第4話 王女の強襲
今日は会議室ではなく謁見の間に呼び出された。
普段は置いてないであろう机が並べられている。座らされた僕の隣に師匠が立ち、その逆側の隣にはいつのまにかレインさんが立っていた。
女王陛下は小さな段差を上がった玉座に座り、僕達を見下ろしている。
入り口から部屋の中心に向かって赤い絨毯、衛兵達は槍を携え両脇に立っている。
昨夜の事もあり、2人に挟まれる形となる僕の位置取りは出来る事なら避けたかったが、今回は更に女王陛下までいる。
謁見の間なので当たり前の事だが、女王陛下は挙動不審な僕をじっと観察しており、身体を拘束されている訳でもないのに身じろぎひとつ出来ない程に縛られているような感覚だった。
入り口から、魔術師用のローブを着た集団がぞろぞろと入ってきて、その流れが落ち着くと女王陛下は宣言した。
「これより、『亀裂』の討伐パーティ選考会を行う。まずはサニリアからバフ呪文の講習があり、その後1人ずつ前に出てバフ倍率の測定を行なってもらう。サニリア」
女王陛下に名前を呼ばれ、師匠が前に出た。
「ここにおられる方達は宮廷に属す名だたる魔術師の方々と伺っております。出来るだけ簡潔に説明しますが、時間節約のために質問等は無しとさせて頂きます。分からない事があればお帰りください」
また敵を作る。
数十人いる魔術師の中の何人かがジロリと師匠を睨み、ついでに僕も睨まれた。とばっちりだ。
それから約20分間で師匠はバフ呪文のレクチャーを終えた。
昨日レインさんに教えた時は10分だったので、比較的丁寧なはずだが、側から聞いてた僕からすると2度目だというのにほとんど全く何が何だか分からなかった。
分かっている風な顔をして凌いだが、もし質問されたら一瞬でボロが出るだろう。
にも関わらず、脱落した魔術師は0人。まあ女王陛下の呼び出しで集まった人達だろうし、分からなかったとしても途中退出は不敬にあたるか。
「それでは、1人1人彼に対してバフを試してもらう。この装置に数字が出るが、200以下はすぐに帰ってもらう」
200。昨日の測定だと師匠が218で、レインさんが225だったので、それに準ずる数字という事だろう。試すのは簡単だし、足切りラインを先にはっきり伝えておけばトラブルも避けられるだろう。
実際に試す前に、1つ気になっている事があった。
「あのすいません、何人か男の人がいるように見えるんですが」
何人か、というのはまだ柔らかい表現で、宮廷魔術師の集団はその3分の1程が男性だった。
任務の都合上、バフ倍率が高い人と僕は結婚する事になっている。
もしこれで男の人の中から500%の最大スコアを叩き出す人がいたら、僕は……僕は……。
ちょっと想像しただけで身震いしてしまう。
素朴だが真剣な僕の疑問に、師匠は声を潜めて答えた。
「私も最初は対象は女性だけで良いと言ったのだが、どうしても私の説明に納得出来ない者がこれだけいたらしい。下手に権力を持った者ばかりだから、陛下も断りきれなかったのだろう。まあ数字は出ないよ。おそらく」
「お、おそらく?」
「人の趣味は多様だ」
魔術師の1人が前に出た。ハゲ頭の中年男性、見た事のある顔。
「宮廷魔術師筆頭ダビド。試させてもらう」
昨日師匠に絡んでコテンパンにされた人だ。師匠は「どうぞ」と僕の前にダビド氏を案内した。
「ふん。理論は馬鹿げているが、どうやら術式としてはかろうじて成立しているようだな」
ダビド氏が師匠にそう言うと、師匠はさっさとやれと言わんばかりに手を肩に載せるジェスチャーをした。
「こう見えてもバフ呪文は得意でな。まあ魔術の実力だけでもある程度の数字は出るだろう」
ピ。
99、101、100、99、100。そこで止まる。
「何故だ!?」
絵に描いたようなオチを見せてくれたダビド氏。どうやら僕にはそっちの趣味はなかったようで一安心する。いや当たり前だけど。
それから次々に僕の前に魔術師達がやってきたが、数値は高くても120といった所で、師匠が最初に言った数値にはかすりもしない様子だった。
中には呪文の習得自体に失敗している方もいて、師匠もこれには呆れた様子だったが、ダメな人ほど食い下がった。
「何かの間違いだ」「方法自体が間違っている」「インチキに違いない」
女王陛下に聞こえない程度の小声で師匠を罵る人もいて、これが本当にこの国で最高の魔術師達なのかと思うと何だか悲しくなってきた。
とはいえ、そもそも前提が分かっていないようだ。
いくら魔術の知識と経験があっても、師匠の開発したこの魔術は全く別の軸でその威力が決まる。
実際、試す前にきちんと挨拶して僕と一言二言コミュニケーションを交わしてくれた人は比較的数値が高かった。それでも恋愛対象とまではいかないし、そもそも年配の人が多すぎる。
やがて集まった25人全員の判定が終わった。
200を超えた者は1人としていなかった。
「やはり無駄な時間だったか」
師匠がそう言うと、唯一謁見の広間に残ったダビド氏は苦虫を噛み潰したような表情になり、女王陛下は目を閉じてため息をついていた。
レインさんは変わらずニコニコしていたが、何を思っているのかは分からない。
その時、扉が勢いよく開いた。
「どうやら間に合ったみたいね!」
元気な声でそう叫んだのは、おそらく僕と同い年くらいの女の子。
スカートの長いドレスを着ており、その裾を両手でぎゅっと掴んでずんずんとこちらに向かって歩いてくる。
侵入者にしては身なりが整っているし、衛兵達に彼女を止める様子はない。むしろ敬服している。
「まあ! サニリアじゃないの! 久しぶり!」
「ええ。お元気そうで何よりです。クラウ様」
師匠はどうやら知り合いのようだ。
「あらレインもいる。今日は訓練お休み?」
「まあ、そんな所です」
レインさんも知り合い。
「ママ、残念だったわね」
ママ?
