第3話 バフ測定器
女王陛下と同席の緊張感たっぷりな夕食を終え、城内にある来賓用の寝室に案内された僕は、糸の切れた操り人形のように全体重をベッドに預け、深く沈み込んだ。
今日は1日、色々とあり過ぎた。
突然過ぎる女王陛下との謁見に始まり、地面を抉り飛ばす程の大規模な魔術の実演、その後始末。
だが何より驚いたのは僕はこれから7人の女性と結婚しなくてはならないという事だ。
ここ3週間、僕は師匠から『
だけどこんな事になるくらいなら、もう少し事前に教えておいて欲しかった。
師匠は絶対だが、いくら何でもこれは僕の人生にとっての大きすぎる変化と言える。
とはいえ、『亀裂』の件は決して他人事ではなく、完全に開き切ればこの国が、いや世界が終わる。それを止められるチャンスがあるならば、僕に出来る事はすべきだろう。
そんな事をうつらうつらと考えている時、誰かが部屋をノックした。音には気づいたが、すぐには身体が動かない。やはり疲れているようだ。このまま寝てしまっても……。
「ランド、起きてるだろ?」
その声に僕はほとんど反射的にベッドから飛び起きる。師匠だ。
「は、はい、すいません。お待たせしました」
慌ててドアを開き、瞼をこじ開ける。
「寝る前にもう一仕事してもらおうと思ってな」
事もなげに言う師匠に、僕は精一杯の作り笑いで了承する。
部屋に入ってきた師匠は、外出時の魔術師用ローブではなく寝間着姿で、手に持った箱には、何やら水晶玉や試験管、メーターなどの複雑な機械が入っていた。
師匠は僕の部屋に入り、机にそれを広げる。何かを測る装置? のように見える。
「まだ試作品だが、とりあえず使えるようになった。明日の事もあるし今の内に調整しておきたい」
そう言って、師匠はテキパキと装置の準備を始める。
液体の入ったシリンダーから管が伸び、木製の箱に繋がり、メーターには0から500の数字が振ってある。スイッチを入れると針が小さく揺れた。
「あの、すみません師匠。これは何の機械ですか?」
「『
師匠が開発した例のバフは、使用者と僕との繋がりによってその倍率が上下する。
深く通じ合っている程、そのパワーが上がるという訳だ。
僕自身そんな魔術は聞いた事が無かったので半信半疑だったが、城の人達はもっと疑の割合が高かった。
明日はそのバフの使い手を探す事になっている。
その時の為にこの装置が必要なのだろう。
「さて、じゃあちょっと試してみよう。この水晶玉の部分に手をかざして、呪文を唱えろ」
師匠に指示され、僕はギョッとして周りを見渡す。ここは城の中にある来賓用の寝室。
昼間の規模の爆発がもしここで起きれば、ただでは済まない。
「心配しなくていい。
そう説明され、僕は再び両手の指を交差する。
昼間のがちょっとトラウマになっているのか、冷や汗が滲むのを感じたが、師匠は信頼出来る。
集中し、唱える。
チュィーンという甲高い音が聞こえて、装置のメーターが0から右に向かって振れた。
96、105、97、104、99、103、100、102。そこで止まる。
どうやらこの数字は威力のパーセンテージを示しているらしい。
つまり今のは想定された威力の102%程度だと装置は判定した訳だ。バフがかかっていない状態での発動なので、ほぼ1倍という事で合っている。
「ふむ。なかなか良い感じだ」と、師匠が装置を弄って調整する。針を元の位置に戻す。「次は、バフありでいこう」
僕の肩に師匠が片手で触れ、呪文を唱える。
触れた所がじんわりと暖かくなって、少しばかりむず痒い。
「撃て」
指示通り、装置に向かって再度魔術を使用する。明らかに感覚が違った。
ッチュイィィィィン! 先程よりも大きな音が鳴って、メーターが右に触れる。
210、224、213、221、214、219、218。針が止まった。
「倍率220%か……。……ふむ」
師匠は両腕を組んで何かを考えているようだった。しばらくは数字を見ていたので僕は黙っていたが、向き直ると僕にこう言った。
「もうちょっと私の事を好いてくれていると思っていたんだがな、残念だ」
覚えも悪く、簡単な魔術も間違えるし、決して優秀ではない僕だが、師匠は根気強く魔術を教えてくれた。
才能があると言ってくれた。今回の重要な仕事に選んでくれた。
そんな師匠を失望させる事は僕にとって身を切られるよりも痛い事だ。
残念だ、そう言わせてしまった事が、何よりも苦しく自分を許せない。
「ち、違います! きっと僕のやり方がまずいだけです。僕は師匠の事が好きですし、この装置や師匠の魔術に間違いもありません。も、もう1回……もう1回だけやらせてください」
必死な僕とは対照的に、師匠はキョトンとして僕を見下ろしていた。
少しの間の後、師匠はやや言いづらそうに告げる。
「ん、いや、何というかだな……。このバフが参照する『関係性』というのは、師弟の信頼や友人関係ではなく、むしろ性愛的な物というか……。うん、まあ、つまり恋人として対象になるかどうかといった所にかかっている。だから一応のゴールを結婚と定義している訳だ」
