爪だけだった物が、指、手、腕と段々侵入を許す事になるでしょう。やがてはあの怪物の本体と、その仲間達がこちらに来ます。あの『亀裂』が一体何なのか、怪物達の目的は何か。現段階では知る由もありませんが、1つはっきりしているのは彼らが紛れもなくこちらの世界にとっての敵だという事です」


 『亀裂』が完全に開ききった時の事を想像する。

 ……絶望だ。


「『亀裂』の問題は、我が国のみならずこの世界にいる人間全員で対処すべき問題です。先程我が国の宮廷魔導師が申し上げた通り、防壁を維持する魔導師を募るのはもちろんですが、『亀裂』に関する情報収集も併せてお願いしたい。開いたのなら閉じる方法も必ずあるはずです」


 確かに、そんな方法があれば問題は解決する。

「……ですが、もし『亀裂』を閉じる方法が見つかる前に侵入を許してしまった場合に備え、我が国では違う対処の準備を進めています」


 一瞬、何の事を言っているのか分からなかったが、隣に座っていた師匠が立ったので少し遅れて僕も立ち上がった。師匠が静かに、だがはっきりと言う。

「サニリアと申します。そして彼はランド。おそらくは彼がこの世界の救世主となるでしょう」


 それから、師匠は蓄積型極大破壊魔法ルイナスカタクリスト及び神性伝達型魔力増幅呪文ブレスマリアージュの説明をした。


 今回は聴いているのが魔術の専門家ではない為、技術的な事は避けて簡単な概要を伝えるだけに留めているようだった。


 中でも強調したのは、破壊呪文を唱えて最大威力を出せるのが今の所僕だけである事、そして嫁候補を見つけるのを急がなくてはならない事だった。


「現在、バフ倍率は私が約220%、師団長のレインが225%、そしてクラウ王女が260%となっています。これを早急に500%まで近づける必要がありますが、他に有力な女性を見つける事も重要です。魔術の心得があり、彼と同じくらいの年齢で、容姿端麗な女性に心当たりのある方は是非ともご紹介頂きたい」


 これは要するに、各国の代表に向かって「女を斡旋しろ」と言っているような物だ。

 ぶっちゃけ、顔から火が出るほど恥ずかしい。僕は俯いたが、師匠は躊躇なく続ける。


「それと、これは女王陛下への不敬に当たるかもしれないがはっきり言わせて頂く。あの『亀裂』を閉じる方法はおそらく無い。開き始めた時点で、こちらが死ぬかあちらが死ぬかのどちらかだ。そしてあちらを殺せる可能性があるのは彼、ランドだけ。以上」


 僕は横目で女王陛下の顔色を伺ったが、変化は無かった。

 おそらく既に師匠からそう進言されていたのだろう。


 他国との関係を維持する為に情報収集という形で協力を促したのだと思うが、師匠は何事もはっきり言うタイプの為、それには反対したという訳だ。まったくもって敵を作るのが上手い。


「質問してもよろしいか?」

 異国の服を着た男が立ち上がった。「どうぞ」と師匠が言う。


「その荒唐無稽な魔術が実在したとして」棘のある言い方だ。「それを使えるのが隣にいるその少年だけというのに納得がいかない。説明して欲しい」

 それは質問というより要求だったが、師匠はあっさり跳ね除けた。


「あなたにしても理解されないレベルの話だ。他には?」

 明らかに機嫌を損ねる異国の方。僕は心の中で何度も何度も謝る。


 別の方が立ち上がって尋ねる。

「百歩譲ってその魔術が両方上手く行き、『亀裂』の向こう側に対して攻撃が成功したとしよう。その一撃で確実に勝てる保証はあるか?」


 この方もあまり友好的ではないようだ。師匠は答える。

「無い。だがこれが人類側の出来る最大出力であるし、勝てなければ死ぬだけの話だ」


 師匠が言うからにはその通りなのだろうとは思ったが、この解答にも納得は得られなかったようだ。どよめきは広がり、誰もが怪訝な視線で師匠を見ていた。


「とにかく」

 女王陛下が喋り出すと、全員が黙り耳を傾ける。


「我々は『亀裂』への対処に全力を注ぐ。各国とも是非協力をお願いしたい。よろしく頼む」

 こうして会議は終わり、僕に英雄は無理だという実感だけが残った。

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