第5話 序列
午後。少し遅めの昼食を取る為、僕、師匠、レインさん、そしてクラウの4人は広間へと移動した。
女王陛下やその側近の方々は午後も忙しいらしく、食事の為に時間を割く事も出来ないそうだ。
『亀裂』の件に関して他国からも使者が引っ切りなしにやってくるし、国内でも不安が広がっている。謁見の間でかなりお疲れの様子だったのは気のせいではなかった。
「とりあえず、私が第1夫人という事で良いのかしら?」
食事が運ばれるや否や、クラウ王女がそう切り出した。
師匠とレインさんがそれを否定も肯定もしないので、僕が質問した。
「えっと、第1夫人というのは?」
「ランド様はこれから7人もの女性と結婚するのでしょう? 全員を等しく愛するなんて土台無理な話なのだから、序列は大事なのでは?」
さも当然の事のように言ってのけたクラウ王女に、僕は閉口する。
というかまず、結婚自体がまだ全く実感も湧いてない上、100歩譲ってクラウ王女にその意思があり、なおかつ僕がそれを認めたとしても、師匠とレインさんがどうかは分からない。
今の所はただ単に3人とも、バフ倍率が高い女性であるというだけの話だ。
僕はスープを一口飲んだ後、なるべく失礼にならないように、クラウ王女に告げた。
「いやあの、まだ2人は結婚……というかパーティに参加するかどうかも分からないので、序列などを決めるような段階では無いというか……」
「そうなの?」
意外そうな顔をするクラウ王女。
「おやおや? サニリア殿はともかく、私はすっかりその気だったのですが、勘違いでしたか?」
と言ったのはレインさん。
動揺する僕をからかっているような口ぶりでもある。
師匠は黙ったまま食事を口に運んでいた。
「ですが、序列を決めるのが早いというのは同意見ですね。そもそも、条件が対等ではないのですから」
レインさんがにやりと笑って僕の顔を真っ直ぐ見た。より正確には顔のパーツの一部分を見つめている。
「クラウ様は不意打ちでランドの唇を奪って好感度を無理やり上げた訳ですし、ならば私も同じ事をすれば、バフ倍率が上がるという事ではないですか?」
一瞬意味が分からなかったが、クラウ王女がすっと手を伸ばして、何かを警戒するように僕の近くに置いたので、そこで僕はようやくレインさんが何をしようとしているのか悟った。
「嫌だなあ。私はクラウ王女のように無理やりなんてしませんよ?」
そう言って目を細めるレインさんだったが、目の奥は決して笑ってはいなかった。
「ところでサニリア様はどうなのです? 先程から黙っていらっしゃいますが」
レインさんが話を振ると、師匠は軽く首を傾げた。
「どう、とは?」
「ランド君はサニリア様の弟子と聞きましたが、結婚なさるおつもりですか?」
誤魔化しなしのストレートな質問に、狼狽えたのはどうやら僕だけだった。師匠はナプキンで口を軽く拭くと、その後飲み物を飲んでから、ゆっくり答えた。
「私以上にバフ倍率が高いか、あるいは高くなる見込みがある者が現れてくれればその必要はないだろうな。どの道私の開発したバフは7人までしか重ねがけが出来ない」
……ん? という事は、現れなかった場合には……。
昨日はパーティーに参加する気はないと言っていた気がしたけど。
「それより私は、クラウ王女の倍率が思ったよりも低かった事が気になっています」
「はあ?」と、クラウ王女。
「最初の値が198、キスをした後で260。これは予想をかなり下回った数字です」
クラウ王女は怪訝な表情を見せたが、師匠は遠慮なく続ける。
「まず私やレインと違ってランドと年齢が近いですし、容姿も良くて性格は積極的。しかもおそらくあの口付けは、私が知る限りではランドにとってのファーストキスだった。にも関わらず倍率が260%で止まっているという事は……」
そ、それ以上は、と止める間もなくあっさりと言い放つ。
「ま、あまり好みでは無かったという事でしょうか」
「ちょっとあんた! どういう事なの!?」