恋人、そのフレーズは確かに、僕と師匠の間にあっては違和感のある物だと言えた。
「君がどうこう私がどうこうという事ではなく、ただ単に年が離れているからだろう。だからあまりそういう対象にならないのは必然だよ。心配しなくていい。もしも私がさっき、残念だ、と言ったのを気にしているのなら取り消そう。失言だった」
気を使ってくれているのが分かる。
それと僕の顔が僅かに赤くなっているのも自分で少し分かった。
僕が218%師匠をそういう目で見ているというのがつい今さっき証明されたからだろう。
気まずい沈黙の後、師匠はこう付け足した。
「まあ、元々私はパーティーに参加するつもりはないよ。ランドにはもっと年の近い、恋愛対象になる相手を探して欲しいからな。7人も探さなきゃならないのは大変だが、その、頑張ってくれ」
僕の結婚に人類の未来がかかっている。
作戦室を出た後に師匠から宣言されたのを思い出した。当然実感など湧くはずもないが、少なくとも師匠は本気でそう思っているらしい。
「じゃあそろそろ私は自分の部屋に戻るよ。今日は疲れたろう。あとはぐっすり……」
コンコン。
その時、再び部屋にノックの音が響いた。僕は扉を開ける。
「夜遅くにすまないね。まだ起きててくれたみたいで良かった」
レインさんだ。格好は昼間に見た軽装備のままだが、流石に武器は持っていない。
「おやおや? 何だか取り込み中だったかな? というか初めまして、厭世の魔女サニリア殿。私は……」
ドキッとして僕は師匠を見る。その表情を確認する前に、師匠がレインさんの言葉を遮った。
「知っている。師団長のレインだろう。もう1度私の事を魔女と呼んだ瞬間、炭になってもらう」
口調はあくまでも本気だった。レインさんは最初冗談かと思ったみたいだが、空気を読んですぐに声のトーンを1つ落とした。
「……申し訳ない。そう呼ばれるのを嫌っているとは知らなかった。許して頂けたらありがたい」
師匠は黙ったままレインさんを見ている。部屋内の気圧が低くなった気がした。
思うにこれは僕のミスでもある。
昼間、僕と2人の時にレインさんが師匠をそう呼んでいたのを聞いていたというのに僕はそれを正さなかった。
こうして2人が会う事になるなんて予想出来なかったというのもあるが、ここは僕が助け舟を出すべきだろう。
「し、師匠、レインさんは僕が訓練場に開けた大穴を埋める為に今日1日頑張ってくれたんです。ですからその、あまり……」
「まあ良い。それで何の用だ?」
師匠はあくまで高圧的にレインさんに尋ねる。
「いやいや、面白い噂を耳にしまして。何でも、『亀裂』の向こう側を吹き飛ばす為の魔術に必要なバフ要員を探している、とか」
ニコニコとした表情を崩さないレインさんと、いつにも増して仏頂面の師匠。
「それで?」
「ええ、私も少しばかり魔術の心得がありますので、良かったら試して頂けないか、と」
「結構だ」
そう言うと、師匠はレインさんを部屋から押し出して扉を閉じようとした。レインさんは、僕に視線で助けを求めた、ように見えた。少なくとも僕には。
「し、師匠。レインさんにはご迷惑をおかけしましたし、ちょうど測定器もありますから比較と調整には良いのではないでしょうか! 師匠だけの結果ではまだ正確かどうか分かりませんし」
これは僕にしては気の利いた事が言えたと思ったが、そのせいで師匠はちょっと不機嫌になった、ように見えた。
「……ふむ。いいだろう。入れ」
ようやく部屋に入れたレインさんに、師匠はバフ呪文を軽くレクチャーする。
師匠は教えるのが得意だし、新しい魔術を僕に教えてくれる時はいつも分かりやすく説明してくれるが、レインさんに対してはかなりのスパルタだった。
専門用語も前提知識も最大を想定し、かなりの早口で術式を解説する。それでもレインさんはそのスピードに着いて行っているようだった。
10分ほどの説明で、レインさんは
「ではでは、どのくらいの倍率が出るか試してみましょうか。ランド君」
そう言うと、レインさんは僕の肩に手を置き、先程の師匠と同じ呪文を詠唱した。
じんわりと熱が広がる。僕は再び水晶に手をかざし、魔術を発動する。
師匠の時と同じくらいの音をたてて、メーターの針が右に行く。
217、237、222、231、223、227、225。針が止まる。
「ふう、なるほど。これは倍率225%の威力。つまりは125%のバフという事ですね」
数字を確認したあと、僕はおそるおそる師匠の顔を見た。明らかに曇っている。
「ちなみにサニリア様の時は何%だったのですか?」
師匠はすぐには答えず、じっと僕を見たあと、簡単に告げた。
「120%だ」
正確には118%だったが、それを横から言うのは火に油を注ぐようなものだ。
「ほうほう。という事は……」
レインさんが悪戯っぽく笑う。
「ランド君はほんのちょっとだけ私の方を気に入ってるって事で良いのかな?」
から笑いしか出来ない僕の背中に、何かとてつもなく鋭利な物が突き刺さったと思ったら師匠からの視線だった。
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