第8話 昼休憩

 僕はなるべく下を見ないようにしながら、しっかりと柱にしがみついた。

 視点を真っ直ぐに置くと遥か遠くにうねる山々が見え、絶景ではあるが地上からとは違う角度に違和感を覚える。上を見れば雲が近く空が低い。気のせいかもしれないが息も苦しい。


 僕は今、確かに空を飛んでいた。船に乗って。


「いくら何でもビビり過ぎっしょ。ウケる」


 ミスティさんはケラケラと笑いながら、操舵輪を適当な感じで回している。ちゃんとやってくれ。


「……こ、こ、これ、一体何なんですか?」


 学園についたその日、ミスティさんが乗ってきた空飛ぶ船、授業の為に見せたかった「実物」とはこれの事だった。


「ああこれ? 飛空船? 飛行艇かな? なんかそんな感じのやーつ」


 そんな名前すら適当なやーつに乗って空を飛んでいると思うと、寒気しかしない。

 僕は更に柱に強く掴まる。


「そんなとこしがみついてたって落ちたら死ぬのは変わりないって。ほら、もっとエンジョイしなよ」


 そう言いながらくるくると操舵輪を回し、わざと船体を左右に振る。やめろバカ!


「あたしが開発したのよ。軍からの依頼でね」

「こ、これミスティさんが作ったんですか?」

「言うてあたし1人じゃなくてチームでだけどね。魔力で空飛んで、上から攻撃出来たら最強じゃね? 的な発想」


 口調が軽すぎていまいち伝わってこないが、確かにこんな船が何隻も敵国に出向いて、上空から魔法を連射すれば戦争なんてすぐに終わるような気がする。


「こ、これ、どういう仕組みで空を飛んでるんですか?」

「さあそこよ。それを教えるのがあたしの授業」


 そう言うと、ミスティさんは操舵席から離れ、こっちに近づいてきた。落ちる! と思ったが、意外と安定しているようで、進みも戻りもせずふわふわと漂っている。


「ほら、こっち来て。良いもの見せるから」


 小さな階段から船の中に降りると、中は何部屋かに仕切られていた。流石に廊下は1人がやっと行き来出来るくらいに狭く、大人数で乗るのは不可能に思えた。乗組員はせいぜい7、8人といった所だろうか。


 その中の一室、「動力室」と書かれた部屋の中に入り、僕はこの船が浮き上がった瞬間と同じくらい度肝を抜かれた。


 そこにあったのは巨大な魔石。壁に埋まっているが、熊くらいの大きさがある。

 原石の状態に近く凹凸が激しいが、ぼんやりとした光が点滅している。何本もの管が伸び、計器類や液体の入ったガラス瓶に繋がれている。


「これが動力源。くっそ高いからねこれ」


 そりゃそうだ。こんな大きさの魔石はこれまで生きてきて見た事がない。レインさんの心臓になっている魔石もかなりの大きさだし、買えば良い値段がすると思うが、それとは全く比べ物にならない。


「魔石っつーのはさ、まあ魔導力学でも魔導工学でもよく取り扱う訳だけど、そもそも何なのかってのは分かってる?」


 突然真面目な質問を振られ、僕は素直に知っている事を答える。


「えっと、魔石には人間と同じようにそれぞれ潜在魔力があります。それを顕在魔力として引き出して使用する術式を学ぶのが魔導力学と聞きました」

「うん。合ってっけどまあ2点くらいの答えかな」


 満点がいくつかは分からないが多分低い。というか合ってるならもうちょっと点数欲しい。


「まあ私と結婚するんだしひいきして100点にしとくか」


 100点満点だったらしい。だが採点が適当過ぎて何の参考にもならない。


「見ての通り、このバカ高ぇ魔石なんかは半端ない潜在魔力を秘めてる訳じゃんか。でもこの船を飛ばすのにはそれでも足りないんだよね。10分くらいは飛ばせるけど、その後落ちる。ウケる」


 ……ん?