視線の先には女王陛下。先程よりも更に意気消沈されている。
「こんなに楽しそうな事を私に誤魔化し通せると思ったの? 何としてでも加えてもらうわよ、『亀裂』討伐パーティ」
師匠にクラウと呼ばれた少女は、僕に向き直り、ごく自然に手を差し出した。
ほとんど反射的に僕が手を握り返すと「貴族では無いみたいね。まあ、全然構わないけど」と言われた。何か僕の知らない作法があるらしい。
「はじめましてランド様。私がこの国の第一王女、クラウですわ」
「クラウ。待ちなさい」
女王陛下が立ち上がり、強い口調で言った。
「どこまで話を聞いたのか分からないけど……」
「全て聞いたわ。ここに来るまでにね。例の魔術も覚えた」
言葉尻を待たずに捲したてるクラウ王女に、女王陛下が威厳を込めて言う。
「あなたは選考の対象ではないわ。すぐに出ていきなさい」
「あら、それでいいのかしら? 見た所、随分と人材不足に悩んでいるようだけど」
たしかに、宮廷魔術師達は全滅。時間の無駄だったと先程師匠はバッサリ切り捨てた。
「……もし仮に、あなたのバフ呪文が基準を超えたとしても、パーティへの参加は彼との結婚が大前提です。あなたはこの国の正当なる王位継承者なのだから、許される事ではありません」
「何故許されないの? 夫がモテすぎると国が破綻する? 私のパパだって若い時は随分モテたと聞いたけど」
「そういう事を言っているのではなくて……」
流石は実の親子といった所か、女王陛下に全くへりくだる事なく、ズバズバと言ってのける。
「ママの考えはむしろ逆よ。もしこの作戦で『亀裂』の先にいる怪物達を討伐する事が出来るとしたら、少なくとも王族の誰かが関わっておく必要がある。そうでなくては、王位継承時に民が納得しない。まあ私じゃなくて未亡人のママでもいいけど、私の方がきっと適正でしょ? ねぇランド様?」
突然話の矛先をこちらに向けられ、僕はたじろぐ事しか出来なかった。
見た目は若くてかわいらしいが、ここぞで発する威圧感は師匠やレインさんにも引けを取らない。
「試してみたら良いのでは?」
そう言ったのは師匠だった。このまま親子で口喧嘩していても埒があかないと判断したのだろう。
「数値を下回れば不合格。上回ればそれから改めて検討すればいい。違いますか?」
師匠の提案に、流石の女王陛下も折れたようだ。再び玉座に腰掛け、諦めたように頬杖をついた。
「じゃ、早速やっちゃいましょう」
クラウ王女が僕の肩に手をかけ、呪文を唱える。
術式は完璧。師匠からではなく、不合格だった他の魔術師からの又聞きで習得したあたり、魔術の才能はかなりあるらしい。
触れた場所から広がる温もりは、師匠やレインさんの時と同じくらいな気もする。
なんだかまずい予感を感じつつ、僕は呪文を唱える。
チュィィン! ひさびさに良い音が鳴り、メーターの数値が上がっていく。
194、203、196、201、197、200、198…………。199。止まっ……。198。今度は完全に止まった。
クラウ王女のバフ倍率は、198%だ。
「んなぁ!?」
素っ頓狂な声を上げて、クラウ王女がひっくり返りそうになっていた。
「ちょ、ちょっと! このバフは対象者から術者への好意が反映されて倍率が上がると聞いたのだけれど!?」
師匠は冷静に答える。
「ええ、そうですよ。間違いありません」
「そ、それならおかしいでしょ、198止まりは。ぶっ壊れてんじゃないのこの機械。私が好かれてないはずがない!」
この人すごい事を言うなあという感想が浮かんだが、僕が責められているようでもあり、いたたまれない気持ちになった。とりあえず女王陛下はご安心されたようだ。
「結果は出ました。諦めなさい」
倍率が200以下は選考対象外。結局、これで今日は1人も決まらなかった事になる。
クラウ王女は下唇を噛み締めながら、絞り出すように言った。
「……もう1回」
声を張り上げて繰り返す。
「もう1回!!!」
これには女王陛下も呆れたご様子。
「諦めなさい。あなたは選ばれなかった」
「やだやだやだ! もう1回!」
衛兵に連行の指示を出す女王陛下。それを察して、クラウ王女が動いた。
「ランド様、ごめんね!」
クラウ王女は僕の顔を両手でしっかり抑えると、一切の躊躇なく唇を唇に重ねてきた。
丸くて大きな2つの青い瞳が目の前にあり、鼻が交差している。
その下には柔らかな感触がある。
どうやら今、僕はキスしているらしい。
これには部屋中の人間が一瞬止まったが、1番驚いていたのは女王陛下だ。
「なんて事を!」
クラウ王女は僕の顔を解放し、勝ち誇ったようにこう言った。
「さあこれで後戻りは出来なくなったわ! もう1回よ!」
再測定。
結果は、260%。
「やった! これで合格ね」
こんな簡単に数字が上がってしまうのは、我ながら何とも情けない話だ。しかし確かに僕は今、クラウ王女を恋愛対象として意識している。それは認めよう。
「ランド様、きちんと責任は取ってもらいますわよ」
クラウ王女は不敵な笑みを浮かべていたが、その頬は僅かに紅潮していた。
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