クラウ王女が今にも殴りかかりそうな勢いで僕を責める。
片手で胸倉を掴み、もう片方で拳を作る。
「ど、どういう事も何も……」
「まあまあ2人共落ち着いて」
レインさんがそう言うが、本気で止める気があるのか無いのか。
「言われてみればそうよ。キスまでしたんだから一気に500%まで上がってなきゃおかしいわ。……私だって、さっきのがファーストキスだったし。返しなさいよ」
むちゃくちゃを言われている。それは分かった。
「クラウ王女、彼は『亀裂』攻略の鍵なんですから、傷つけてしまうと大変な事になりますよ」
レインさんが説得する。師匠は黙ったまま眺めている。というか食事に戻っている。
「まあ、私の場合は初対面で特に何もせずとも言葉をいくつか交わしただけで225%だったのでクラウ王女の気持ちは分かりませんが……」
レインさん、なんでそんな火に油を注ぐような事を……。
「ど、う、い、う、事、よ〜」
クラウ王女が僕の首を締めながら前後に揺らす。視界がぼやけるが、レインさんが楽しんでいる様子だけは何故かはっきり見えた。
その後、師匠は破壊呪文とバフ呪文の追加説明をダビド氏や他の宮廷魔術師の方々から求められたらしく、その呼び出しに応じた。
後学の為に僕もついて行きたかったが、招かれていたのは師匠だけだったので同行は出来なかった。
クラウ王女もその母である女王陛下から呼び出しを喰らった。
おそらくは結婚について猛烈に反対されるだろうと本人は予想しつつ、大して気にしている様子ではない。
ただでさえ『亀裂』の件で国内外共に大変な時に娘の結婚問題が重なる女王陛下は気の毒と言う他にないだろう。
そうして、僕はレインさんと2人きりで広間に残された。
食事が終わって特にする事もなく、やや気まずい空気が流れて、僕は話を振ってみる。
「あの、さっきはクラウ王女と親しそうでしたけど、2人は昔からのお知り合いなんですか?」
一応、立場的には師団長のレインさんはクラウ王女の部下という形になるが、さっきのやりとりからはそれ以上の何かを感じた。
ちょっとレインさんがクラウ王女をからかっている風でもあったし、それに対してクラウ王女が本気で怒っていないのも分かった。
「うん、そうだよ。剣の師匠が同じでね。言わば妹弟子みたいなものかな」
「え? 王女は魔術だけではなく剣も扱えるんですか?」
「あの子は何だって一通り出来るよ。小さい頃から色々と仕込まれてるからね。いわゆる英才教育ってやつかな」
田舎生まれ田舎育ちのいち平民である僕とは全く正反対な人だ。
「そんな事より」レインさんが僕に向き直る。「さっきの話、君はどう思う?」
「さ、さっきの話というと……」
レインさんはじっと僕の唇を見ていた。
「もし今ここでキスしたら、ランド君はもっと私を好きになるのかな?」
僕は警戒しつつ若干後退したが、椅子の背もたれが行く手を阻んだ。
「あ、あの、すいません。そもそもレインさんは僕とその、け、結婚する事に対して抵抗はないんですか? だって昨日初めて会ったばかりだし、あの、嫌なんじゃないかと」
「嫌ならここにはいないさ」
レインさんは視線を外さず真剣な表情で続けるが、僕は何だか恥ずかしくなって視線を下に逸らした。
「もちろん、『亀裂』を何とかする為に君の破壊呪文が必要だという事もある。実際、怪物との戦争になって仲間が何人も死ぬ事が避けられるのなら何だってするよ。……ただ、それだけじゃない」
「それだけじゃない?」
「君の中にはなにかがある。私はそれが何なのか知りたい」
見上げると、レインさんは屈託のない笑顔に戻っていた。
「ま、クラウ王女にも負けたくないしね。もし彼女の言う通りに序列を決めるとしたら私を1番に置いてくれると嬉しいな」
そう言って、僕の頭を軽く撫でるレインさん。
まるっきり子供扱いだが、正直に言うと、ちょっと悪い気はしなかったりする。
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