 もうそろそろ10分くらい飛んでるぞ、という事に気づく。


「でもあたしが開発したこれがあれば、その問題は解決すんのよ」


 そう言ってミスティさんが僕の前でぐっと拳を作って見せる。なんで暴力? と一瞬思ったが、注目すべきはそこではなかった。ミスティさんの手首についた金色のブレスレットだ。


「これはあたしが開発した着用者の魔力を魔石に送り込む装置。特許出願中。名前も募集中」


 本来、魔石という物は使い捨てだ。

 例えば教団攻略時に用意して結局使わなかった『閃光』の魔石は、師匠が「光る」という性質を付与したが、使用すれば魔石内の潜在魔力を使い果たしてただの石に戻る。


 それでも「光る」という性質自体は付与されたままなので、無理やり魔力を流し込めば再度発動する事が出来るが、その場合は時間経過と共に魔力がじわじわと流れ出るので、すぐに使用しなくてはならない。


 高価な魔石ほど潜在魔力が大きく、それに比例して術式で制御出来る顕在魔力も大きくなる。ミスティさんが今つけているブレスレットは、かなり革命的な発明なのだが、本人の軽さのせいで衝撃が緩和されてしまった。


「……という事は、今この船は、ミスティさんがそのブレスレットを通してこの魔石に魔力を送り込んで、付与した術式を発動させる事によって飛んでる、という事ですか?」


「3点だね。合ってるけど、あんま面白くねえわ」


 いや、だから、合ってるならもっと点数をくれ。

「でも未来の旦那様だし100点か」

 もういいよこのやりとり。何の得があるんだ。


「まあそう、だからあたしがいきなり死んだら落ちるよ」

 かなり怖い事もさらっと言うミスティさん。


「あ、でも大丈夫か。あたしが死んだらランドちゃんが付けりゃいいんだ」


 そう言いながら、ミスティさんはブレスレットを外し、うぇいーとか言いながら僕の方に投げ渡してきた。やめろバカ。落として壊れたらどうすんだ。


「え、ちょ……」

「早くつけないと落ちんよー」


 そう言われて僕は慌ててブレスレットを装着する。その瞬間、ずしっと身体が重くなった気がした。

 ミスティさんは計器の類を見ながら、テンション高めに言う。


「ぶはは、すげえ数字! これなら魔力不足で色々封印しといた機能使えんなあ!」


 喜んでくれてるのは何よりだが、正直ついていけてない僕がいる。


「てか、ランドちゃんくらいの潜在魔力があるなら、新しく付与した魔石作った方がヤバくなりそうだな」


 そう言うと、ミスティさんは動力室から出て行こうとする。僕は慌てて止めて、「こ、これこのままで良いんですか?」とブレスレットを指して尋ねる。


「ああ、魔力の主が船に乗ってる限り問題ないっしょ。あんま離れると落ちっけど。とりま、ついてきて」


 仕方なく、後を追う。ちょっと身体がしんどいが、よく考えると乗ってから今までミスティさんがこの状態だった訳で、これは荷物を代わりに持つような物だし、文句を垂れるのは男らしくない気もする。


 船の中には、工作室と書かれた部屋があった。中には一通りの機材が揃えられており、現在の本拠地である旧研究棟程ではないが基本的な事は出来そうだ。


「はい、これ」ミスティさんが親指ほどの小さな魔石を取り出す。「まだ何もつけてないやつ。これをさっきの感じで加工するから手伝って」


 これもミスティさん流の実物掲示教育なのだろう。机にしがみついてペンを動かすよりは確かにいくらか気は紛れるが、試験対策としてはちょっと物足りない。


「遠隔供給型魔石はさ、術者が2人いないと作れねえのよ。要するにこれって人の『潜在魔力』という機能自体を『移植』してる訳だから、誰かが間に立って術式使わないといけない訳。んで、『移植』元の潜在魔力がそのまま供給量の上限になるから、要はランドちゃんのクソデカ魔力なら半端ねえのが出来るって訳」


 細かい所で気になる部分はあるが、ちょっと楽しそうだと感じているのは事実だ。

 さっき動力室で見たあの大きな魔石程でなくとも、何か凄い物が作れたら嬉しい。もしかしたら課題として提出出来るかもしれない。


「じゃあ早速やってみっか」

「あ、あの、供給型魔石で何を作るんですか?」


 一応、聞いておかないと。


「ああ。……あのさ『魔ナニー』って知ってる?」

「……いや、知りません」


 教科書でも見たことないし、師匠からも聞いたことはない。でもなんか嫌な予感がする。声を潜めて言っているあたり、後ろめたい事があるのだろう。


「魔力を使ったオナニーなんだけど、それ用の道具を作る」


 この人本当に下品だな。


「……何でですか?」

「あたしが魔ナニー中毒だから」


 この人本当に下品だな。

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